第6話 院長室にて
院長室に入る
ひげをきれいに剃り、髪も黒く短く、決して恰幅が良いとは言い難い体形は、貫禄も薄く、ここが院長室でなければ彼が
そんな若い院長の前に立つと、背後にドアの閉まる音を聞きながら、屋敷は用意してきたあいさつと共に、自らの名刺を取り出した。
「どうも。私、
「いえ、こちらこそ、遠いところ出向いていただいてありがとうございます。
大河の言葉を受け、院長もまた白衣の内側から名刺ケースを取り出すと、柔和な顔つきのまま、名刺交換を始める。
そして互いが名刺を受け取ったところで、大河は早速話を切り出す。
「それでは早速。
大河の直球な物言いに、院長はそれまでの穏やかな表情から一転、神妙な面持ちをして、沈んだ声で答えた。
「……えぇ。守秘義務があるので病状等については詳しく言えませんが、できる限りでなら。それでは、そちらの椅子におかけください」
そういうと、院長は左手を伸ばし、その先にあるテーブルとソファに大河を促した。
大河は促されるがままソファの前まで移動すると、そのまま大股を開いて腰を下ろす。
「お茶はいかがです?」
「いえ、結構です。長居をする予定ではないので。院長もどうぞ、座ってください」
お茶を勧める院長に対し、手を突き出して拒否の意を示すと、大河は突き出した手で動線を示して、院長にも着席を促した。
「そうですか。屋敷さんが良いのであれば結構です。では、私も失礼しますね」
大河の言葉に従い、向かい合うように腰を下ろすと、院長は体の前で手を組み、大河から話を切り出されるのを待つ。
そして、院長が完全に腰を据えたタイミングで、大河は早速用意してきた質問をぶつけた。
「では、率直にうかがいますが、大西あやかさんについて、失踪した当日について、何か思い当たることはあったりしませんか? 今までと何か様子が違っただとか、これからどこかに行きたいと言っていただとか――」
大河が問いかけるや、院長は渋い表情を浮かべ、顔を横に振ってみせた。
「いえ、思い当たる節どころか、そもそも受診されてませんから、私どもからは何も言えないといいますか……」
「受診されて、ない?」
オウム返しで聞き返す大河に、院長は伏せ気味だった顔を若干持ち上げると、前傾になりながら、わずかに興奮した声色で当日の出来事を語り始める。
「はい。私も詳しくは知らないのですが、来院した時は待合スペースに居たみたいなのですが、お母様が診察券を提出しに受付に行って、戻ったらもういなかったみたいです」
「――なるほど」
院長の言葉に、大河は目を細めると、上着のポケットから手帳を取り出し、何やらメモを取り始める。
「ですが、あやかさんは大学生の女の子ですよね。幼い子供であるならまだしも、彼女が出ていったのなら、誰かしら気付きそうなものですが……」
「おっしゃる通りです。ですが受付は屋敷さんも目にした通り一人体制ですし、仮に正面玄関から出ていったら誰かが気づきます。となると考えられる可能性は、さらわれたということになるのですが、来院される方も顔が知れた方ばかりなので、見知らぬ人が居たら、誰かが証言しているはずなんです」
「つまり、それがないということは、あやかさんが気配を消してそっと出ていったか、あるいは神隠しのように姿を消してしまったか……」
「そういうことになりますね」
そこまで尋ねたところで、大河は手帳に目を落とし、あごに手を当て考えを巡らせる。
家出か、誘拐か、それとも迷子か、考えられる可能性をピックアップしていくも、大河の脳裏には、いずれの可能性も低いのではないかという疑念が生じていた。
そして、パタンと手帳を閉じた後、大河は雑談を振るかのような軽い口調で、院長へと語りかける。
「ありがとうございました。あと、ちなみになんですけど、ロビー付近に監視カメラみたいなの、あったりしますか? あったら確認してみたいんですけど――」
大河の出した要望に対して、院長は眉をひそめた。
「カメラ……ですか? あるにはありますけど……でも、希望に添える内容ではないと思いますよ」
「構いません。どちらで見ることができますか?」
「そうですね……警備室がありますので、そちらにどうぞ。話は私の方から通しておきますので、一度受付まで戻ってお待ちください」
「ありがとうございます。色々手間をかけさせてしまって、どうもすいません」
「構いませんよ。私も、受け持った患者さんが消えてしまったままでは、落ち着きませんから」
そう告げて、院長は微笑みを浮かべて見せる。
ただ、その表情はどこかぎこちなく、無理をして笑おうとしているように、大河には感じられたのだった。
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