第23話

 電車に乗っている間、宗一郎はもはや日課にすらなっているキーマンについて、思いを巡らせていた。ここまでキーマンに脳内を占有されていると、自分は取り憑かれているんじゃないかと思ってしまう。


 殺人鬼とキーマン――その全貌はおおよそわかったと言って良いが、解決方法はさっぱりだ。キーマンから受け取った鍵を使わなければ問題ないのは間違いないが、それは拾ってくれた、もしくは渡してくれた親切な相手を疑うことになる。最初からこいつはキーマンだからこの鍵は偽物だと決めつける人はいないだろう。

 それに、知っていたとしてもキーマンの見た目が変わっている場合もある。いくらこの格好をした人に注意しましょうと警告しても、姿を変えられてしまっては意味がない。


 このままではまた悲劇が繰り返される。解決するための糸口はまったくと言っていいほどないこの状況に、宗一郎はがっくりと項垂れた。

 もうここから先は本職に任せるしかないのだろう。正直、本当に除霊なんてものが効くのかと思わなくもないが、専門外なので信じて依頼するしかない。明日は神社か寺に行って相談してみよう。


 そうだ、人に任せっきりにするんじゃなくて自分でも出来ることはやっておくべきだ。知名度がないから最初は苦労するだろうが、まずはSNSや掲示板でキーマンという悪霊が存在していると書き込もう。

 キーマンという名称がキーマン本人から提案してきたのが忌々しいが、これ以上にわかりやすい名称もないので、悔しいが利用させてもらうしかない。

 清水にも協力を仰ごう。清水が書いた小説に調査した結果を書き足して、新たなオカルト話として盛り上げさせるのだ。かつてのきさらぎ駅や八尺様のように。


 キーマンは知名度はないに等しい。一人でも生還者がいたらマニアの間で話題になっていたかもしれないが、被害者は白骨死体として発見されている。鍵を使わず、本物の鍵を後から受け取った人も「不思議なこともあるもんだ」とあっさり片付けてしまうのも問題だ。これでは警戒心は生まれない。うんと怖い話にして、恐怖心を煽らなければ。


 *


 気付けば目的の駅まで到着していた。宗一郎は電車から降り、久しぶりに歩く閑散とした町を堪能することにした。たった二ヶ月だったがどれもこれも懐かしい。

 今にも倒れそうな傾いた電柱、チカチカと不気味に点滅する街灯に群がる蛾の気味の悪さ。キーマンよりも恐ろしげに見えるが、死なないだけマシだ。


 やがて明かりの点いていないアパートが見えてきた。築何十年だろうか、ボロアパートに帰ってきた宗一郎は実家と比較し、その違いに溜息を付いた。風呂もついてない、トイレはくみ取り式、キッチンなんて洒落たものはない。

 部屋を借りた時は自立心だけは旺盛で、最低限住めれば良いと思っていたが、一度実家に帰省すると残念な気持ちになってしまう。その自立心も一人暮らしをはじめて数年で綺麗サッパリ消え去ってしまった。


 早々にお金を貯めてもう少し良いアパートに引っ越そう。こんなところにいたら良くないものまで引き込んでしまいそうだ。まずは短時間のバイトが良いだろう。ブランクもあるし、簡単な仕事で気持ちを切り替えておきたい。

 もちろんその間もキーマンの調査は欠かさない。今よりも頻度は減るし、専門家に任せたとしていても、解決するまではしっかり関わっておきたいのだ。解決の目処がついたら正社員として働けば良い。幸いにも年齢で弾かれるまで猶予はある。この国は三十五歳を過ぎたらぐんと求人が減る。それまでに除霊、もしくは絶対に被害に遭わない方法が見つかれば良いのだ。


 鞄からアパートの鍵を取り出し鍵穴に差し込む。アパートの鍵を使うのは随分と久しぶりだ。この部屋は鍵を回す時にちょっと引っかかるのが特徴だ。最初はだいぶ苦労させられたが、今では数回ガチャガチャと良いところを探せば、すぐに見つけて開閉できるようになった。しかし久しぶりだったせいかいつもより手間取ってしまった。



 扉を開けると、真っ暗な闇が広がっていた。夜だから仕方がないが、夕方に聞いた美佳子の話を思い出して背筋が寒くなる。


「こんなに暗かったかな……。まあ良いか、今日は疲れたし早く寝て英気を養うか」


 独り言が漏れるが、あまりにもボロっちいアパートだから宗一郎以外に住んでいる人はいない。夜中でも騒ぎ放題なのが唯一の利点だ。


 バタンと大きな音を立てて扉が閉まる音が響く。



 それから、そのアパートで扉を開閉する音は聞こえなくなり、程なくして解体が決まった。



 *


 チャリンと、居酒屋『おつかれさま』の店前で鍵が落ちる音が鳴る。しかし、落とし主はその音に気付かない。


「鍵、落としましたよ」


 振り向いた先にはニッコリと笑う、保険の営業が似合いそうな男性が鍵を差し出していた。


「あ、すみません……ありがとうございます」


 前髪で目を隠した女性が小さな声でお礼を言う。


「どういたしまして。……お疲れのようですね?」

「ええ、まあ……夫に先立たれて、息子も行方不明ですから……あっ、すいません見ず知らずの人にこんな話を……」

「気にしなくて良いですよ。これから、きっと良いことありますから元気出してください。それより、ここの居酒屋入りません? 美味しいお酒が飲めますよ」

「すみません、お酒はちょっと……。鍵、拾っていただきありがとうございます」


 ペコリとお辞儀をし、女性はそそくさとその場を離れる。


「近いうちに息子に会えますよ」


 男はほくそ笑んで、女性の小さな背中を見送った。

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キーマン 涼風すずらん @usagi5wa5wa

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