第50話 怪物は何を思ふ
立ち並ぶ家屋を片っ端から家捜ししていく
それは、焦りからくる精神的なものだとか、長時間動き続けた疲労によるものなどではなく、単純に暗闇のせいで十分な視界が確保できないという理由によるものであった。
「くそっ、こう暗くちゃ探し物一つも満足にできねぇ」
真っ暗な部屋の中、大河の苛立った声が舞い上がる埃の中に響く。
せめて、ろうそくの灯のひとつでもあれば違うのだろうが、さすがにそれを実行すれば命に係わるので、結局じっくりと時間をかけ、手先の間隔と暗闇にうっすらと浮かぶ微細な形状の差異で判断していくしかない。
「……そして、ここもダメか。布切れは見つかりはしたが、とても供物には使えそうにないな。使えたとして、せいぜい雑巾だろうな」
そう口にすると、大河はため息と共に、手にした布を放る。
宙へ投げ出された布は、ほんの一瞬、ふわりと空気を含んでその場に留まるが、すぐに重力に引っ張られて、足元へと消えていった。
そして、大河もまた重力へと引き寄せられるように、埃の積もった床の上へと腰を下ろした。
「あぁ、疲れた……とりあえず、一旦休憩だ」
膝を立てながら、両脇に手をついて身体をささえつつ、顔を若干上向ける姿勢で、大河は目を閉じる。
元々、周囲は暗黒に染まっていたが、それでも目を閉じるとそれより暗さを感じるということに、今更感慨を覚えながら、大河は意図的に緊張した心を緩める。
「ダメで元々とは思っていたが、本当に何もないとなるとさすがに手詰まり感があるな……
大河の口から、力ない笑いが漏れる。
一度休んだ身であるとはいえ、それでも朝からほぼ丸一日、ろくに食事をしていないこともあって、大河の体力は限界を迎えつつあった。
そのおかげで、あの詰みあがった死体や腐臭を前にしても、嘔吐をせずに済んだということもあるのだが、それ以上の利点は思い浮かばない。
結局、身体は生きるために必要な、体力を求めているのだ。
そんな事情もあって、動くことをやめた途端に、大河の身体は休息を求めて睡眠を促してくる。
しかしながら、今の大河は悠長に朝まで眠れる状態にはなかった。
さすがに静穂が探しに来るだろうが、万一眠りに就いてしまい、そのまま朝を迎えてしまったなら、その時はきっと死体として、あの首塚の一番上に乗っかっていることだろう。
そんな事態になってしまわないためにも、大河は意識を現実へとつなぎとめている必要があった。
「静穂には申し訳ないが、残りの探索を頑張ってもらうとして、俺はちょっとばかし、推理の方をさせてもらうとしよう」
大河は、不意に飛び出てくるあくびを噛み殺すと、大きく息を吸って、脳へと酸素を送り込む。
本来なら糖分も欲しいところだったが、贅沢は言えない。
大河は胡坐をかく体勢へと座り直すと、顔の筋肉を引き締め、自分を追いかけ続ける怪物について思考を巡らせ始めた。
「それにしても意味がわからねぇな。皆殺しにするにしても、あの怪物、どうして死体をあそこに積み上げる必要がある? そもそも、あそこにあるのは彼女の墓なわけだろ? 殺害が目的だったら、その行為自体が余計なことになるわけだしな」
そこまで考えたところで、大河は体を前傾に、あごに手を当て、更に深く思考を巡らせる。
「ということは、怪物には何か目的があると考えられるわけだ。それが儀式なのか、供養なのかまではわからないが……とにかく、あの首塚に対してアクションをしたいということは確かだろう。いや、怪物自身の気持ちを考えると、
思考がまとまらず、大河はもどかしそうに頭を掻きむしる。
しかし、それで思考力が回復することなどあるはずもなく、糖分を欲する頭を無理やり働かせて、大河は残る可能性を何とか絞り出した。
「待てよ? 確か、怪物の元となった男は反物を売っていたはずだよな」
伝承にあった供物としての反物。
その存在に理由を見出した大河であったが、確証まで至ることはなかった。
というのも、大河がこれまで得てきた情報が、それを否定していたからであった。
「いや、わからない。これまでも
自分の提示した解決案の問題点を、自ら見つけてしまったことに、大河は悔しそうに歯を食いしばるが、すぐに頭を振り、思考を切り替えて、次なる案を模索し始める。
「しょうがない。もう一度考え直そう。仮に先延ばしになるような方法であったとしても、その間に考えていけばいいはずだ」
「大河さ~ん!」
「んっ、静穂か?」
外から聞こえてくる静穂の声に、大河は思考を一旦切り上げ、意識を持ち上げる。
声色から、決して嬉しい報せなどではなさそうではあったが、緊急事態といった様子でもないことがうかがえる。
正直、判断がつかないということもあって、大河は何があったのか確認をすべく、速やかに立ち上がり、家屋の外へと顔をのぞかせた。
「何か見つかったか?」
すぐ近くまで来ていた静穂と玄関先で鉢合わせになるも、大河は慌てた様子もなく、すぐさま用件を述べた。
一方の静穂も、大河のそんな態度は平素からのものであるのか、こちらも驚くことなく、率直に用件を口にする。
「いえ、何も。それとは別なんですけど、あっちに明かりが見えて――」
「明かりだと?」
静穂に言われるがまま、視線を彼女が指をさしているであろう方角へと向ける。
すると、そこには線香の先端に見られるような、点にしか見えないほどの小さな明かりが、暗がりの中、遠方にしっかりとその存在を示していた。
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