第8話 怪異の入り口
「――それで、何かめぼしい物証は見つかったか?」
「いいえ、さっぱりです。トイレの中にも窓はありましたけど、採光用か換気用かの小さなものでしたし、天井際の高所だったので、そこから出ていったと考えるのは無理があるかなぁと」
「それに、日数もだいぶ経ってるようだしな。警察の捜査が及んでないことを考えると、大した証拠もなかったんだろう」
退屈そうに遠くを見つめながら語る大河であったが、運転席の静穂はそれに気付かず、自らの成果について語り続ける。
「はい、それで運よくその日トイレの掃除をしていたっていうおばさんにも話を聞けたんですけど、特段不審なものもなかったみたいで……」
「だろうな」
そう言って、大河は腕を組みながら、目を閉じて、静かにうなずく。
「――ただ、何故か照明のスイッチが切られて、奥の個室は無人にも関わらず鍵がかかっていたみたいです」
「はっ⁉ なんじゃそりゃ?」
静穂の情報に、大河は今にも眠りにつきそうだった眼を見開き、聞き返す。
「私にもわからないですよ。それこそ誰かのイタズラとしか……」
静穂本人も要領を得ないといった様子で、首をかしげながら答える。
「お前、イタズラって……いや、待てよ?」
すると、大河はすぐさま顔をしかめ、あらゆる可能性を模索するべく、あごに指先を当てながら熟慮を始めた。
何かをぶつぶつと、聞き取れないレベルでつぶやく大河の姿に、静穂は続けて話題を振ろうとして、そのまま声に出すことなくグッと喉奥に声を飲み込む。
「……それじゃあ、次は予定通り、
推理に集中する大河を横目に確認しながら、静穂は柔らかくそう告げると、返事を確認することなくアクセルを踏み込み、自動車を加速させる。
その間、大河は口を開くことはなく、無言の、しかし決して気まずさは感じない時間は、車が大西家に到着するまで続くのだった。
「あぁ、
玄関を開け、大河の姿を確認するなり、依頼人――
「いやぁ、申し訳ないですが、現段階では何も……ただ、普通の事件ではないという可能性は感じております」
「そう、ですか……あっ、すいません、どうぞ中へ――」
娘の手がかりが見つからないことに落胆しながらも、大河の対応に捜索の余地を感じたのか、依頼人の女性は張り付けたような笑顔を無理やり作り、自らの家の中へと二人を招き入れる。
「へぇ……結構大きな家ですね」
玄関で靴を脱ぎながら、大河は家の中を見回す。
都会に建つ一軒家というだけあって、白を基調とした開放的な室内は、どことなく上質で趣深い雰囲気を醸している。
また、廊下から見えるリビングは来客があるとわかっていたためか、モデルルームのように整然としていて、生活感がまるで見られない。
「そうですね。夫がちょっとこだわりが強い方でして……私にはちょっと、広すぎるかなと……贅沢な悩みと思われるかもしれませんが」
謙遜しつつも、大西恵子は柔和な表情を変えず、大河と静穂に接する。
「それで、いかがいたしますか? お疲れでしょうし、先にお茶でも――」
「いえ、結構です。それよりも娘さんの部屋を見せていただきたいのですが……」
「もし男性だと都合が悪いとのことでしたら、私の方が入って調査をしますので、ご安心ください」
棒立ちになっている大河を押しのけ、ぐいっと前に出てアピールする静穂であったが、依頼人は穏やかに首を振り、まるで自身を落ち着けようとするかのように、ゆっくりと言葉を返す。
「いえ、大丈夫です。娘が戻ってくる可能性があるのなら、見ていただいて構いません……」
「そうですか。それはありがとうございます。なるべく、現状保存に努めたいと思います」
「そう言っていただけると助かります。ただ……」
「……ただ?」
急に言葉を濁した女性に、大河は反射的に尋ねる。
すると、依頼人――大西恵子は、硬い表情で目を伏せた後、意を決した様子で再度顔を上げ、口を開いた。
「娘の部屋は、ちょっと、その……普通ではないので、覚悟をしておいてもらえると助かります」
恵子のただならない様子に、大河も静穂も、瞬時に表情を固め、息をのむ。
そして、案内されるがまま、二階へと続く階段を上っていくのであった。
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