2
小柄な姉妹は背の高い秋の草にすっぽり隠れた。
追手は二人のすぐ側を通り抜けながら、存在に気づくことはなかった。
「一体、どうして毒など入っていたのだろう」
アカは解せずにいた。女たちも、アカも、婿が食べる餅に毒を入れるわけがない。何かの間違いとしか思えなかった。
三日三晩、草の中をさ迷い、姉妹は疲れた。
これではいつまでも続くまい、逃げ続けていても死ぬのは同じだと二人は思った。
三日目の夜、眠りから覚めたアカは、自分の上に馬乗りになり、刃を突きつけようとするアオを見た。太りつつある月を背に、アオの目は不気味に光っていた。
「ずっとおまえが憎らしかった」
わたしより大事にされ、注目されるおまえが、恨めしくてしようがなかった。
アオは今にも姉を殺そうとする。咄嗟にアカは、御守りの緑の石を首から出して指で触れた。
あっとアオは悲鳴をあげ、目を覆ってアカの体から転がり落ちた。月の光が石に反射したらしい。
「毒を入れたのは貴女か」
アカは詰め寄った。
アオは泣きながら笑い、野兎のような素早さで草の中に隠れた。がさがさと激しい音が続き、遙か向こうで、娘を仕留めたぞ、と男が怒鳴るのが聞こえた。
馬の蹄が慌ただしく駆けてゆくのを、震えながらアカは聞いた。
**
自分はもう、屋敷には戻れない。
アカはふらつきながら草の中を歩いた。
食べるものはとうになく、水は尽きている。生えている草をとっては噛み、その液で辛うじて喉を潤した。
秋の風は厳しさを帯びる。ぬるさの中に冷たさが混じり、時々アカは、歩きながらぶるぶると震えた。
「おいで」
朦朧とした耳に、懐かしい少年の声が届いた。
おいで、森に還っておいで。待っている。ずっとそなたを待っている。
それは、幼い頃、神隠しに遭ったあの森で出会った、森の民だ。
あやふやな記憶が満月の晩にだけは、鮮明に浮き上がる。森には大地の神を祀る不思議な民が住んでおり、少年はその王子だった。
「これをなくさないように。これがあれば、いつか貴女はここに戻るだろう」
少年は、別れの時にそう言って、首からさげてくれた。
森の濃い緑を映したような、深い緑の宝玉。
「行きます」
妖しい呼び声にアカは応じた。今にも倒れそうになりながら、一歩また一歩と森を求めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます