小柄な姉妹は背の高い秋の草にすっぽり隠れた。

 追手は二人のすぐ側を通り抜けながら、存在に気づくことはなかった。


 「一体、どうして毒など入っていたのだろう」

 アカは解せずにいた。女たちも、アカも、婿が食べる餅に毒を入れるわけがない。何かの間違いとしか思えなかった。


 三日三晩、草の中をさ迷い、姉妹は疲れた。

 これではいつまでも続くまい、逃げ続けていても死ぬのは同じだと二人は思った。


 三日目の夜、眠りから覚めたアカは、自分の上に馬乗りになり、刃を突きつけようとするアオを見た。太りつつある月を背に、アオの目は不気味に光っていた。


 「ずっとおまえが憎らしかった」

 わたしより大事にされ、注目されるおまえが、恨めしくてしようがなかった。


 アオは今にも姉を殺そうとする。咄嗟にアカは、御守りの緑の石を首から出して指で触れた。

 あっとアオは悲鳴をあげ、目を覆ってアカの体から転がり落ちた。月の光が石に反射したらしい。


 「毒を入れたのは貴女か」

 アカは詰め寄った。

 アオは泣きながら笑い、野兎のような素早さで草の中に隠れた。がさがさと激しい音が続き、遙か向こうで、娘を仕留めたぞ、と男が怒鳴るのが聞こえた。


 馬の蹄が慌ただしく駆けてゆくのを、震えながらアカは聞いた。


**


 自分はもう、屋敷には戻れない。

 

 アカはふらつきながら草の中を歩いた。

 食べるものはとうになく、水は尽きている。生えている草をとっては噛み、その液で辛うじて喉を潤した。

 秋の風は厳しさを帯びる。ぬるさの中に冷たさが混じり、時々アカは、歩きながらぶるぶると震えた。


 「おいで」


 朦朧とした耳に、懐かしい少年の声が届いた。

 おいで、森に還っておいで。待っている。ずっとそなたを待っている。


 それは、幼い頃、神隠しに遭ったあの森で出会った、森の民だ。

 あやふやな記憶が満月の晩にだけは、鮮明に浮き上がる。森には大地の神を祀る不思議な民が住んでおり、少年はその王子だった。


 「これをなくさないように。これがあれば、いつか貴女はここに戻るだろう」

 少年は、別れの時にそう言って、首からさげてくれた。

 森の濃い緑を映したような、深い緑の宝玉。


 「行きます」

 妖しい呼び声にアカは応じた。今にも倒れそうになりながら、一歩また一歩と森を求めた。

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