第24話 住人の声

 出された朝食を掻っ込み、わずかに伸び出たひげを洗面所で剃り落とすと、屋敷やしき大河たいがは、前日と何ら変わりない黒と黄色のコーディネートで宿の外へと一歩踏み出る。


 もう既に捜索を始めるだけの人手が集まったのか、数分前までの騒動はすっかり落ち着き、そのあまりの落差に、大河は狐につままれたかかのような、奇妙な感覚を受けていた。


「……ま、こういうのは割り切るしかないか」


 すっかりキレイになったあごを軽く撫でた後、大河は被っている帽子へと手を伸ばし、丁度いい角度を探して調整を行う。


 その後、ぼんやりと大村おおむら家の所有する黒々とした山へと目を向け、目を細める。


「禁足地になっている、私有地の山……入るなっていう方が無理な話だよな」


 入山を決定するなり、大河はすぐさま周囲に気を配り、第三者の視線がないかを探る。


 人の気配は宿の中から感じはするものの、幸い大河の周囲には感じられず、行動を起こすにはうってつけのタイミングであるともいえた。


「――となると、善は急げってことになるか」


 口角を上げ、一歩を踏み出す大河。


 その歩幅は広く、若干丸まった背中は、好奇と確信の気配を放っていた。



「――おい、居たか?」


「いや、こっちには……そっちはどうだ?」


「ダメだ、自転車もなければ靴も帽子もない」


「誰か、熊を見たヤツはいたか?」


「最近そんな話は聞いたことないぞ。畑もカラスくらいしか出てない」


「ったく、一体どこに消えたんだ……」


 集落の散策を行う旅行者として、大村家へと通じるメインの道を歩いていた大河であったが、その足は聞こえてくる住民たちの大きな声に引き寄せられるように、自然と脇道へと向かっていた。


 元々、大河は長い脚に高身長という目立つ体格である上に、服装自体も集落に住む人々と比べて奇抜ということもあり、住民たちからも遠目に注視されることは百も承知であった。


 だが、住民たちは捜索に集中しているらしく、会話を切らすことなく、丁寧に整備された林の中を捜索していた。


 大河はこれ幸いとばかりに巨木の陰に身をひそめると、そのまま気配を消し、彼らの放つ言葉の一つ一つに耳を傾け、情報を得ようと試みる。


 現在住民たちが捜索を行っている場所は、大河にとっての本命である大村家のものとは別方向ではあった。


 それでも大河がわざわざ足を運び、こっそりと彼らの話を聞こうとするのには理由があった。


 地元民の信仰や風習を知ることは、調査において大きなメリットとなる。


 ただ、面と向かってそれを尋ねたところで、それを正直に話してくれる保証はない。


 相手が大河のような出で立ちの人間であるなら、なおさらだ。


 また、後ろめたい伝承のある地域においては、相手にいい印象を与えようと、話す内容を改めることもある。


 結果として、聞こえは悪いが盗み聞きすることが、ありのままの情報を得る手段として、大河の中で確立されたのであった。


 無論、地方伝承のような、尋ねなければ答えてくれないような話も存在するので、最適な方法と一概には言えないのも事実だ。


 そのため、大河自身も時と場合によって、それを使い分けながら調査をするというのが、最近の手法であった。


 そうして、相変わらず大河が息を殺して様子をうかがうこと数分。


 村人たちによる捜索を進めるために必要なやり取りの中、とある村人の声が気になる証言を発したことを、大河は聞き逃さなかった。


「これだけ探して見つからないとなると、益川ますかわちゃんもやっぱり大村様に……」


「おい、滅多なことを言うんじゃない! 益川ちゃんは大村様に結構可愛がられてたし、そんなはずあるわけ――」


「いや、そうとも言い切れないだろ。何が失言になるかわからないんだ」


「そうだぞ。それに、もしこの話が大村様の耳にでも入ってみろ。次はお前がってなるかもしれないんだぞ――」


「……そうだな。とにかく、今は益川ちゃんを探そう。見つからなかったら、その時はその時だ」


「あぁ、そうならないことを祈るがな……」


 住民たちの間にしんみりとした空気が漂う中、大河はその場をそっと離れ、足音をなるべく立てぬよう来た道を戻った。


 そして、捜索部隊が点にしか見えなくなる位置まで来たところで、ようやく大河は大きく息を吐き、高揚した様子で手帳を取り出し、メモを取り始める。


「直感に頼って正解だったな。この村、何かしらのいわくがあるのは間違いなさそうだ。問題は、その鍵となる情報を握ってるのが、あの大村おおむら誠吾せいごっていう男な点と――」


 そこまで口にして一旦言葉を区切り、大河は改めて大村家の裏手にそびえる黒山を見上げる。


「あの山の裏にあると言われる跡地か……」


 そして大河はおもむろに携帯電話を取り出すと、自らの右腕ともいえる有能な助手へと電話を掛ける。


「……あぁ、静穂しずほか。ちょっと追加で調べて欲しいことがあるんだが。あぁ、この村で過去に行方不明になった人物がどれだけいるか、できるだけ詳しく頼む」


 要件のみを告げ、通話を切ると、大河は今度こそ本来の目的地である、禁足地へ続く細道を歩き始める。


 細く高い背丈で風を切りながら進む大河の顔は、ただひたすらに山の向こう側だけを見つめていた。

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