第33話 赤端村・大村家伝承

 この土地を赤端あかはた村として閉ざすにあたり、事の顛末をここに記す。


 我が子孫は、この内容を末代まで伝え、部外者が立ち入ることのないよう、厳粛に努めるように。


 事の発端は村はずれに住まう男――与助よすけと、村一番の富豪の娘、樟葉くずはの出会いであった。


 与助は恵まれた体格をしていながらも、百姓を営むこともなく、機を織り、出来上がった反物を売って生活をしていた。


 元々、裕福な村でなかったこともあり、反物が売れるといったことはほとんどなかったが、樟葉に限っては村一帯の地主の娘という立場もあり、気に入った反物を時折購入していたようだ。


 そうして幾度も顔を合わせる内に、若い二人は恋仲となった。


 だが、狭い村である。


 村の頂点ともいえる存在の地主へ、その報せが届かないはずもなく、与助は地主の娘をたぶらかしたという名目で捕らえられてしまった。


 与助も樟葉も最後まで間違いだと主張をしたが、最後まで地主の裁きは覆ることはなく、与助の身柄は屋敷の地下へと投獄されることとなった。


 ただ、悲劇はここから起こったのである。


 与助が捕らえられている間に、樟葉が身籠っているということがわかったのだ。


 しかも相手は与助ではなく、樟葉の実の父親であるという。


 体裁もあって地主は娘に子を産ませまいと、拷問ともいえるようなひどい仕打ちを繰り返した。


 そして、地主によるその異常な行動はひと月もの間続き、ついに娘はお腹の子共々亡くなってしまった。


 一方の与助も、地下牢での生活は悲惨なものであった。


 ろくに光も届かない暗闇の中、毎日のように暴行を受け、ケガをしてもろくに治療を受けさせてすらもらえず、その日々は地獄と呼んで差し支えないものであった。


 だが、与助は一切抵抗をすることはなかった。


 それは愛する樟葉の身に危険が及ぶという脅しを受けてのものであったが、与助は律儀にその言葉を信じ、左腕を折られてもなお、無抵抗を貫いていた。


 そんな日々がしばらく続いたある日、終わりの時は突然に訪れた。


 それは、樟葉が亡くなった翌日の朝、見張りの者が与助に食事を与えにやってきた時のことであった。


 恐らく、気が緩んでいたのであろう、その者はこともあろうに樟葉が亡くなったことを与助へと伝えてしまった。


 与助は怒りに身を任せ、右腕一本で食事を持ってきた男を殴り殺し、地下牢から抜け出した。


 そのまま作業場へと向かうと、驚き惑う使用人を殴り倒し、置かれていた大鉈を手に取り、目につくものすべてを斬殺して回った。


 またたくまに、屋敷は血の海と化した。


 その対象は地主も例外ではなく、自室へと乗り込んできた与助によって、命乞いをする間もなく切り捨てられ、命を落とした。


 ところが、地主の命をもってしても与助の怒りは収まることはなく、屋敷に居た他の使用人や、集落内の他の家屋にいた住人をも、片っ端から斬殺していったのだ。


 あちこちから悲鳴が上がり、命乞いの声が途絶え、畳が血に染まり、土にどす黒い模様が浮かぶ。


 そして、小さな村は一日と持たず壊滅し、与助は山へと消えた。


 我が先祖も使用人の一人であったが、その恐怖から逃れるため、与助と入れ違いに地下牢へと逃げ込んだために命を拾うことができたらしい。


 その後、我が先祖は与助の怒りを鎮めるために、集落の端に墓を造り、樟葉を手厚く弔った。


 そして、毎年命日には反物を、花と一緒に墓へと供えることとした。


 供えた後に墓を見に行くと、反物が消えていることがあるが、気にしなくてもよい。


 とにかく、毎年忘れずに続けることが大事だ。


 御伽噺と思うかもしれないが、我が子孫も、この役目だけは忘れずに果たし続けてほしい。


 これは我が一族の使命であり、罪滅ぼしでもあるのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る