8.幸せだった日々の終焉
「鞍馬さんのお姉さん……」
「ああ、黒野と万次郎と加羅里は小学生の頃からの幼なじみで、俺が産まれてからは四人で一緒に色んなことをしたよ。四人でいるのは本当に楽しかった。楽しすぎて、幼い俺はそれが永遠に続くものだと思ってた」
「………………」
子供が永遠を信じる気持ちは何となく解る気がした。私は現実の友達なんていたことはなかったけれど、空想上の友達と野山を駆け回って遊んでいた子供の頃の私にもそんな思いがあった気がするから。
穏やかに、楽しかった過去を語る鞍馬さん。しかしすぐに鞍馬さんの表情は曇る。
「だけど、すぐに変化は訪れた。……黒野が加羅里に結婚を申し込んで、加羅里もそれを喜んで承諾したんだ」
「……っ!!」
それは私にとっては覚悟していた言葉だった。
黒野さんに憧れていた私だけど、元々「黒野さんは大人の男性だから」と過去に付き合った女性の一人や二人いてもおかしくないことを理解してはいた。それに、黒野さんの加羅里さんへのただ事ではない執着を見た今、その執着が黒野さんのただの片思いではなかったのだろうという気はしていたのだ。
だから、覚悟していた。少しだけ受け止めるのに覚悟がいった。それだけだ。
私の複雑な感情を
「俺としては黒野が本物の兄貴になってくれるんだって思って嬉しかったし、万次郎も手放しで祝福してくれた。だけど、草壁の家、俺の実家の両親だけは二人の関係を認めなかった。草壁の家はここ二代で成り上がった、金だけの成金だ。両親は加羅里を旧華族の家柄で金も持っている八百家の嫡男である万次郎に嫁がせたかったんだと思う。黒野は八百家が道楽で支援していた身寄りのない画家の男が遺した子供で、万次郎の親父さんが後見人として支援しているとはいっても、まだ駆け出しの画家だった。本人に地位や金があるわけじゃなかったからな」
黒野さんのお父様はマリアさんのお父様が支援していたお抱えの画家……。そうか、マリアさんのお屋敷で見たたくさんの絵は黒野さんのお父様が描いた絵だったのかもしれない。
「だけど両親の思惑に反して、加羅里は黒野と婚約した。両親はとにかく二人を別れさせようと色々画策したらしい」
私がその話に顔を
だけど、その極端な失敗例としてこの世に存在している私としては、その押しつけには渋い顔をせざるを得ない。
「それでも頑なに意見を曲げようとしない二人に怒り狂った両親は加羅里を勘当すると言って家から追い出したんだ。両親は黒野が草壁家の金目当てに加羅里を
「………………」
私は小説家だけれども、だった、というこれだけの言葉がこんなに悲しい色を帯びる瞬間に初めて出会ったような気がした。そうだ、加羅里さんは亡くなっているのだ。しかも十一年も前に。つまり、二人が婚約した後に、加羅里さんは――。
「でも、加羅里は死んだ。二人が婚約して一年しか経ってなかった。これから二人で一緒に暮らしていこうと準備している最中だったんだ。あの日、俺は黒野が親父さんから引き継いで使っていた八百家の離れにあるアトリエに行った。新居にも小さなアトリエを用意することが出来たから、必要なものを運びだそうということになったんだ。学校帰り、その手伝いをしにいった俺がアトリエに着いた時には、呆然と加羅里を見つめる黒野と既に冷たくなった加羅里がいるばかりだった」
十一年前、ということは鞍馬さんはまだ小学生か、中学生になったばかりくらいだろうか。永遠を信じていた当時の鞍馬さんにとって、姉の死をその目で直視するのはどんなに辛かっただろう。
だけど、目の前の鞍馬さんは淡々と、事実だけを並べていく。
「黒野にはそれ相応の嫌疑がかけられた。でも黒野はどうして加羅里が命を落とすことになったのかについては完全な黙秘を続けたんだ。結局、加羅里には外傷も毒物を盛られた形跡もなかったから、事件性のない突然死として扱われることになった。だけど、俺の両親は黒野が加羅里を殺したんだと執拗に責め立てた。まだ二人が法律上の正式な夫婦ではなかったこともあって、加羅里の葬儀の喪主は草壁の両親がつとめたから、黒野は加羅里の葬儀にも出られなかったんだ」
「……そんな」
あまりのことに、私は思わず小さく声を上げてしまった。
愛する人が亡くなったのに、葬儀にも出られないなんて。
「加羅里の葬儀が終わった後、俺はこっそり黒野を訪ねた。両親には黒野との交流を絶つように言われていたけど、俺には黒野が加羅里を殺したなんて信じられなかった。だから自分で黒野の元に出向いて、自分で黒野を問い詰めた。それでも黒野は加羅里の死んだ理由は話してくれなかった。だけど、俺に言い聞かせるようにこんな話をしたんだ」
そこまで言うと、鞍馬さんはその時を思い出すようにすっと目を細めた。
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