9.『創り手』と『造り手』

「曰く、この世にはごくたまに不思議な力を持った人間がいる。創り手クリエイターと呼ばれるその者たちは、想像上の存在を現実に呼び寄せる能力を持っている。自身の怒り、恐怖、不安といった負の感情をその類い稀なる想像力で掻き立て織り上げて、無意識の内に想像上の存在を現実に顕現けんげんさせてしまう召喚者だ」

創り手クリエイター……。確か、黒野さんが口走っていましたね。加羅里さんと同じように、私も創り手クリエイターの力を持つ者だと」

「そうだ。加羅里も先生も、この創り手クリエイターの能力を持っていた。ただ、この能力はとても危険なものだった。負の感情によって召喚されたそれらの存在は元々凶暴な性質を持つことが多い上に、創り手クリエイターの想像力と負の感情が強ければ強いほどその性質を増す。往々にしてただ暴れ回り、周囲の無関係な人間や自身の作成者でもある創り手クリエイターの命をも奪ってしまうことになった」

 その話を聞いて、私は小さく身震いする。それはとても恐ろしい話だった。自分の感情ひとつのせいで、自分だけではなく周囲の人たちを犠牲にしてしまう可能性があるなんて。

「だから人々を守る手段として、実在する『器』にその存在を封印するための技術が編み出されていったんだ。その技術を持った封印者が、自身の制作した絵や造形物などにその存在を封印する。それが、俺や黒野のような造り手メイカーと呼ばれる人間の役割。そうやって造り手メイカー創り手クリエイターや周囲の人々を護ったんだ」

 私は額に手を当てて顔をしかめた。平々凡々な窓際小説家だと思っていた自分がこんな不思議な能力を持っていたこと。創り手クリエイター造り手メイカー。何もかもが信じられない。勿論、全て体験してしまった後の私には無理にでも信じるしか道はないのだけれど。

「信じられないよな。俺も、黒野にきいた時は信じられなかった。こんな時に何を寝惚けたことを言ってるんだって、殴ってやろうかと思ったくらいだったよ。でも、それでも黒野は薄笑いを浮かべたまま、その信じられない話を続けたんだ。……先生、大丈夫か?」

 情報の消化不良でひどい胸焼けを起こしたような感覚を覚えながらも、私は視線で鞍馬さんに大丈夫だと示して、話の続きを請う。彼も、小さく頷いて続きを話してくれた。

創り手クリエイターに召喚された存在は完全に封印されるまでは人間に牙を剥く。例えば、創り手クリエイターが未完成の封印に触れればどうなるか? ……たちまち命を落とすことになる」

「………………」

 私はぐっと強く唇を咬んで、情報を整理する。

 召喚者である創り手クリエイターだった加羅里さん。封印者である造り手メイカーだった黒野さん。未完成のまま触れれば命を落とす封印。黒野さんのアトリエで亡くなった加羅里さん。

 私はそれらの情報を総合して、ぐるぐると目まぐるしく働く頭の中で答えを導き出す。

「つまり、加羅里さんが創り手クリエイターとして召喚した存在を黒野さんが造り手メイカーとして絵を描くことで封印していたということでしょうか」

「そうだな。加羅里自身が創り手クリエイターであることを自覚していたかどうかは解らない。だけど、両親との不和で加羅里には少なからず負の感情もあっただろう。ならば、きっと無意識に召喚を行っていたはずだし、黒野は加羅里を守ろうと封印を行っていたはずなんだ」

「でも何かの手違いで、加羅里さんはまだ未完成だった封印に触れてしまった……?」

 私の頭は決して良くはない。だけど、ある程度察しは良い方だと自負している。

 鞍馬さんも私の出した結論に、小さく頷いてくれた。

「ああ。多分、そうなんだと思う。黒野は確かなことは何も言わなかった。けれど、当時の俺も、結局その結論に至った。半信半疑ではあったけれどな。俺の気持ちは無秩序に混ぜられた絵具えのぐみたいだった。でも、俺は黒野に何も言えなかったんだ」

 それもそのはずだ。子供だった鞍馬さんにとっては姉の死だけでもいっぱいいっぱいだろうに、その死の原因を作ったのが兄と慕った人だったのだと暗に知らされてしまったのだ。勿論それは必死に守ろうとした結果であったのだろうけれど、それを理解出来ていたからこそ、何も言えなかったに違いない。

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