第17話 交番

 大村おおむら家を出た大河たいがは、ポケットに手を突っ込みながら、集落の中央に走る、舗装もされていない道を、物見遊山でもするかのように、ふらふらと歩き続けていた。


 しかし、そんな浮ついた足取りに反して、大河の目つきは鋭く、絶えず周囲の様子をうかがい続ける。


 道端に根を張り、風に揺られながら自らの花弁を目いっぱいに広げて見せる、名も知らぬ花。


 歴史を感じさせる、伝統的建造がありのまま残った、木造の家屋。


 そして、大河の様子をうかがうべく目線をたびたび送りつつも、決して顔を合わせたり、声をかけたりしようとしない、集落の人間たち。


 そんな態度故に、もし大河が近づこうものなら、すぐに家屋の中へと身を隠してしまうことは火を見るより明らかであり、大河自身もそれを経験上よく理解しているので、その一線をあえて踏み込むようなことはしない。


 都会から仕事を受けて嫌々やってきただけの、鈍感な探偵という人間をロールプレイしながら、大河は道なりに足を運ぶ。


「……なるほどねぇ」


 あらかた周囲の観察を終えたところで、大河は歩幅をわずかに広げた。


 この集落には何かしらのいわくがある――それがわかっただけでも大河にとっては大きな収穫であった。


「えーと、確か交番はあっち、だっけか……」


 代り映えのしない道の先を、目を細めて確認しようとするが、遠方は枝葉を広げる木々の存在によって、建物の存在を視認することはできなかった。


「んー……まぁ、時間的にはまだいけるか」


 一度足を止め、空を見上げて太陽の位置を確認する大河であったが、夕刻まではまだ余裕がありそうだったこともあり、再び歩き始める。


 そして、歩き続けること数十分。


 屋敷やしき大河は汗だくになりながら、村のはずれにある交番にたどり着いたのであった。


「あっち……さすがに歩きっぱなしはキツイな」


 黄色いシャツの胸元を自らつかみ、空気を送って涼を得ようとしながら、大河は交番の外観へと目を向ける。


 鮮やかな緑の草原の中、元は真っ白であったであろう白い外壁は、長年の汚れが染みつき、場所によってはひび割れも確認できるほどであった。


 ただ、交番前に置かれた自転車は比較的新しく、外壁との対比もあって、異様な存在感を示している。


「新しい自転車、ねぇ……ま、これがあるってことは中にいるってわけだ」


 大河は相変わらずシャツをつかんで風を送りながら、交番の中を入口からのぞき込もうとする。


「あれっ、どうかしましたか?」


「うおぁっ!」


 突然聞こえてきた女性の声に、大河は思わず声を上げ、のけぞる。


「あっ、すいません。驚かせてしまったみたいで。私、こちらに駐在させていただいております、益川ますかわです」


 声の主は警官の制服に身を包んだ、年齢は二十代と思われる、後ろ髪をポニーテールにしてまとめた女性であった。


 益川と名乗った女性警官は、まだ経験が浅いのか、大河を前に、ぺこりと初々しく頭を下げる。


 その姿に、大河も落ち着きを取り戻すと、女性警官の前に居直った。


「あっ、警官の方で……どうも、私こういう者です」


 大河は慣れた手つきで名刺を取り出すと、わずかに膝を曲げて高さを調節して、益川が取りやすい位置で差し出した。


屋敷やしき探偵事務所の、屋敷さん……探偵さんがこちらにどのような御用でしょうか?」


 受け取った名刺を確認した後、益川は顔を上げて大河に尋ねる。


「えぇ、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」


「あっ、もしかして、道に迷ったとかですか? それでしたら、宿がこの道をまっすぐ歩いた先で、右手に傾斜が――」


「いえ、そうではなく――」


 嬉々として道を案内しようとする益川であったが、大河はそれを若干強い口調で遮り、低い声で用件を伝える。


「以前この村を訪れていた大学生が行方不明になったと聞きまして。私はその調査をしているのですが、宿の女将さんに尋ねたところ、こちらで荷物を預かっているとうかがいましてね。私にも見せていただきたいのですが――」


「大学生の荷物ですか……確かに預かっていたはずですが、部外者にはお渡しすることはできないんです」


 申し訳なさそうに頭を下げる女性警官。


 その表情からも、言葉に心からの感情が宿っていることは、間違いないだろうことがうかがえる。


 ただ、場数を踏んできた大河にとって、ここで素直に引き返すなどという選択肢はない。


 何かしらのとっかかりをつかむべく、大河は交番の情報を探るべく、質問を投げかける。


「なるほど。ちなみに、今こちらの交番に他の警察官はいらっしゃらないんですか?」


 交番の奥をのぞきこむ動作を見せる大河に、益川は軽く首を振って答える。


「はい。本当はもう一人先輩がいるんですけど、今は事件の聴取だとかで、県警の本部の方に出ていていないんですよ」


「そうでしたか。見たところお若いみたいですが、お仕事の方は大丈夫ですか?」


「私ですか? 確かにまだまだ未熟で、仕事も大変なことが多いですけど、元々事件も少ない平和な村ですし、何かあればすぐ連絡をと言われているので――」


「そうですか。確かに、この長閑な光景を見れば、事件なんてそうそう起こりそうもないですしね」


 そこまで会話を続けたところで、大河は聞き出した情報から、とある提案をする。


「あの、益川さん。私、東京から調査のためにここまで来たのですが、それで何の手がかりもないとなると、依頼してくださったご家族にも申し訳ないんです」


「お気持ちはわかりますが、一応、規則になってますので――」


 家族という言葉に反応し、益川の表情が哀しみを帯びたことを確信し、大河は一気にまくしたてる。


「はい。なので、益川さんの同席の下でいいので、見せていただきたいんです。手袋もしますし、監視下であれば何かがなくなるという心配もないはずです」


 必死さを演出した大河の声色に、益川は返事をためらい、考え込む。


 これでダメであるなら、また別の手段を考えなくてはならない――そんなことを大河が考え始めた頃、益川の力の入った声が不意に耳に飛び込んできた。


「わかりました。これも人助けです。私が見ている中でという条件ですが、許可したいと思います」


「ありがとうございます。助かります」


「いえ、わざわざこんなところまで来てくれた探偵さんですし、悪い人ではないと思いますので」


 そう言って先導するように、交番内に戻っていく益川。


 その背後を、大河は改めて気合を入れた後、ついていくのであった。

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