第19話
連日ワイドショーで松末の家で見つかった白骨死体の死亡解剖の結果が流れている。現在判明している人の大半は、一年以上前に行方不明になってすぐに殺され、手段は絞殺、窒息、水死など様々な方法で殺されたらしい。古い骨で十年以上前のもあったようだ。
被害者リストという悪趣味なホワイトボードに『松末広宣』という名前がある。
やはり彼はちょうど一年前に殺されていたのだ。
「事件直後は情報が錯綜していましたが、ここにきてようやく信頼できる情報が出ましたね」
訳知り顔をしたコメンテーターが偉そうにコメントしている。全て聞く前に宗一郎はテレビの電源を落とした。
「自分の足で探した情報が一番信頼できるな」
宗一郎はベッドに身を投げ出し、松末――キーマンとの会話を思い出すことに専念した。彼の言動の中に手がかりはなかったか。キーマンに繋がる何か……。
力の限りを尽くしても思い出す会話は朧気で、二週間に一度飲むという約束、おすすめだという居酒屋のことしか思い出せない。少し前まではもっと詳細に思い出せていたが、一日ごとに徐々に記憶が抜け落ちていく。
ちなみに情報を求めて松末と共に行った居酒屋にも顔を出したが、これといった情報は得られなかったばかりか、最初に連れてこられた居酒屋――『おつかれさま』にいたっては忽然と姿を消していた。『おつかれさま』はキーマンと関わりがあったのかもしれない。
こちらを調べればキーマンを引きずり出せるのではと思ったが、キーマン以上に情報が出てこなかった。誰も『おつかれさま』なんて居酒屋は見たことがない、居酒屋エリアをよく知っているおじいさんに話を聞いても、決まって「奥はガラクタしかないよ」と言われてしまったのだ。
故に居酒屋の謎については諦めるしかない。キーマンの正体が掴めれば芋づる式に何かわかるかもしれないと、ひとまず保留にしたのだった。
そういうわけで、キーマンとお酒の席で交わした会話を思い出しているのだが、思い出そうと躍起になるほど何も出てこない。何を食べたのかすら思い出せないのだ。
何時間も考え抜いて出てくるのは、キーマンと接触するためにわざと鍵を落としていたことと、小説の構想や設定を話していたという、既存の情報だけだった。
今思えばキーマンと接触を図ったり、小説を執筆しているというのは、ただの茶番にすぎなかった。手伝ってやろうと意気込んだのも無駄になってしまったし、友達思いの美佳子の希望も、全てがキーマンによるお遊びだったのだ。「次の土曜日に会いましょう!」と、笑顔で去っていく姿に腹が立ってくる。
「笑顔か……そういえば共通項に笑顔っていうのがあったな」
ニコッと笑う松末の顔が想起される。思い浮かんでいるあの顔は……居酒屋の席で見たんだったか、それともカフェで昼飯を食べていた時だったか。……思い出せない。
いつまでも考えていても仕方がない。宗一郎は思考を切り替えることにした。
とりあえず一度SNSの投稿者――清水に連絡を入れてみよう。彼は男でも見惚れるほどの笑顔のホテルマンから鍵を受け取っている。十中八九キーマンだと思うが、清水が遭遇したのは三年前だ。三年前なら松末はまだ生きていたからキーマンになりようがない。
白骨死体には三年前に亡くなった人も含まれていたから、そのうちの誰かの姿を借りて清水の前に姿を現したのだろう。
清水はキーマンから受け取った鍵を使う前に、本物の部屋の鍵を持ったスタッフによって助けられた。しかし、松末はきっと使ってしまってキーマンに殺され、姿を利用されてしまったのだ。きっとそうだ。
気付けばアパートに帰るまで数日しかない。戻った後は毎日のように調査に出かけるのは難しくなる。
実家にいる今でも家賃は払い落とされているのだ。加えて光熱費や食費などの出費も増えるから、早々に次の仕事を見つけなければならない。そうすると事件は色褪せ、新たな被害者も出てしまう。
決断するのに五分もかからなかった。宗一郎は清水にメッセージを送ると決めた。もう一度、当時のことを教えてほしいと。
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