第7話 監視カメラ

 受付まで戻ってきた大河たいがは、ロビーチェアに座っていた見覚えのある人物の姿に気付き、その足を止めた。


静穂しずほか。待たせたな」


「大河さん、どうでした? 何かいい情報は得られましたか?」


 大河の存在に気付くと、屋敷やしき探偵事務所の探偵助手である前原まえはら静穂しずほは、すぐさま立ち上がる。


「まぁ、まだ何とも言えないな。ただ、監視カメラの映像は見せてもらえるみたいだから、それを見てからってとこだ」


「監視カメラ……ですか。それなら結構なヒントになりそうですね」


「あぁ、そうだな……」


 返ってきた言葉が歯切れが悪かったことを不思議に思い、静穂が顔を上げると、そこには真剣に何かを考え込んでいる大河の顔があった。


「あの……どうかしましたか、大河さん?」


「いや、本当に有用な情報があるのか疑問でな……」


「疑問って、何も得られないってことはないとは思いますけど……」


 静穂の言い分に、大河は小さくうなずくも、そのまま視線を上向け、それまで一切の存在感を消していた監視カメラと目を合わせ、つぶやくように答えた。


「カメラの情報なんて、警察が調べているはずなんだよ。それでわからなかったから、俺のところまで仕事が回ってきた……そんな気がしてならなくてな」


「確かに、それはそうかもしれませんけど……大河さんが見れば新たな発見があったりするかもしれないじゃないですか」


 何とかフォローしようとする静穂の姿を認めると、大河はそれまで保っていた硬い表情を緩め、フッと小さく吹き出し笑った。


「――そうだといいがな」


 その時、受付から間延びした声で呼び出しがかかる。


屋敷やしきさ~ん、準備が整いましたので、受付までどうぞ~」


「よし、行くぞ。静穂」


「えっ、あっ、はい……」


 否応なしに静穂を引き連れ、屋敷は半身を返すと、監視カメラの映像を見るべく、警備室へと向かうのであった。



「どうぞ。こちらが当日の映像になります」


 そう告げると、警備員の男性はノートパソコンを開かれた状態のまま大河の前まで差し出した。


 警備室の中は8畳ほどの広さであったが、壁際に設置された警報設備に用いられる大型の配電盤、分電盤が置かれていることもあって、実際よりもかなり手狭に感じられた。


 また、机らしい机もなく、折り畳み式の長テーブルの上にカメラの映像を映すために設置されたと思われる、大型のディスプレイがぽつんと置かれている程度で、警備室というよりも、待機所といった印象が強いものであった。


「なるほど。では早速拝見させてもらいます」


 再度、確認をするように警備員へと目を向け、どうぞと返事をもらった上で、大河は長テーブルの上の、ノートパソコンをのぞき込む。


 パソコンの画面にはすでに動画再生用のソフトが起動されており、再生ボタンを押すだけで映像が流れる状態となっていた。


 大河は、息を止め、気を張った状態のまま再生ボタンを押す。


 ロビーを見下ろすカメラの記録が、無音で淡々と映し出されていく。


 するとクリニックに診察を受けに訪れた人々を見て、不意に静穂が声を上げた。


「あっ、この人――大西おおにしさんですよね!」


「あぁ、そして一緒に着いてきているこの子が、娘のあやかで間違いないだろうな」


 画面内の人物を指差しながら同意を求める静穂に対し、大河は冷静に分析をしつつあやかの動向に注目した。


 あやかはロビーチェアに座りながらも、何かに怯えた様子で、しきりに首を動かし周囲の様子をうかがっていた。


「あっ、お母さんが受付に向かいましたね」


 受診の手続きをするために受付に向かい、あやかは一人になる。


 周囲に彼女を連れ去れるだけの大柄な人間の姿もなかったが、大河はそれでも集中を切らすことなく、画面を一心に見つめる。


「ここからですね……」


 静穂の言葉に、大河は静かにうなずく。


 そして、ついに状況が動いた。


「あれ? あやかさん、立ち上がりましたね……」


 あやかはすっと立ち上がると、相変わらずびくびくとした様子で、逃げるように受付のすぐ脇を通り抜け、クリニックの通路を奥へと姿を消していった。


「この方向は……」


「確か、この突き当りにあったのは化粧室だけだったはずなので、お手洗い……でしょうか」


「すいません、カメラの映像はこれだけですか?」


 一旦映像を止め、大河は警備員に尋ねる。


 すると、立ち会いの警備員は、突然声をかけられ戸惑った様子を見せたものの、パソコンの画面をのぞき込み、肯定した。


「はい、そうですね。ここの病院では、これだけです」


「そうですか……ありがとうございます」


 警備員にお礼を言うと、大河は停止していた映像を再生し、その後の動向を確認し始める。


 しかし、その後何十分経っても化粧室からあやかが戻ってくることはなく、代わりに慌てふためく彼女の母親――大西おおにし恵子けいこの錯乱したような姿が映し出されていた。


「……なるほど。これじゃあ、警察も手を上げるわけだ」


 映像を停止させ、大河は顔を手で覆う。


「どうします? 恐らく入ったのは化粧室ですし、私、見てきましょうか?」


「あぁ、頼む。多分何も証拠は見つからないだろうが、とりあえず見ておいてくれ」


「はい、それじゃあ早速行ってきます」


 大河の許可が出るなり、静穂は明るく返事をすると、警備員に一礼をした後、押し込んだばねのような素早さで警備室を出ていった。


 そして、警備室に嵐でも過ぎ去ったかのような空気が漂い始める。


 狭い警備室の中、現在のカメラ映像を映し出すディスプレイだけが、時間を進めていく、静寂と共存した空間。


 その環境において、一人であるなら苦ではない者も多いであろうが、二人以上の人間がそこに存在している場合、人という生き物は気まずさを覚えるものでもある。


 この場にいる警備員も、その例外ではなく、沈黙に耐えかねてか、若干の笑いを含んだ声で、独り言をつぶやくように大河へと話しかけた。


「結構、アクティブな助手さんなんですね」


「えぇ、普段は文句ばっかり言ってくるんですけど、仕事になると俺よりものめり込んじゃう、困ったヤツなんですよ」


 覆っていた手を外し、苦笑を浮かべる大河。


 それにつられて、警備員も軽く笑う。


 その流れに乗って、大河は軽率に、追加の要望を送った。


「あと、できたらでいいんですけど、この映像ってもらうことってできますか? 後から何かわかるかもしれないので……」


「あぁ、いいですよ。その映像も複製したものですから、保存できる媒体があれば、持っていってくれて構いませんよ」


「ありがとうございます」


 快諾する警備員に対し礼の言葉を述べると、大河はUSBメモリをポケットから取り出し、慣れた手つきでデータの転送を始めた。


 しかし、その表情は決して明るくはなく、まったく先が見えない不安といら立ちを包括した、暗さを含んだものであった。

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