第21話

 小説に書かなかったことの一つに、誘い出しの手口がある。本当は書きたかったんだけど真似する輩が出るかもしれないって、編集に止められたんだ。

 でも俺は絞殺や窒息って書く方がダメだろうと思ったんだが、編集いわくそれは良いらしい。正直、何がダメで良いのか……よくわからなかったよ。


 まあそれはどうでもいいな。殺人鬼の最初のターゲットは八歳以下の子供だった。小学生でも高学年になると誘拐が難しくなるからな、きっとこれぐらいの年齢が限界だったんだろう。


 手口は意外と簡単なものだった。殺人鬼の身体的特徴に、細目がある。大人であれば目が細い人なんだなってわかるが、人生経験少ない子供にとっては笑っているようにしか見えない。動物にとって歯を見せながら笑うのは威嚇だが、人間にとっては人を安心させるものとして映る。警戒心の薄い子供にはニッと歯を見せるだけで事足りた。


 誘拐した後は小説に書いた通り鳴き叫ぶ声を堪能した。音楽を聴いてるような気分だったのかね。今はもう埋められてしまったが、かなり広い地下室を有していた。加えてまだ周囲にあまり家がなかった頃だから、いくら声を張り上げようとバレなかった。


 しかし行方不明になる子供の数が増えると、当然親たちは次は我が子かと警戒する。子供の周りには常に親が張り付いており、声をかけるタイミングが掴みづらくなったんだ。


 それで次のターゲットに選んだのが高齢者だ。足腰が弱ってるから抵抗力は低いし、声も枯れて大声も出しにくいだろうから、子供の次に誘拐しやすかった。ただ、子供と同じ手口は大人には通用しない。新しい手を考える必要があった。


 考案した手段はこれまた単純なものだった。人気がない場所で背後から「鍵を落としましたよ」と声をかけるだけだ。鍵は大事なものだからね、落としたとすれば慌てて振り返るだろう。慌てるとスキができる。

 相手が振り返った瞬間に口を塞ぎ、抵抗させまいと昏倒させ、車で自宅まで運んだ。時間は人通りが少ない早朝と夜間で行われた。見られることは少なかったし、万が一見られても病院に連れてくなり、酔っ払っていたから介抱してやってるなり言い訳が出来ただろうな。当時は今より警戒心が薄いから、たったそれだけでも怪しまれなかったはずだ。

 ちなみにこちらの手口はちょっとだけ小説に書いた。少しぐらいなら良いだろう、ダメだと言われたら直せば良いと開き直ってたんだが、特に何も言われなかったよ。たった一行だけだったしたまたま見過ごされたのかもな。


 そうして集められた人数は二十をゆうに超えていた。もしかしたらまだ見つかってない遺体もあるかもな。だが、近所で行方不明が多発していると誰しも家から出なくなった。出かける時は絶対に一人にならない、複数人での行動が常識になっていったんだ。


 ちなみに事件解決後にわかったことなんだが、少し遠い地域で目撃情報があったんだ。人の顔を覚えるのが得意な男性がいてね、近所では見かけない顔が歩いていたから覚えていたらしい。一回だけ、新聞に顔写真が載った際に「この人は!」って気付いて警察に連絡してきたんだ。

 まあ、これは事件が発覚した後のことだから、それ以上の騒ぎにはならなかったが。きっと殺人鬼は近所が厳しくなってきたから、遠い地域に目を付けたんだろうね。


 その証拠に、遠い地域から誘拐されてきた子どもがいた。彼が騒ぎまくったおかげで事件が発覚したんだ。気絶させて連れてきたけど、途中で目を覚まして狸寝入りをし、車から出された瞬間に泣き喚いたんだ。長距離の移動が仇になって悪事がバレ、誘拐犯として通報されて殺人鬼は追い詰められた。バレなくても記憶力が良い人がいたんだ、遠からず事件は発覚していただろうな。


 その後は小説の展開通り殺人鬼は自殺。逮捕されるぐらいなら自ら命を絶つ道を選んだんだ。そして被害者の遺体を検分して、全員行方不明になっている人たちだと判明した後は祭りの如く大騒ぎさ。


 でも、誰かの手によってすぐに事件は揉み消された。ニュースで取り上げられたのも一日だけだった。

 現代社会のようにインターネットがあれば隠蔽なんてことは起きなかっただろうけど、あの頃は政治家の権力が強かったからね。情報の操作ぐらい容易かったし、一般市民の情報共有も途切れやすい。


 次第に人々の記憶から薄れ、事件は闇に葬られた。調べようにも警察が資料をひた隠しにしてるから、一般市民には調べようがない。せいぜい凶悪事件の一つとして信憑性の薄い本にちょっとだけ取り上げられる程度だ。後はぼんやりとしたオカルト話になって語り継がれるぐらいかな。

 一般にも情報が流れなければ真相はおろか、考察することも出来ない。資料が見られないせいであの小説は俺の妄想ということで片付けられている。まあ、売れ行きも当然よくなかったよ。


 *


「さて……俺が話せるのはこれぐらいかな。信じるか信じないかは君次第だ」

「俺は、信じる。この事件、あまりにも情報がなさすぎるから、嘘であったとしても考察の参考にはなる。ところで、殺人鬼って身分が高い人なのか? なんか守られすぎてる気がするんだが」

「そうだね。名前も公表されなかったから、この国で偉い人――政治家の息子である可能性が高い。身内の汚点は隠したいだろうし、事件が発覚した瞬間、方方に根回しをしたのかもね……ふぅー……」


 不意にれいじが深い溜息をつく。長電話しすぎて疲れたのだろう。


「あ、これから用事があるから今日はここまでで良いかな」

「ああ……すまないね。老体だからあまり長時間話せなくてな。今日はありがとう。久しぶりに若い人と話せて楽しかったよ」

「こちらも参考になる話が聞けて助かった。また何かあれば電話しても?」

「大歓迎だ」

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