第23話 失踪した警官
平穏とした集落にあるまじき騒がしさに、大河は目を覚まし、寝ぼけ眼のままゆっくりと上体を起こす。
「……ん? まだ7時かよ。こんな朝っぱらから、何を一体騒いでるんだ?」
部屋の時計で時間を確認するなり、大河ははだけた寝間着を整えることもなく、大きくあくびをした。
通常であれば、二度寝をするか、このまま数分ほど呆けているところであるのだが、部屋の外から伝わってくる動転した空気に、大河は布団の上で立ち上がると、寝ぐせのついた髪を無理やり押さえつけながら、外の様子をうかがうべく、部屋の入口へと向かった。
「あっ、大河さんっ……って、ちょっと! なんて格好してるんですか!」
廊下に出た大河に一番に声をかけたのは、隣の部屋に宿泊していた探偵助手――
静穂は相変わらずの丸眼鏡に艶のある黒髪のロングヘアであったが、今日の服装はノースリーブシャツにデニムのボトムス姿で、昨日とは一転、活発な印象を受ける。
「いや、なんか騒がしかったからよ……で、一体何があったんだ?」
ドタドタと慌ただしく廊下を駆けていく従業員たちに道をあけながら、大河は静穂に尋ねる。
一方の静穂も、通路を行き交う従業員の姿に目を配りながら、ぐいと大河の腕を引っ張り、頭を下げさせると、そっと耳打ちする。
「実は、行方不明者が出たらしくて……それで、今手が空いてる人を集めて、一斉捜索を始めるみたいなんです」
「なるほど……確かに、そりゃ大騒動だな。で、誰が行方不明になったのかはわかってるのか?」
大河の問いかけに、静穂は腑に落ちないといった表情を浮かべながらも、自身が知りうる限りの情報を答えた。
「それが、警察のマスカワっていう人らしいんですけど、利益のエキっていう字の方のマスに、三本線のカワで、
「益川?」
行方不明者の名前を聞いた途端、大河の脳裏に、交番で顔を合わせた女性警官の顔が思い浮かぶ。
しかし、そうと決めつけるのも早計と、推定を頭の隅に仮置き、大河は確証を得られるだけの情報を求めるべく、静穂に情報を求めるべく、視線を向ける。
静穂もその視線から大河の意図を察し、引き続き情報を提供する。
「はい、交番に勤務している女性の警察官らしいんですが、朝方に住民の方が異変に気付いたらしくて……」
「異変っていっても、朝方なんだし出勤してないことも十分考えられるだろうが。それがどうして行方不明になるんだよ」
「それが、朝方なのに交番の照明がつけっぱなしになってたらしいんですよ。それで、よく見てみたら巡回用の自転車も見当たらないらしくて……」
「なるほど、確かにそれはおかしな話だな。可能性としては夕方や夜間の巡回に出てから、消息を絶ったと考えるのが自然でもあるか」
大河は一あごに手をあてがい、納得した様子で小さくうなずく。
しかしながら、静穂はまだ十分に納得していないらしく、大河に同意を求めるように問いかけた。
「でも、普通こういうのって、警察か消防の捜索隊が行うものじゃないですか? 確かにボランティアの捜索もあるかもしれないですけど――」
「こういった集落には捜索隊を派遣するにも時間がかかるからな。それなりの手間がかかるんだよ。それを考えたら、住民で探して見つかったなら、それに越したことはない――そんなとこじゃないか?」
「そういうものですかねぇ」
「地方ってのは、都会とは違う因習みたいなのが多いもんだ。そこを気にしてもどうしようもない。ただ、行方不明か……」
大河は浮かない表情のまま、くるりと身を翻し、自室へと再び戻っていく。
「大河さん、どうします? 今日は皆さん忙しいことになりそうですけど……」
「あぁ、その点は大丈夫だ。それより、静穂は昨日の記録の解読の方、引き続きよろしく頼む」
「はい、わかりました。それでは、大河さんもお気をつけて」
背後に聞こえる静穂の声に、軽く手を上げて応えると、大河は後ろ手に入口の戸を閉め、姿を消す。
部屋の中、一人になったこともあり、大河はより険しい顔で、着替えも、再び跳ね上がってきた寝ぐせを直すこともすることなく、ただじっと考え込む。
それは、女性警官が行方不明になったという事実が、この村を訪れる要因ともなった事件――
「大西あやかはこの村を訪れ、その後東京へ戻ったが、姿を消した。そして俺が昨日会った女性警官――益川も姿を消した」
自分以外誰もいない部屋の中、大河は自らの思考を、ぶつぶつと口に出しながら、室内をぐるぐると歩き続ける。
その行動は、決して誰かに話しかけているなどというわけではなく、大河自身が思考をまとめるためのルーティーンのようなものであった。
「ここは山間部でもあるし、益川の場合、熊だとか猪に襲われた可能性もある……誰もが皆、そう考えるのが自然だ。だが――」
ちょうど窓際までやってきたところで、屋外に広がる青々とした空と山を前に、大河は足を止めた。
「俺は、昨日益川に会い、行方不明者に関して言葉を交わした。もし、彼女が何らかの心境の変化で、その事件に足を踏み込んでしまったとしたら――」
瞬間、大河の心はざわつき、全身に鳥肌が立つのを感じた。
「――何はともあれ、調べてみるか」
室内へと差し込んでくる朝日を全身で浴びながら、大河は改めて気を引き締め、今日の捜査へと向かうのであった。
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