第40話 止められない因縁
「違う……とは、妙なことを言う子だね。そもそも、私が嘘をつく理由なんてないだろう?」
「確かに、理由なんていうものは私が知ることもないですが、現に状況がそれを物語っているんですよ」
「ほう?」
興味深げに誠吾は聞き返す。
ただ、誠吾自身、感情を押し隠すという行為を得手としていないのか、その表情は硬さが残っていたが、静穂はそれを指摘することもなく、弁を振るう。
「こう見えても、私も一応探偵の助手をやっていますから。簡単な推理程度でしたらできますよ」
静穂は自前の丸眼鏡をわずかに持ち上げると、小さく咳ばらいをした後、続ける。
「まず、最初におかしいと思ったのは、
そう述べると、静穂は資料を解読したノートをバッグより取り出し、開いて見せる。
「この文章は、重要な部分のみを抜粋した資料になっていて、こう書かれています。ヤツの姿を目にしたなら、暗がりに逃げ込むように。ヤツは暗闇の中までは追っては来れない。ただし、どんなことがあっても明かりを灯すな。光が生まれるなり、ヤツはそこへと現れる……つまり、あやかさんはこの内容を知っていたからこそ、部屋を穴蔵のように暗く作り上げたのだと考えられるんです」
「確かにそうは考えられますが、それがどうして私が嘘をついているということに繋がるんですかね?」
「大村誠吾さん……あなたはこの記録の内容を知っていましたよね。知っていたからこそ、この事実を彼女に伝えた――ここに書かれているヤツとかいう怪物から命を守るために……違いますか?」
大村誠吾は、静穂の真っすぐに射抜いてくる視線に、険しい顔をしていたものの、ついには大きく息を吐き、降参したといった様子で力なくうなずいた。
「……まぁ、そこまで言われたら仕方ないか。無理に誤魔化す必要もないだろうしな」
「それじゃあ、やっぱり――」
「あぁ、そうだよ。アンタの言うとおりだ。あの大学生の女の子に逃れる方法を教えてやったんだ。あの子が必死になって助けを求めてきたからな。私の言葉を聞かずに禁足地へ入ったことを詫びながら、助けてくれってな……」
誠吾は過去を顧みるように目を閉じた後、再び目を開くと、今度は静穂を真っ直ぐに見据える。
「だから、教えてやったんだ。あのひどく怯えた顔を見たら責める気にはなれなかった。正直、古くから言い伝えられているってだけの話だったから、私自身も半信半疑ではあったがな」
「じゃあ、どうして大村さんは
静穂の問いに、誠吾は首を横に振って答えた。
「言いたくないんだ。いや、関わりたくないといった方が正しいか。知らないと言って去ってくれればそれでよし、無視して山に立ち入るような輩は、何を言っても入るだろうと言い訳もできるしな。結果、こうなってしまったが……」
しみじみと、目線を遠くに伸ばす誠吾に、静穂は改めて声をかける。
「あの、失礼を承知でお聞きしたいのですが、そのヤツとかいう怪物を封じる方法はないんでしょうか。もしかしたら、
静穂の訴えに、誠吾は驚くでもなく、さも予想通りといった様子で答える。
「なるほど。警官が一人消息を絶ったと聞いた時から、もしかしてとは思ってはいたが……まさか、探偵さんまで巻き込まれていたか」
「何でもいいんです。助かる方法が必要なんです。私が調べた限り、暗闇の中では襲われないということはわかっても、どうすれば助かるかまでは書かれてなくて……時間がないんです、お願いします!」
感情的にそう述べると、静穂は前へと乗り出す。
しかしながら、誠吾は嘆息を吐くと、申し訳なさそうに述べた。
「残念ながら、それはわからない。私も知っているのは、そこまでなんだ。私が生まれてからこれまで、あの村に、赤端村に足を踏み入れた者は、誰一人として生きてはいない。皆が行方不明とされているが、恐らく死んでいるのだろうしな」
「でも、おかしいじゃないですか。伝承自体は相当前のものであるのに、行方不明者が出始めた時期はだいぶ後で、その土地に住んでいた人は確かに居たはずなんです。それなのに、足を踏み入れた者が全員行方不明って、辻褄が――」
「――昔のことだ。申し訳ないが、本当に知らないものは知らないんだ。私はただ、先祖代々語り継がれていることを覚えているだけだよ」
執拗に食い下がろうとする静穂に、誠吾は苛立ちを覚えてきたのか、若干きつい口調で突き放す。
そこで静穂も距離感を悟ったのか、我に返ったように言葉を留め、身を引く。
「……すいませんでした。でも、現在大河さんは危険な状態にあるかもしれないんです。もし、何か手がかりがあったら、教えてもらいたくて――」
急にしおらしい態度をとる静穂に、誠吾も強く言い過ぎたかと、態度を軟化させ、優しく声をかける。
「いや、こちらこそ申し訳ない。あの地は、今や誰も入れないんだ。役人も、警察も、この俺でさえも……」
それは、まるで静穂を慰めるかのような、優しくも、切ない言葉だった。
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