第16話 赤端村伝承

 昔、与助よすけという母親思いの男がいた。


 ただ、与助の家は貧しく、脚が不自由な母親の織る反物を売って、なんとか生計を立てているという生活を送っていた。


 そんなある日、与助がいつものように集落で反物を売っていると、美しい娘がふと足を止めた。


 その娘は、村一番の富豪の娘であった。


 与助と娘はすぐさま恋に落ちた。


 しかし、貧しい家の出である与助と、富豪の娘が結ばれるなど、許されるはずがない。


 二人は、日中は反物売りと客として、夜は人目のつかない村はずれの小屋にて密会を繰り返すといった生活を続けていた。


 ところが、ある日村の者の密告によって、二人が付き合っているということが富豪に知られてしまう。


 富豪は激怒し、与助を捕らえると屋敷の地下牢へと閉じこめようとする。


 その際、与助は富豪へと懇願をする。


「悪いのは私で、娘は何の罪もない。許してやってほしい」


「そうとまで言うのであれば、約束しよう」


 富豪は与助の願いを受け入れ、その身柄を地下牢へと投じた。


 地下牢での生活は過酷を極めたが、与助は娘が無事であるのならと、罰を甘んじて受け入れた。


 それもすべて、愛する者のためであった。


 だが、そんなある日、与助は牢の見張りをしていた男から、とんでもない噂を耳にする。


 それは、富豪が娘を殺めたというものであった。


 娘は与助の子を身籠っていたのだ。


 その事実を知った際、富豪は激怒し、血筋が汚れるくらいならばと、娘の腹を掻っ切り、母子もろとも、その命を奪ったのだった。


 与助は、約束が違うと見張り番にしきりに訴えかけたが、結局その声が富豪の耳に届くことはなかった。


 そのまま一日、二日と日数が過ぎたが、当然ながら富豪からは何の音沙汰もない。


 与助の我慢は、ついに限界を迎えた。


 与助は食事を配るために牢の扉を開けた見張り番の男を殴り殺し、地上へと駆けあがった。


 そして、工作作業用の部屋にあった大ナタを手に取ると、目についたすべての人間を片っ端から切り殺していったのだった。


 畳は真っ赤な血の池ができ、柱や襖も血しぶきの花が咲いた。


 それは、まさに地獄の園と呼ぶにふさわしい惨状であった。


 そんな中、命からがら逃げ伸びた富豪は、助けを求めて村中を駆け回る。


 しかし、ただならない事態に誰も家から出てこない。


 このままでは、いずれ追いかけてきた与作に殺されてしまう。


 すっかり困り果てていた富豪であったが、そこに偶然にも村を訪れた武士が声をかけた。


「どうか、なさりましたか?」


 富豪は、これぞ天の助けとばかりに、武士に助けを求めた。


「地下牢に閉じこめていた悪人が逃げ出し、暴れている。御侍様の御力で、どうか助けてくださいませぬか」


 ただならぬ事情を察した武士は、富豪の願いを聞き入れると、そのまま屋敷に飛び入り、鮮やかな太刀筋で暴れる与助を斬り捨てた。


 富豪は武士へ感謝の言葉を述べ、お礼をしたいと伝えた。


 だが、武士は礼を拒み、一言告げたという。


「事情はわからぬが、この者――ただならぬ怨念を抱いていたように思える。私が去った後、首を丁寧に弔い、祀った方がよい」


 武士が去った後、富豪は与助の首を村はずれの畑の傍に埋め、手厚く弔った。


 そして、今後同じような事件が起こらないよう、この地を赤畑あかはた村と名付け、祀り崇めたという。


 その名残が、今でも村の端に首塚として存在していると言われている。

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