第51話 訪れる者

「なんだ、ありゃ?」


「さぁ、私にもちょっとわからないですけど……鬼火、とかですかね?」


 若干の肌寒さを覚える夜の荒廃集落。


 その暗がりの中で、大河たいが静穂しずほは、内心焦りながらも、遠方に見える小さな光に対して、互いに意見を述べ、心の平穏を保とうとしていた。


「鬼火だ? そうは見えなくもないが、見たところ燃えてる感じはしないな。どっちかっていうと、ライトとかの光って考える方が自然だろ」


「でも、こんなところにやってくる人なんているんですか? だって、ここは大村おおむらさんの山で、しかも立ち入り禁止って言われてる場所ですよ?」


「だからって、鬼火だとか人魂だとか、そういったオカルト的なものだとは限らないだろう」


「でも現に大河さんが追われているのは、そのオカルト的な怪物じゃないですか。こうなったら信じる信じないの問題じゃないですよ」


「それは……そうかもしれないが。いや、そんなことは大事じゃない。あの光の正体が敵か味方か、それが重要だ」


「それは……確かに、そうですね」


 大河の言葉に、静穂は一旦口を閉じ、改めて暗闇の中に小さく揺れる、儚げな光の点を注意深く眺める。


 距離はまだだいぶ離れているようであったが、それでもその小さな光は、徐々に大きくなってきており、その存在が自分たちの方へと近づいてきているということが、静穂には理解できた。


「大河さん、近づいてきてますよ……」


「……あぁ」


「どうします? 隠れた方がいいんでしょうか?」


 静穂の提案に、大河はわずかにうなると、意を決したといった様子で力強くうなずき、静穂へと指示を送った。


「あぁ、その方がよさそうだ。何者かはわからないが、相手に気付かれないように距離を置いて、遠くから何をしようとしているのか、様子をうかがおう」


「わかりました。それじゃあ……あの、小屋の陰とかどうですか?」


「いいだろう。この暗さだ、居るとわかって探したりでもしない限り、まず見つからないはずだ」


 大河から肯定の言葉をもらい、静穂の顔に、わずかながら笑みが浮かぶ。


 ただ、それは宵闇のベールによって静かに覆い隠され、大河当人の目に留まることはなかった。


 そして、建物の陰に身を潜め、光源の保有者を待つこと数分間。


 大河と静穂は、緊迫感を維持しつつ、近しい距離で探索状況を確認し合った。


 無論、情報交換は囁くような小声で行われ、周囲の警戒も怠らないよう努めて、である。


 しかしながら、ほぼすべての建屋が廃屋といっても差し支えない状況であったことからもわかるように、静穂から告げられた内容も、一切の成果なしという、無情ともいえる報告のみであった。


「くそっ……わかってはいたが、風向きは相当悪いな」


 今にも舌打ちをしそうな、不服そうな顔で大河はつぶやく。


 普段であれば、そんな大河の態度を注意するであろう静穂も、この状況を鑑みてか、黙って聞き役に徹していた。


 そして再び訪れる、沈黙の時。


 すると、どこからともなく、荒い息遣いと、すり足のような足音が聞こえ、明かりの気配が迫ってきていた。


 それを察知した二人は、どちらからともなく、息を殺し、できる限り気配を遮断するよう努める。


 少なくとも、相手は怪物や幽霊といった存在ではないことがわかり、幾らか安堵はするものの、それでもまだ油断はできない。


 仲間に引き込める人間か、それともこのまま距離を取るべき相手か、慎重に見極めるべく、大河は若干身体を前へと乗り出し、その人物の顔を注視した。


 静穂もまた同様に、近づいてくる人物の正体と目的を知るべく、目を凝らす。


 家の陰にそんな二人がいるなどと、思いもせず、その人物は足元を手にしたライトで照らしながら、若干ふらつきながらも家の前を通過していく。


 その瞬間、地面より照り返した光が、ぼんやりとその人物の顔を映し出した。


「――大村さん⁉」


 思っても居なかった人物の登場に思わず静穂は驚きの声を上げた。


 その声は決して大きなものではなかったが、この無音ともいえる空間においては、声の大小は些細な問題にしかならない。


「だっ、誰か、いるのか……?」


 案の定、脇にそこそこなサイズがある、薄い箱型の包みを抱え、もう片方の手にライトを持った小柄な初老の男性――大村おおむら誠吾せいごは、人の気配を察知して、大河たちの居る方へとその光を向けた。

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