第18話

「ほう、キーマンですか! それはそれは気になりますねぇ!」


 カレーライスを口に頬張りながら、啓治は川で綺麗な石を見つけた子供のように目を輝かせた。オカルト好きと聞いていたが、まさかここまで興奮するとは。新たなオカルト話を聞いて少年時代に戻っているみたいだ。


「俺は松末が実はキーマンだったのではないかと疑っているんです。本物の松末は一年前、会社を無断欠勤した日の前日に殺されて、成り代わられてしまった……まあ、そういう証拠はないんですけどね。でも、ほとんどの遺体が死後一年以上経ってると発表があったので、俺はそう考えています」

「なるほど……で、キーマンが語った内容の真相、そして本物の松末がどんな様子だったかを知りたいというわけですね」

「キーマンの話には嘘が含まれていました。なので、俺が知っている松末の情報と、松末と交流があった人の話を照らし合わせてみたいんです。もしかしたら、手がかりが見つかるかもしれません」

「うん、わかりました。キーマンという面白い怪談を教えてくれたお礼です。僕が知っている松末を話しましょう。ああ、これから話すのは個人情報が含まれます。あなたなら大丈夫だと思いますが、念の為に聞きます。口外する気はありませんか?」

「ありません」


 宗一郎は強く誓った。


 *


 入社当時の松末は、それはそれは笑顔の作り方なんて知りませんってぐらいムスッとした顔をしていました。まあ、僕もそれを了承して雇ったのですが、さすがにお客さんの前では笑えるだろうと思っていました。ま、その思惑は外れちゃいましたが。

 松末は僕が思っている以上に笑わない男で、お客さんから「怖いから二度と寄越さないでくれ」とクレームが入るくらいだったんです。あの時はこのまま変われなかったら解雇も視野に入れなければと思いましたね。不当な理由では解雇できないから、なんとか理由をつけようと日々頭を悩ませていたのを思い出します。


 だけど、それは杞憂に終わりました。松末はプライドが高い男だったのです。自分だけ契約が取れてないのが我慢ならなかったのでしょう、自分がどう見られているか、社内の人に聞き回って一つ一つ欠点を潰していきました。


 まずは姿勢、若干猫背気味でしたからね。背中が丸まっていると身なりがきちんとしていてもだらしない印象になります。

 次に話し方と声の高さ、敬語を使い、声のトーンを一段階上げるように意識し始めたら、少しずつ雰囲気がやわらかくなっていきました。

 そして最後に表情ですけど、これは毎日鏡に向かって口角を上げて練習していたみたいです。入社して二ヶ月が過ぎた頃にはかなり改善されていて、契約も取れるようになっていました。

 三ヶ月目には驚異的なペースで契約してくるもんですから、密かに我社のエースだと噂されていましたよ。約半年でこの成長、僕も松末には大いに期待していました。


 誰が見ても順風満帆。だけど、松末はある日無断欠勤をしました。休む時はしっかり連絡を入れる人でしたから、きっと連絡ができないほど重大な何かがあったんだろうと誰もが思いました。

 それで会社専用の携帯電話を渡していたから電話をかけてみたましたが、何度かけても一向に出てくれません。もしかしたら風邪を引いて寝込んでいる、最悪倒れているかもしれないと思って僕が直接家に出向きました。雇い主ですからね。


 でも、何回も呼び鈴を鳴らしても無反応。家の周りも不審者と間違われるくらい見て回りましたけど、鍵はもちろんカーテンも開いてない……人の気配も感じられなかったんですよ。

 これはおかしいと思って警察に連絡して鍵を開けてもらいました。僕は社長ということで家の中に入れてもらい、警察とともに松末を探しました。

 しかし、人の気配がなかったからもしやと思ってましたが、案の定そこに松末の姿はなかったんです。昨日まで生活していた形跡はありましたが、退社後すぐに家に帰ったかはわかりませんでした。

 警察は夕飯を外で済ませてから姿を消したとみているんですけど、前に松末は炊事派で、外食は人に誘われた以外しないと小耳に挟んでいたので、その線は微妙だと僕は考えています。


 近隣を探した後は行方不明届を出しました。松末には親戚がいません。病気を患いやすい家系のようで、二十歳になる頃には一族は松末一人だけになっていたんです。探せば遠い親戚ぐらいは見つかるかもしれませんが、相手側は松末のことを知らない可能性が高いので探してはいません。


 それから一年、あなたも知っている通り、松末の家から大量の行方不明者の白骨遺体が見つかりました。


 でも、家宅捜索した時は骨の一つも見当たらなかったんですよね。


 *


「僕は警察の捜査が終わった後に、何者かがどうにかして大量の遺体を運び込んだんだと考えていました。近隣の住人に見つからずにね」

「でも、それなら誰か一人ぐらいその現場を見ていても良いですよね。なのに目撃情報がないなんて……おかしいですよ」

「そうですね。その場に急に湧いて出ない限り誰にも見咎められずに運ぶのは困難です・でも、キーマンの話を聞いて考えが変わりました。心霊現象なら急に大量の骨が出てきてもおかしくありません。幽霊というものは、生きている人間には想像もつかないことをやり遂げますからね」


 確かに心霊現象であれば不可解なことにも納得がいく。此度の事件は怪しい人物を見かけたという目撃情報がない。少し町の様子を見ただけでも、朝昼は老人、夜は帰宅するサラリーマンで溢れるであろうと想像できる場所だった。

 そんなところでたくさんの骨、しかも他人の家に運び込むなんて生きている人間の所業ではないだろう。心霊現象とした方が納得できる。


「そうそう、心霊現象と判断する理由はもう一つありましてね、白骨遺体が見つかった経緯を知っていますか?」

「腐乱死体の臭いでしょう?」

「そうです。実は僕の家は松末の家の近くにありまして、地域の近くを流れる川の向こう側にあるんです。事件発覚の日の朝、風にのって妙な臭気が漂ってきました。ただ、本当に僅かだったから、その時は何の臭いだろうって思っただけで特に気にしていませんでした。だから夜のニュースを見てびっくりしましたよ。もしかしたら、朝に嗅いだアレは死体の臭いだったんじゃないかって。想像したら気持ち悪くなって寝付けませんでしたよ」

「それはまた……大変でしたね」

「骨なら臭いはしないし、小分けにすれば良いので少しずつ持ってきても見つかりませんが、腐乱死体だとそうはいきません。見つかったのは三体でしたね、一晩で五体満足の死体を三人も用意するのは難しいでしょう。たった一人の死体でも、運んでる途中で近隣住民が気付いて通報しますよ。特に臭いはなかなか防げないでしょう」

「目撃されることもなく部屋を埋め尽くすほどの骨と三体の腐乱死体を用意するには、心霊現象しか考えられないというわけですか……」

「そのとおりです。ド田舎ならともかく、都会のベッドタウンで人の目と鼻を欺くのは至難の業ですよ。しかし世間は心霊現象なんて認めません。すべて家主である松末が殺ったと決めつけています。そんなこと、不可能なのに」


 最近の報道では松末が嫌疑をかけられている。家の所有者だから仕方がない面もあるが、かつてはライバルとして競い、倒産を告げられた後は短かったとはいえ、友情を育んだ仲だ。死後に疑惑をかけられ、汚い言葉で罵倒されている言葉を見るとやるせなくなる。


 自分の行動によって松末の冤罪を晴らせるのなら、もっと本腰を入れて調査に当たらなければ。資料が少ない殺人鬼――キーマン最有力候補である彼の実情を調べ尽くさなければならない。

 宗一郎は使命感を胸に宿らせ「本日はお忙しい中ありがとうございます」と啓治に頭を垂れた。

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