第48話 導き出した答え

 車のエンジン音が消えると、周囲は急に静まり返り、誰かに両耳を塞がれたかのような、強烈な違和が大河たいがを襲う。


 それだけでも人間は不安を抱くものであるが、現在、この場は一切の光源を絶った暗黒の中であり、一寸先すらも満足に視認できない状態。


 これで、心を安静に保っていられるのは、余程過酷な訓練や経験を積んだ者か、安心できる何かを保持している者しかありえないだろう。


 大河の場合、それは後者であった。


「……どうかしたんですか、大河さん?」


 いつまでもその場を動こうとしない大河に、探偵助手――前原まえはら静穂しずほは顔を傾げ、尋ねた。


 おかげで、限りなく無音に近い世界に、音が生まれる。


 そして、静穂の問いかけに対し、大河は時が動き出すのを待っていたかのように、ゆっくりと口を開いた。


「いや、どうにもこうにも、糸口が見当たらなくてな……」


「糸口って、あの鬼についての情報ですか?」


「鬼? ……あぁ、あの怪物のことか。そこについては大体の見当はついているから問題ない。恐らくではあるが、都市開発でこの村に工事が着手されたことが、事の起こりだと俺は踏んでいる」


 大河の考察に、静穂は口元に指をあてがい、難しい顔をしながらも、自らの考えを述べ始めた。


「都市開発というと、何十年も前ですよね。その時のわざわいが今まで続いてると、大河さんは思ってるんですか?」


「信じたくはないがな。今ある情報から総合的に判断すると、そう考える以外ないってのが正直なところだ」


「でも、原因がわからないことには……」


「あぁ、今わかってるのは、こうして暗闇の中にいればヤツは姿を現さないっていうことくらいだ。薄暗い程度の明るさなら、どこからともなく現れて、お陀仏だ」


「それって、もしかして大河さんも既に……?」


「あぁ、次の標的は、どうやら俺らしい」


「そんな……」


 言葉を失う静穂であったが、大河はさして気に留める様子もなく、小さく息を吐いたのみで、言葉を続けた。


「まぁ、現に何度か死にかけてるから、今更どうということはないさ。間一髪ではあったけど地下室に逃げ込んで生き延びることができたわけだし、結果として暗所でなら無事という情報は正しかったと知ることができただけでも良かったとするべきだろうな」


「だったら、急がないとダメじゃないですか! 早くなんとかしないと、大河さん死んじゃいますよ!」


 途端、慌てた様子で大河の袖をつかみ、歩き出そうとする静穂。


 それを大河は、低く落ち着いた声で静穂を制した。


「大丈夫だ。俺は死なねぇよ。だから落ち着け」


「……本当、ですか?」


 今にも泣きだしそうな声で、静穂は聞き返す。


 それに対し、大河は穏やかな声色で答える。


「あぁ、だから今は考えるんだ。少なくとも朝までは時間はある。それまでに、何としてでもあの怪物を鎮める方法を見つけるんだ」


「――はいっ!」


「……死ねない理由ができちまったし、最低でも死ぬ前に方法までは見つけておかないとな」


「んっ? 何て言いました? ちょっと聞き取れなくて――」


「あぁ、気にするな。共有すべき情報を整理してただけだ」


「そうでしたか。ちなみに、大河さんは赤端あかはた村の伝承について、どこまで調査は進んだんですか?」


「それはだな――」


 冬場ではないとはいえ、避暑地としても有用な山間部、その夜間ともなれば、気温は格段に下がるものだ。


 大河と静穂は、一旦車の中に場所を移し、今まで知りえた情報を確認し合い、すり合わせを行った。


 その間、大河の提言により車内に常設してあるライトはおろか、手持ちのライトすらも使用せず、主に言葉のみのやり取りを続けていた。


 協議はしばらくの間続いた。


 そして、粗方話がまとまったところで、静穂が最後の確認をするように、意見を統合する。


「つまり、私たちがこれからすべきことっていうのは、首塚に捧げる供物を探すっていうことでいいんですか?」


「そういうことになるな。仮説ではあるが、それが一番有力だろう。見たところ、怪談でよくあるような、呪いの元凶によくある墓標の破壊であるとか、札だとかしめ縄を外したとかいう形跡はまったく見られなかった。まぁ、神社ってわけじゃないから当然ではあるが。となると、供物が盗まれたか、捧げられなくなったか、ということになる」


「伝承でも反物を捧げるようにって言ってましたし、可能性はありますね。でも、ひとつ疑問があるんですけど……」


「なんだ?」


 静穂が口にしようとした質問を、大河は軽い口調で促す。


 すると、静穂は素朴に疑問を投げかけた。


「――あの、その推察が正しいとして、どうして大村おおむらさんは無事なんでしょうか?」


「大村? この山の持ち主のか?」


「はい、だっておかしいじゃないですか。百歩譲って都市開発の関係者が被害に遭うのはわかりますけど、今ここで被害に遭ってる人たちは何も関係ないんですよ。これじゃあ入ってきた人を無差別に殺して回ってる、ただの無差別殺人鬼じゃないですか!」


「無差別殺人鬼……か」


 その瞬間、大河の脳裏には、赤端村の伝承の内容が描かれていた。


 大鉈を手に、愛する者を犯し、殺した者と、立場上逆らえなかったとはいえ、止めることができずに、見て見ぬふりをしていた輩を、見境なく殺めていく、醜く歪んだ姿の男の鬼気迫る顔。


「……いや、今はそれどころじゃあない」


 大河は首を横に振って、頭の奥底へと思考を送り返すと、改めて静穂に語り掛けた。


「あってるかどうかはわからないが、やれることはやっておくべきだ。静穂、とりあえずはこの村をくまなく探して、供物になりそうなもの――できれば反物を手分けして探そう」


「手分けしてって……大丈夫なんですか?」


「あぁ、大丈夫だ。一応静穂の方はまだ襲われることはないだろうが、念のためケータイとかライトの使用は控えるように。あと、何かあったらすぐに大声で知らせろ。絶対にスマホは使うな、いいな」


「――わかりました」


「よし、それじゃあ捜索開始だ」


 大河の声を合図に、二人はレンタカーのドアを開け、車外へ出ると、互いに真逆の方向へと向かって小走りに向かい、捜索を始めた。

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