【6月22日】おばあさんの柱時計
王生らてぃ
【6月22日】おばあさんの柱時計
柱時計が時を刻む音が響く。
黒檀の木は職人のこだわり。
刻々と時をきざんでいく。
酷なことだとは思う。
国産の部品だけで組み上げられた、気取った舶来品とは違う。
克明に光る文字盤は、数十年、半世紀以上を経ても、色褪せることはない。
午後八時。
軽やかな鐘の音が鳴る。一度、二度、三度……八度。
高さ九尺、幅四尺ほどのこの柱時計の、正面の扉を開く。
振り子に繋がれた複雑な機械の構造。
その中にわたしの大切な人がいる。
「今日もご苦労さま。カレン」
カレンはものも言わない。
指先でぜんまいを繰り、心臓で鐘をうち、血管のひとつひとつ、爪の先にいたるまで細い糸と針金で張り巡らされている。
きれいな瞳がわたしをぎょろっと見上げる。
口がぱくぱく動く。でも声は出ない。肺は鐘の音を鳴らすための空気袋として使われ、声帯は切り取られてしまっている。
「ほんとうにきれい、あなたは、いつまで経っても。嗚呼、おばあさまが羨ましい。あなたをこんな風に、永遠に、美しいままの姿で保存しておいただなんて」
はじめて、カレンと出会ったとき。
四歳のとき。かくれんぼをしていて、そうだ時計の中に隠れよう、と扉を開けるとそこにいた。いまと変わらない姿で。ぎょろっと目玉だけを動かしてわたしをみて、口をぱくぱくさせていた。
それがわたしの初恋。
それ以来ずっとここにいる。カレンが毎日、わたしを見守ってくれる。毎朝起こしてくれるし、夜は静かに、こく、こく、こく、と子守唄を歌ってくれる。
カレンはきっとわたしのことが好きなのだ。
わたしもカレンのことが好き。
「あら、だんだん埃がたまってきたわね」
わたしは乾いたぞうきんで、カレンの髪の毛をふき、頬をふき、埃を払ってやる。
間違っても水拭きなんてしちゃいけない。
真ちゅうが錆び、木が腐ってしまうかもしれない。
「カレン、嗚呼なんてきれいなの。羨ましい、わたしの、わたしだけのカレン」
ほんとうは駄目だけれど――
ちゅ、と、生暖かいカレンの唇にキスをした。
時どきしている。もう何十回もしている。だけど、いつやってもどきどきしてしまう。カレンも嬉しそうに瞬きし、ひゅうひゅうと音を立てる。
「そろそろ夜になるわ。カレン、鐘の音は小さくお願いね」
扉を閉めた。
静かに閉めた。
また今日も夜が更けていく。
静かな夜に、柱時計の音だけが響く。この広い寂しい、祖父母の残した屋敷に、暮らしているのはわたしとカレンだけ。ふたりいるから寂しくない。寝る前に、あたたかい紅茶が飲みたい。
【6月22日】おばあさんの柱時計 王生らてぃ @lathi_ikurumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます