第29話 泉山智の音声

「こいつがここにあるってことは、異常事態に遭遇したってことで間違いなさそうだな。しかも、かなり切迫した状況だったみたいだな」


 足元に落ちていた警棒を足で軽く転がしながら、大河たいがは周囲に他の残留物がないか、見回した。


 すると、警棒の他にもペンライトが一本、近くの雑草の中に埋もれて落ちているのを発見することができた。


 大河はペンライトを拾い上げ、スイッチの入り切りをしてみると、操作に反応してライトが点灯と消灯を繰り返す。


「まだ使えるな。ただ、これだと誰の持ち物かまではさすがにわからないが……まぁ、何かに使えるかもしれんし、もらっておくか」


 陽光にかざしながら、度々見る角度を変え、ペンライトに痕跡が残っていないことを確認した後、大河はそのままスーツの内ポケットに仕舞おうとする。


 だが、何か硬いものとぶつかる感触に、大河はその手を止めた。


「んっ? あぁ、そういえば――」


 大河はここに来るまでに山小屋でスマートフォンを見つけたことを思い出し、内ポケットの中味を入れ替えるように、ペンライトを仕舞い、泉山いずみやまのスマートフォンを取り出した。


 そして、手にしたスマートフォンと目の前に積み上げられた遺体を見比べた後、大河は少しの間を置いて、遺体たちが横たわる窪地へと足を踏み入れた。


 鼻をつんざくような強烈な腐臭を、息を止めて何とかこらえつつ、大河は呼吸を最低限の口呼吸に留めながら遺体の傍にしゃがみ込む。


「あんまり、こういうのは褒められたことじゃないが、人命が掛かってるかもしれないんだ。許してくれよ……」


 詫びの言葉を告げると、大河は泉山の遺体から右腕をつかみ、スマートフォンの画面へと押し付けた。


 すると、画面のロックは解除され、インストールされているアプリケーションが一面にずらりと表示された。


「……とりあえずは、第一関門突破ってとこか」


 そうつぶやくと、長い脚を折り曲げ、屈んだ状態のまま、大河は横目に大学生たちの姿を再度視認する。


「いや、それにしても不気味なことこの上ねぇな。都会の凶悪事件でもここまでひどい有様は見たことねぇぞ。何より、こんなに傷口が腐ってるのに、ハエ一匹飛んでないってのが死地みたいで怖気がする」


 口にした途端、大河は自らの身体に寒気を覚え、逃げるようにその場で立ち上がり、膝丈ほどの窪地から出ようとする。


 瞬間、大河の瞳に、朽ちた石の墓標が飛び込んできた。


「……なるほど」


 大河はそれ以上言葉を漏らすことなく、口端をわずかに吊り上げながら、窪地から抜け出る。


 そして、遠方に見えた、草原の中に建つ、恐らく廃村の名残であろう数件の家屋に狙いを定め、足早に移動を始めた。


 草を掻き分けるだけの足音が、無音の空間の中で響き渡り、胸中で鼓動を奏でる心音すら普段より大きく聞こえて感じられる。


 そんな道中、大河は時間が惜しいとばかりに、スマートフォンの画面を操作し、証拠が残っていそうなアプリケーションを起動していった。


 SNSサイト、メールアプリ、そして写真などの画像データの入ったフォルダ。


 しかしながら、そのいずれにも、新たな物証となるような情報はなく、泉山の交友関係が極端に狭いということしか、大河は把握することができなかった。


「――まぁ、最後くらいはいい終わり方だったろ。女子大生二人に挟まれて……報われはしなかったけどな」


 ちらりと背後に意識を向けると、大河は憂いを帯びた表情で再び前を向く。


 その後、同情と哀愁といった感情を味わいながら、大河は何気なしにボイスレコーダーにて録音された音声を再生してみる。


 次の瞬間、スマホのスピーカーから流れてきた男の声に、大河は緩みかけていた表情を、否応なしに引き締めさせられた。


『これは大発見だ。もしかしたらと思って調べてみたら、赤端あかはた村の伝承ってのは、改変されたものだった。証拠の資料を持ち帰りたいところだが、正規の手法で調査をしたわけではないので、後日、権利者から許可が下りた時に速やかに調査を進めるために、場所をこの音声データで留めておこうと思う――』


「伝承を改変……歴史にもよくある話だな。やましい事実を隠すために英雄譚に書き換える。ただ、それが今回の事件とどう関与するかが問題だ。まさか、伝承に出てくるバケモノじみた人間が現代に蘇って殺戮を繰り返してるだなんていうわけでもないだろうし……」


 自分で考え付いた仮説であったが、説いた大河自身もその現実離れした内容におかしさを覚えて、思わず苦笑する。


「いや、さすがにそれは突飛すぎたか。現実的に考えるなら、その伝承のバケモノを演じた何者かが、この事件を起こしていると考えるべきだろうな。だとすると、犯人の動きを予測するためにも、伝承について、調べ直した方がいいな。あの女性警官も襲われたみたいだし、何より俺が狙われない保証もないからな――」


 これからの自分の行動の指針をはっきりとさせたところで、大河は一旦スマートフォンを上着のポケットに仕舞い、立ち止まる。


 その視線の先にあったのは、音声データで泉山が語っていた、小学校と図書館という二枚の看板が、入り口脇に掛けられた、比較的大型の建造物が、ずっしりと存在感を示していた。

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