第45話 推論

「あ……んっ? ここはどこだ?」


 沈み込んだ意識から浮上した大河たいがの目に、一番に飛び込んできたのは純粋な暗闇であった。


 それは一切の光が目に入らない世界であり、上下感覚もあいまいになってしまいそうで、いまだに自分が夢の中にいるのではないかと思ってしまうほど。


 だが、それでも大河がかろうじて現状を受け入れることができたのは、背中と足元に感じる、冷たく硬い感触のおかげであった。


 そして、次第に頭がさえてくると同時に、眠りにつく寸前の記憶がよみがえり、大河はボソリと言葉を吐いた。


「あぁ、そうか……俺は眠ってたのか」


 寄り掛かっていた身体を起こし、軽く伸びをしてまだ夢の中にいる自分の四肢に起床を告げる。


 身体に溜まった疲労は大分抜けたものの、それでも十分には回復しておらず、まだ若干脚が張ったような感覚が残っており、大河は小さく舌打ちをした。


「とりあえず、命はあるようだが……どれだけ寝ていたんだ?」


 大河はおもむろに自らのポケットをまさぐり、携帯電話を取り出そうとする。


 そして指先に携帯電話の樹脂の感触を覚え、そのまま電源を入れようとするも、ふと思いとどまる。


「……まさかとは思うが、大丈夫、だよな?」


 相手はこちらがどれだけ警戒していても、悟られることなく姿を現してくる。


 それも、まるで瞬間移動でもしてきたかのように、突然だ。


 少し前に同行した警察官の益川ますかわが姿を消した時も、大河がすぐ近くにいたにも関わらず、一切感知することができなかった。


 もちろん、戸も開いていなければ、秘密の抜け道が開いたなどという形跡も見られなかった。


 もしかしたら、ここで光を灯してしまったら、ヤツが姿を現すかもしれない。


 その恐れが、寸前のところで大河の指の動きを留めていた。


「いや、大丈夫だ。アイツはしゃがんで穴の中に腕を突っ込むだなんていう器用な真似はしてこないはず――」


 今まで大河が目にしてきた、怪物の挙動。


 それはいずれも立ち上がって大刀のようなナタを振るうというものであり、鋭敏にこちらの動向を分析し、対応してくるというものには思えない。


 もしそれが、大河を騙すための演技なのだとしたら、もうお手上げとしかいうほかない。


「とりあえず、今がどれくらいの時間なのかは外に出ればわかるはずだから、後に回すとして、今は何をすべきか考えた方がいいな」


 何も見えない地下スペースの中、水気を帯びた空気に大河の声が響いたかと思えば、吸い取られてしまったかのように消えていく。


「……とにかくだ。思い出せ、無人になるまでの間、この村には確かに人が住んでいたんだ。だとすると、それまで無事でいられた理由があるはずだ。もしくは、ある日を境に襲われるような出来事が起こってしまったと考えるのがいいだろう」


 大河はすっかり機能しなくなった視界の中、いつものようにあごに手を添え、一言一言を口に出して情報を開示、分析していく。


「一番有力なのは、都市開発の際に村を訪れたといわれる工事会社や事業の責任者が、禁忌を冒して怒りを買ってしまったということだが……その場合、何をすれば怒りを鎮めてくれるのかってのが問題になるな。あとは、考えられるのは供養が足りていないという可能性もあるな。心霊現象でも、墓参りに来ないということを根に持つ輩が子孫に危害を加えてたりするしな……」


 そこまで口にしたところで、大河は一旦口を閉じる。


 そして今日目にした首塚の様子を思い浮かべてみるが、別段おかしいと思えるような箇所はなかったという点に思い至る。


「……確かに、首塚とやらには花も何も供えられてはいなかったな。まぁ、立ち入り禁止になってるから当然だが。あとは別に墓標も何も倒されてたりイタズラされてたりしている様子もなかった。強いて例を挙げるなら、そこにあったはずの何かが盗み出されてしまったから――という可能性は高いが、それが何なのか、一切の情報がないってのが厄介か」


 そこまで思考を巡らせたところで、大河は腕を組み、更に熟考する。


 しかし、妙案は思いつかなかったらしく、大河は深くため息を吐くと、諦めた様子で首を振った。


「いや、これ以上は考えるだけ無駄だな。とりあえずは、外の様子を確認した方がいいな」


 すると、大河はゆっくりと立ち上がろうとして、頭上にある床板にぶつけた。


「――いてっ、そういやここ、低いんだったか。ま、貯蔵庫みたいだし、当時の人間からすれば適当な広さだったんだろうが……いかんせん俺には低すぎだな」


 ぶつけた箇所を軽くさすりながら、大河は中腰になり、前方の様子を手先で確認しながら落ちてきた場所へと向かう。


 暗闇の中ということもあり、見つけるまで多大な時間がかかると思われたが、前方と頭上とにそれぞれ腕を伸ばしながら進んだ結果、思いのほか早く、到達することに成功した。


「開け……よしっ!」


 大河は開口部の下に立つと、腕を伸ばしつつ、飛び跳ねる動作を行うように、両脚に一気に力を込める。


 開口部の扉は、一度開いたこともあってか、比較的軽めの力でも持ち上がった。


「あぁ、腰にくる……それに、やっぱり外の方が空気がうまいな」


 まるでモグラのように地下スペースから頭をのぞかせる大河。


 その視界に入ってきたのは、夜の帳が下りつつある、廃れた台所であった。


 日はとうに沈んでおり、かろうじて遠方に夕日の名残を見て取ることができたが、その光すら消えてしまうのは時間の問題だろう。


 どうやら、相当な時間眠っていたらしい。


 次いで、周囲を軽く見回してみるが、あの怪物が待ち構えているなどということもなかった。


「よし、行ける」


 そう判断するが早いか、大河はすぐさま暗黒の中から這い出し、立ち上がる。


 また、いつあの怪物が姿を見せるかわからないのだ。


 満足に動けない状態で一か所にとどまっているわけにもいかない。


 それこそ、自殺行為に等しい。


 大河は、帽子と上着、そしてシャツの乱れを最低限整え、土汚れを払うと、台所の勝手口のドアノブをひねり、屋外へと出ようとする。


「――んっ?」


 その瞬間、背後に冷たい視線を感じ、大河は思わず動きを止めた。


「まさか……」


 大河には、その感覚に覚えがあった。


 振り返らなくともわかる、異質な狩人の視線。


 それを受けた大河が取るべき行動は、ひとつしかなかった。


「鬼ごっこ再試合、勘弁してほしいんだけどな」


 そうぼやくと同時に、ドアを押し開け、大河は走り出す。


 直後、背中に何かが振り下ろされたような風圧を感じたが、それでも大河は振り返ることなく、足を動かし続けた。


「さぁ、どこに行く?」


 一度休んだとはいえ、完全に抜けきっていない疲労が、猛烈なスピードで両脚の太腿に蓄積されていく。


 溜まっていく乳酸に、大河は内心焦りつつも、なおも懸命に、目的地を探して夜の始まる村の中を駆け抜けていくのだった。

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