第18話 遺失物

 黒く、控えめなポニーテールを揺らしながら、女性警官――益川ますかわは、交番内の受付用の机を回り込み、奥の個室へと向かう。


 交番内は決してきれいとは言えなかったが、それでも清掃は丁寧にされているらしく、書類やファイルの姿は机上にはなく、戸棚の中に並べられている。


 事件が少ない村が故に、やることがないからなのか、それとも益川の性格によるものなのか、大河には判断がつかなかったが、恐らく後者なのであろうと思うことにして、目の前にある後ろ姿へと目を向ける。


 管内ということもあり、さすがに拳銃や警棒といったものは携帯していない様子であったが、いささか警戒心が薄すぎるように大河には思えた。


「――いや、こんな黒く、控えめなポニーテールを揺らしながら、女性警官――益川ますかわは、交番内の受付用の机を回り込み、奥の個室へと向かう。


 交番内は決してきれいとは言えなかったが、それでも清掃は丁寧にされているらしく、書類やファイルの姿は机上にはなく、戸棚の中に並べられている。


 事件が少ない村が故に、やることがないからなのか、それとも益川の性格によるものなのか、大河には判断がつかなかったが、恐らく後者なのであろうと思うことにして、目の前にある後ろ姿へと目を向ける。


 管内ということもあり、さすがに拳銃や警棒といったものは携帯していない様子であったが、いささか警戒心が薄すぎるように大河には思えた。


「――いや、こんな牧歌的な村なら、そうなるか」


 都会の殺伐とした空気に慣れすぎた自分と無意識に比較し、そのギャップに思わず自嘲的な笑みが漏れる。


「あの、屋敷やしきさん? どうかしましたか?」


「いえ、外が思いのほか暑かったもので」


 扉の向こうから聞こえてきた益川からの言葉に適当に返事し、大河はすぐさま後を追う。


 扉の奥は通路になっており、益川はそのもっとも手前にある部屋の前に立っていた。


「屋敷さん、こちらへ」


 大河の姿を確認するなり、益川は部屋の中へと歩を進め、ついてくるよう暗に促す。


 もちろん、それに従わない理由はない。


 本当は交番内のあらゆる部屋も調べておきたいところであったが、さすがに現段階でそこまでのことをするにはリスクが高すぎることや、行動できるのが自分一人しかいないという事情も相まって、大河は素直に部屋の中へと足を踏み入れる。


 部屋は畳が敷かれた和の様式となっていて、何かしらの作業部屋というより休憩室といった印象が強い。


 広さも6畳ほどで、置かれているのも、中央に置かれた大学生のものと思われる荷物を除けば、部屋の隅に置かれたテーブルと小型のテレビ、そして積み重なった新聞の山くらいの質素なものであった。


「では、失礼します」


 大河は段差の手前で靴を脱ぎ、そのまま畳へと足を乗せる。


 そして並べられた荷物の前で膝をつくと、大河は確認の意味も込めて益川へと視線を送る。


「そちらが、行方不明となった方の荷物になります。手提げかばんに、化粧ポーチ、そしてリュックタイプのかばんですね」


 大河の視線を察し、荷物についての概要を説明する益川。


 しかし、大河は物色を始める前に、最初に抱いた疑問を益川へと尋ねる。


「あの、どれも女性もののようなんですが、行方不明者には男性もいたはずですよね。どうして荷物がないのでしょう?」


 当然の疑問であったが、大河の質問に対し、益川も困惑した様子で答える。


「いえ、さすがにそこまでは……ここに保管してあるのは、あくまで宿泊施設に置いてあったものを預かっているだけですので。無いということは、持って行ったか、別のところにあるかということになると思いますけど……」


「そうでしたか。ありがとうございます」


 そう言うと、大河は白い手袋をどこからともなく取り出し、手にはめる。


 泉山いずみやまさとしの荷物がない――その情報をしっかりと頭に刻み込み、大河は早速化粧ポーチを手に取り、中身をチェックした。


 手の平より少し大きい程度のサイズの化粧ポーチは、花柄の可愛らしいデザインに見合わず、ずっしりとした重みがあった。


 ジッパーをつまみ、中味を調べてみるが、入っているのは似た形状の化粧道具ばかりで、化粧品に明るくない大河であっても、捜索のヒントになりそうなものは何一つないということが理解できた。


「あの、化粧道具っていつもこれくらい持っているものなんでしょうかね?」


 隣で自分同様に膝をついて座っている益川に、大河はポーチを手渡し、問いかける。


「そうですね……確かに多いですけど、多い子はこれくらい持っているものですし、これくらいの量があったからといって、変に思ったりはしないですね。中味も同じブランドの色違いみたいですし……」


「ありがとうございます。こういう時、益川さんみたいな方がいてくれて助かりますよ」


 そう言って軽く笑うと、大河はそのまま手提げかばんの中をチェックする。


 しかし、入っているのはまだ中身の入っているお菓子の袋や、財布、歯磨きセットといったものだけで、伝承に関わる資料などは一切見られなかった。


 念のためにと大河は一旦顔を上げ、益川に再び疑問を投げかける。


「あの、入っているのはこれだけでしたか?」


「一応、替えの衣服もありましたが、さすがにそれを見せるのはどうかと思いまして……どうしても必要というのであれば、お見せしますけど」


「……あっ、そうでしたか。いえ、土汚れがあったり、破けていたりだとか、着た形跡があるようなものでないのなら、別に出して頂かなくても大丈夫です」


「そうでしたか。私が見たところ、すべて替えの衣類だったみたいなので、その点は大丈夫だと思います」


「ありがとうございます。それで、着替えの他には?」


「いえ、何もありませんでした」


「――わかりました」


 そう述べると、大河はどこかホッとした様子の女性警官――益川から視線をそらした。


 そして今度は手提げかばんの中からピンク色をした長財布を手に取り、その口を開いて、中味を確認する。


「……入っているのも、現金とポイントカードくらいですね」


「そうですね。特に変わった点はないと思います」


 ここまでこれといった手ごたえがないことに、手詰まり感を覚えつつも、大河はそれを顔に出すことなく、淡々とした様子でリュック式のかばんへと手を伸ばした。


 青い革製のかばんの中から出てきたのは、小さなペンケースとその中味、ファイルケースに入った赤端村に関する資料と、紙製のブックカバーがかけられた文庫本であり、そこでようやく大河の顔にも安堵の色が浮き出る。


「ちょっと、お時間失礼します」


 一言断りを入れた後、大河はファイルケースから資料の束を取り出し、その内容を読み進めていった。

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