社畜は交渉する

子供のころに物をねだるのは、誰しもが通る道だろう。グズグズ泣いて親に『しょうがない』と言わせて買わせるのは幼少期に。買ってほしい物の良さをプレゼンするのを小中学時代に。年齢が上がるにつれて、自分の我が儘、要求を通す難易度は上がる。じゃあ、社会人は?俺が考えるに、自分より相手にメリットがあるように要求することだ。あくまでそう見えるようにだ。実際にそうする必要はない。自分のメリットを小さく、相手のメリットを大きく見せる。これこそが営業とかでも使える、俺流の交渉テクニック。まあ、俺交渉なんて、人生で1度もやったことないから、知らんけど。そんな交渉未経験者の俺が、社会人相手にこのテクを使えるわけがない。その場合には、自分のデメリットを増やし、相手のメリットを増やすほかない。文字通り、見せるのではなく、実際に増やすということだ。それによって生じるデメリットで『会社でお泊り寝ないで仕事!!』なんて言うものに参加する羽目になってもだ。







伊月「じゃあ先輩、お風呂に入ってきますね。」

武田「おいちょっと待てや。さっき先に入るとなんとかって、言ってなかったか。」

伊月「何言ってるんですか。今、夏ですよ。しかも昨日、私普通に先に入ったんじゃないですか。さっきのは、からかうための冗談ですよ。」

武田「あれ?そうだったか。」

おかしい。昨日のことのはずなのに、うっすらとしか覚えていない。

伊月「こんな歳から記憶障害ですか?流石にそれは心配になるんですが。」

武田「最近仕事のストレスのせいか、記憶が抜けてるんだよ。今月まだ、休みなし。」

伊月「そのうち過労死しますよ。きちんと休んでください。」

(いや、俺への負担増やしてんのお前だから。何ちょっと優しい感じだしてんの。さすがに騙されねーぞ。)っと言いたいとこだったが、こいつが珍しく心配しているわけだ。素直に聞いておくとするか。

武田「じゃあ、そのうち休んどく。」

そうするとこいつ、めっちゃ意外そうな顔をしやがった。

武田「なんだ。そんなに俺が素直なのが珍しいか。」

伊月「はい。『いや、俺への負担増やしてんのお前だから。何ちょっと優しい感じ出してんの。さすがに騙されねーぞ。』って、言われると思ってましたから。」

え…、え?おかしくね。何で、俺の思考筒抜けなんだよ。なんとなく予想通りではなく、一文字一句同じとかありえねーだろ。こいつ、ストーカーよりやばいんじゃ。」

伊月「途中から口に出てますよ。後輩をストーカーより怖いって、ひどいですよ、ホント。」

そういうとこいつは、頬を膨らませた。いや可愛いんだよ、なかなかこのしぐさ。でも、この可愛いしぐさも、さっきの聞いた後だと恐怖の方が強い。いつかヤンデレ化して、誰かを刺しそう。主に伊藤〇。怖いからちょっと話し逸らそう。

武田「そういえば明日、有給を取ろうと思う。ちょっと、ストーカーの奴の調査をしたいんでな。協力してくれ。」

伊月「いいですけど、あのブラック企業から有給って、とれるんですか?」

武田「正直、大企業に転職するくらいの難易度だ。正攻法ではな。」

あの上司から『完全な有給』を取るのは至難の業。しかし、下準備をすればワンチャンある。俺のネットとアニメで得た知識で、あの上司に勝ってやる。

伊月「果たして先輩のネット知識が、本当に上司相手に通用するんでしょうかね。」

当然のように心を読みつつ、俺のネット知識を小馬鹿にしてきやがった。せっかくやる気を出している時に小馬鹿にするとか、うっかり自殺しちゃうからやめていただきたい。っと、よく過労死しかける社畜が申しております。






武田「もしもし光成。ちょっといいか?」

大谷「仕事中なんだが。何の用だ。」

俺は明日の交渉のために、あるやつに電話をかけた。そのやつがこの、大谷三成。名前が俺の名前と同じようなセンスだ。俺の会社の同期で、最近は三日連続徹夜だったらしい。

武田「お前今日休みだろ。何で仕事してんだよ。」

大谷「いやー、なんていうかさ、仕事してないと落ち着かないんだよ。仕事がやりたすぎて落ち着かなくて、気づいたら出社してた。」

武田「お前、仕事しすぎだろ。」

大谷「いーや、謙信が仕事しなさすぎるんだって。徹夜での仕事、まだ数回しかしてしてないだろ。今月の残業時間もまだ100未満だろ。これじゃあ窓際社員並だぞ。」

武田「それはさすがに、おまえがおかしいだけだろ。」

三成は、あの上司がドン引く程の社畜。頭のネジが、そもそもついていない

変態系社畜。こいつの仕事量は、普通の社畜3人分に値するらしい。

大谷「それで、結局何の用だ。」

武田「それが、かくかくしかじか…。」

大谷「なるほど。かくかくしかじか…すれば、かくかくしかじかしてくれるのか。了解した。」

武田「頼りにしてるぞ。」

これで準備は整った。あとのことは、明日の自分にゆだねるとしよう。そして俺は寝た。明日の勝利を祈って。





次の日

俺は早めに会社にいった。徒歩20分ほどで、割と近い。おそらくこの時間は、上司が会社につく時間だ。上司は起きてすぐ会社に行くから、今は思考力が鈍くなっている。交渉をする、絶好のチャンスだ。すぐさま上司のもとに行った。さーて、

交渉開始だ!


武田「おはようございます。」

上司「今日は早いじゃないか。定時2時間前だぞ。相当やる気があるようだな。」

武田「いえ、今日はお願いがあってきました。」

上司の上機嫌そうな表情が、変わった。やる気があるのを否定したからだろう。正直、表情が少し変わっただけで、かなりの恐怖を感じる。今なら引き返せる。まだ助かる。チキンな思考が頭をよぎる。なぜこんなことをしなければならないのか。写真で脅されているからなのか?いや違うな。伊月を助けたいって、思っているからだ。普段からかってきてウザいあいつを助けるなんて言う面倒ごとを、自ら進んでやるなんて、変な奴だな、俺。

武田「今日から1か月、休暇を取らせてください。」

上司は驚いた顔をした。当然だ。普通の会社でも普通とれない。ありえない量なのだ。だが、勝負はこれからだ。

大谷「おい、聞いてたぞ。1か月休暇って、正気か!お前はただでさえ昨日早く帰ったんだぞ。ありえないだろ。」

上司「さすがに1か月は認められん。」

武田「でも俺は、本気なんです!!」

上司「…。」

よし!うまくいった。ありえない要求であっても、本気であることを伝えれば、少し考えさせることができる。次は、

武田「なら、1週間にします。」

上司「⁉」

大谷「まあ、さっきよりは現実的で、いいんじゃないですか。」

よし!急に要求を小さくすれば、当然驚く。そこですかさず三成が、俺を肯定する。完全に肯定するのではなく、まあいいんじゃないって感じで。そうすれば、要求を通してよいふいんきが、自然な感じに出る。だがこの上司は、

上司「1週間でも長い。だめだ。」

やはりだめだ。ならここでさらに、

武田「なら三日にします。」

さらに要求を小さくした。だがこれではまだ弱い。ならここで

武田「それと、『会社でお泊り寝ないで仕事』に参加します。」

会社でお泊り寝ないで仕事とは、1週間会社に泊まって仕事を寝ないでやるイベントである。だが参加者は、基本三成だけなのだ。

上司「…。」

できることは全てやった。だが、上司の気分でどうとでもなるため、結果がどうなるかは、祈るしかない。

上司「武田謙信の3日間休暇を、







                               認めます。」


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社畜は後輩女子大生に振り回される @yokayato931

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