第12話 北へ
東京を離れて数時間。
丸く可愛らしさを前面に押し出したデザインをしたレンタカーは、高く昇った太陽の下、交通量のほとんどない、のどかな田舎道を、北へと向かって走り続けていた。
田舎道とはいっても、それは東京と比較しての話で、道路は舗装されたものであるし、窓から見える光景も比較的新しい一軒家であったりアパートであったりという人家が続いている。
レンタカーのデザインや、現在進んでいる町の閑静な雰囲気も相まって、傍目には優雅な観光旅行と映ってもおかしくはない。
そんなゆったりとしたドライブを続けるレンタカーの中では、運転席に
「で、それが
運転中のため、目線は前方を向いたままであるが、大河へと語り掛ける静穂の声は心なしか弾んでいた。
対して大河も相変わらず長い脚を窮屈そうに折り曲げ、脚と身体の間にできたわずかな隙間に置いた資料の束から視線を持ち上げ、静穂に答える。
「あぁ、さすがに大学の研究資料だからな。こればっかりは東城さん経由じゃないと回収ができなくてな……まぁ、本当は他の資料も調べたかったんだが、こればっかりは仕方ないな」
「そうですか。まぁ、私としては遠出ができるのは歓迎なので、別にいいですけど」
そう言って大河の話を軽く流した静穂であったが、その心情は今にも鼻歌を歌い出しそうなほどに上機嫌であった。
そんな静穂のわかりやすい気性に、大河もあきれた様子で苦言を放る。
「おい、これは一応仕事なんだからな。旅行に来たわけじゃねぇんだから、そこのところは忘れるなよ」
「大丈夫ですって。仕事道具はちゃんと後ろに積んできましたから」
「――ま、仕事をしてくれるなら、それ以上は言わないが」
「大河さんはそういうところ、融通利かせてくれるから好きですよ」
「はいはい、うれしいなーっと」
「ちょっと、それ全然感情入ってないじゃないですか」
「お前と違ってこっちの頭は仕事でいっぱいなんだよ」
「大河さん! それじゃあ、まるで私が旅行のことしか考えてないみたいじゃないですか!」
「違うのか?」
「……ノーコメントで」
「当たってるんじゃねーか」
「うるさいですね。それより、赤端村って地図にないんですけど、本当にこっちの方向で合ってるんですか?」
強引に話題をそらしつつ、静穂はブレーキを踏み、若干スピードを落とす。
そのまま、なだらかなカーブを進んでいくと、いつしか周囲は田園と林野が作り出す、自然の緑で溢れていた。
大河は資料をパラパラとめくり、地図らしきものが描かれているページを見つけると、目を細めて書かれている情報を確認し、答える。
「……あぁ、大丈夫だ。赤端村っていうのは、地元での特別な呼び方で、地図上のものとは別の名称らしい」
「はぁ……それじゃあ、見つからないわけですね」
「それに、地方伝承なんて調べでもしない限りは、その名前すら出てこないからな。知らないのは当然と言ってもいいだろうな」
「そうですね。そういう意味では、行方不明になった大学生たちって凄い行動力だったんですね」
「ま、それがあだになった可能性もあるけどな。藪蛇とか言うだろ?」
「私は、つつきたくはないですけどね……っと、あぜ道に入るんで、ちょっと揺れますよ」
そう忠告しながら、静穂はハンドルを切って、ガードレールの切れ目から続く、長いあぜ道へと車をねじ込むように走らせる。
途端、車体を通じて、細かくも激しい振動が二人の身体を強く刺激する。
そのあまりにも突然の変化に、大河は思わず声を荒げた。
「おっ、うぉっ、おい静穂。もうちょっと慎重に運転しろって」
「大河さんは少し黙ってください。舌噛みますよ」
大河は、静穂の放った言葉の迫力に、素直に口を閉じ、身体を固くする。
そして静穂も、予想外の悪路だったのか、言葉を取り繕う余裕もなく、ただただ道を外れないようにハンドル操作を続けた。
砂利の上を通る感覚に混じって、がれきの上に乗り上げるような衝撃が、不定期に車体を襲う。
その都度、横転しそうになるのを、何とか踏みとどまってを繰り返す。
そして、砂利道が土の道へと姿を変え始めた頃、ようやく話をする余裕が生まれた静穂は、明らかに怒っている笑顔で大河へと説明を求めた。
「はぁ、もう死ぬかと思いましたよ……大河さん。絶対この道って正規の道じゃないですよね? どうしてこんなとこ通らせようとしたんですか?」
「えっと、それはだな……この
気まずそうに目をそらしながら、しかしながら、これ以上怒らせたくないという意思を示した敬語で、大河は静穂の反応をうかがった。
すると、静穂は一度息を大きく吸い、車を停車させると、笑顔のまま大河を真っ直ぐ見つめ、感情の赴くままに怒鳴りつけた。
「そんなの知りませんよ。第一、こっちはレンタカーなんですからね! 車体に傷でもついたらどうするつもりなんですか! ていうか、もう手遅れですよ。このままUターンなんてできないですし、謝るのは私なんですよ⁉」
「わ、わかった。悪かったって。謝る。村に着いたら明日まで好きに過ごしていいから、だからそんな圧掛けないでくれ」
「……レンタカーの補償求められたら、事務所の収益から出しておきますからね」
「――はい」
「よろしい」
そこまで言うと、静穂はスッキリした顔で再び車を発進させ、突き上げてくるような悪路の振動を引き連れつつ、曲がりくねった獣道を上っていった。
その助手席では大河が、無理やり乗せられたジェットコースターで何周もさせられたかのような、ぐったりとした顔をしていた。
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