第11話 屋敷と東城

「ほぅ、もうそこまで調べたか……」


 感心した様子でそう漏らすと、上着もネクタイもない、ワイシャツを腕まくりした格好をした大柄な男は、腕組みをしながらも興味深げに、テーブルを挟んだ向かいに座る男――大河たいがの顔を見て、笑みをこぼす。


「えぇ。でも、東城さんのことですし、警察の方でもそこまでの調べはついてるんでしょう?」


 一方の大河も薄っすらと笑いを浮かべながら、黒い帽子に相変わらずの黄色いよれよれシャツと黒いスーツ姿で、長い脚を組んだ格好のまま、テーブルの上に置かれたコーヒーカップに口をつける。


 すると東城も、当然とばかりに胸を張り、大河同様に眼前のコーヒーカップを手に取り、一口すすった。


「そりゃあ、天下の警察機関だからな。でも、お前は自分の足で調べる方が好きだろう?」


「えぇ、聞いた情報と、自分で得た情報は、取り込まれ方が違いますから」


 そう言うと、大河はコーヒーカップをテーブルのソーサーの上に戻した。


 本当はいつものようにテーブルの上にドンと足を乗せたい大河であったが、ここが警察署であり、自分たちの横を忙しそうに他の警察職員が行き来していたことから、その衝動をぐっとこらえて、脚を組み直すにとどめる。


 一方の東条も一言、そうかと返すと、自らもテーブルへカップを戻し、背もたれに寄り掛かりながら、大きく息を吐いた。


 その様は、周囲がパーテーションで囲われているとはいえ、警察官が外部の人間に向ける態度ではなく、二人がそれらを超えた親しい間柄であることを示した証でもあった。


「いやぁ、本当に参っちまうよ。こう言っちゃ失礼だが、単純な犯罪の方がノウハウもあるし、気持ち的にも楽だ。あとは情報をどれだけ集められるかで、逮捕までの時間が決まるわけだしな」


「――でも、この事件はそうじゃないと?」


 己の気持ちを代弁してくれた大河に対し、東城はどこか疲れ切った顔で大きくうなずき、続ける。


「あぁ、こりゃもう都市伝説だとかオカルトに近い案件だろ? 真実がどうかは別として、目撃情報があまりにも少なすぎるってのが痛すぎる。こっちは、それ以外にも掛け持ってる事件が多数あるってのによ」


「だから、俺のところに紹介をしたんですか?」


「あぁ。お前の捜査能力はそこらの刑事より優秀だしな。ついでに解決までしてくれれるのなら、こっちの人員を別件に割けるってのが一番でかい」


「東城さんらしいですね」


「誉め言葉として受け取っておくよ。そういや、あの美人の姉ちゃんはどうだ、元気してるか?」


静穂しずほのことだったら、相変わらずなんで安心してくれていいですよ。今日も一緒に来てたんですけど、警察署は苦手みたいで今車で待ってます」


「はっはっはっは。そうか、まぁ気持ちはわからなくはないがな。俺も学生の頃は職員室が大嫌いだったしな……まぁ、偶にでいいからまた顔を見せてくれるよう言っておいてくれ」


「えぇ、伝えておきます」


「おう、頼んだぞ。それで、話を戻すが、屋敷やしき……何が聞きたい?」


 途端に東城は、これが本題とでもいうように真剣なトーンで大河に尋ねる。


「では、単刀直入に……赤端あかはた村について、教えていただければと」


「赤端村……確か、大学のゼミ仲間で調査に向かってた場所だよな?」


 東城は自分の調査メモを確認しながら、大河へと確認を取る。


 大河もそれを肯定し、自らの見解を示した。


「はい。大西おおにしあやかは失踪直前まで何らかの精神異常――恐らく何らかに対する極度の恐怖を抱いていたのは間違いありません。その原因が生じたのが……」


「――赤端村なんだろ? もちろん知ってるさ。しかも同行していたゼミの仲間二人は行方不明って話だ」


「行方不明……どおりでアポが取れないわけだ」


「こういうとこは警察様様だな。公表を先送りするだとか交換条件をつけたら、結構なことを話してくれたよ」


「具体的には?」


「え~っと……そうだな。大西あやかと一緒に赤端村へ出向いたっていうのが、同じゼミの泉山いずみやまさとし菖蒲しょうぶ穂垂ほたるで、卒業研究のために赤端村の地方伝承について調査していたらしいな」


「地方伝承ですか。そういえば、それっぽい資料が机に置いてありましたね」


「ま、そこはまだ調べられる範囲の話だな。重要なのはここからだ」


「はい」


 大河は一言一句聞き逃すまいといった、やや強張った顔つきで東城の声に耳を傾ける。


 一方の東城も、所々記憶を呼び起こしつつ、捜査情報を口元でつぶやき、一つ一つ確認していく。


 そして一言、笑うなよとだけ前置きをして、東城はもっともらしい顔で話した。


「それでな、どうやら赤端村には、バケモノがいるらしくてな……大西あやかはそれから逃げてきたんだそうだ」


 東城の口から発せられた、バケモノという言葉。


 大抵の聞き手であれば、思わず聞き返したり、吹き出して笑ってしまうような、荒唐無稽ともいえる説明であったが、大河はそれを耳にしても一切表情を変えず、むしろそれを認める言葉を発する。


「まるで怪談話ですけど……まぁ、状況的に否定はできませんね」


「あぁ、バケモノって言っても色んな解釈があるからな」


「歴史上語られてきた殺人鬼も、怪物やバケモノと呼ばれているわけですし」


「まぁな。もしかしたら、そいつがここまで追ってきたって可能性もあるんだが」


 そこまで口にしたところで、東城は渋い顔をして、ため息を吐く。


「――管轄ですか?」


 大河の言葉に、東城は黙ってうなずいた。


 そして愚痴半分、無念半分といった様子で、東城は自らの思い語る。


「ウチは都内の事件しか取り扱えないからな。捜査を引き継いでお願いすることしかできないんだ。それに、向こうの対応からして、捜査をしてくれているのかも怪しいところだ……」


「珍しいですね。事件の内容的にも、動かないってことはなさそうですし、要請元が警視庁ですよね?」


 大河の抱く当然の疑問に、東城はテーブル上ですっかり冷め切ったコーヒーのカップを手に取り、冷水でも飲むかのように一気に喉奥へと流し込む。


 そして、やや乱暴にソーサーの上に戻すと、キッと大河を見据えた。


「あぁ、そうだ。だから、この事件……きっと裏がある。正当な捜査が行えない、何かしらの理由がな……」


 そう述べて、悔しそうに歯を噛みしめた表情を見せる東城。


 それを目にして大河は、組んでいた脚を解き、やや前傾の姿勢を見せた。


「それが、本心ですか」


「……あぁ」


「……わかりました、任されましょう。では、赤端村までの道のりと、その地方伝承についての資料をいただけますか?」


 すっくと立ちあがり、被りっぱなしのやや傾いた黒い帽子をクイッと直すと、探偵――屋敷大河は不敵に笑った。

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