第16話

 松末が行方不明になった時期を聞いた後、男性は「これから用事があるので……」と言って帰っていってしまった。急ぐ男性を見送り、宗一郎はいったん帰路に着くことにした。時間はまだあるし、これから会社から出てくる人を捕まえようと思ったが、もっと偉い人じゃないと有益な情報は出てこないと考えたからだ。

 残念ながらアポを取ってないし、取ろうとしても松末の知人だなんて信じられるだろうか。直接会えれば話ぐらい聞いてもらえるかもしれないが、マスコミがスクープを狙ってる中では警戒されて逃げられる可能性が高いだろう。あの男性だって最初は警戒していたのだから、トップの人となると更に警戒していてもおかしくはない。


 帰宅し、ベッドに思い切り倒れこむ。誰かに意見を求めるべきか。宗一郎はポケットからスマホを取り出して電源を入れた。しかし一体誰に――。


「あれ、新田社長?」


 スマホを見ると『新田社長』から電話が来ていた。新田は倒産した会社の社長で、経営手腕はさほどでもなかったが、最後まで社員の面倒をみる良い人だった。

 彼の尽力のおかげで次の就職先を見つけられた。もう退職してしまったとはいえ、路頭に迷うところを救ってくれたので感謝はしているが、そもそも転職しなければならなくなったのは新田社長のせいではある。

 ともかく、連絡してきた理由はきっと松末のことだろう。あれだけ大々的なニュースになっているのだから、新田の耳にも入っていてもなんらおかしくない。


(俺と同じように、松末の転職も手伝っていたかもしれないな)


 新田なら何か知っているかもしれない。電話がかかってきたのは十五分ほど前だ。今かければ出てくれるはず。宗一郎は画面をタップして新田に電話をかけた。二回ほど呼び出し音が鳴って「もしもし」と新田の声が聞こえてきた。


「あ、もしもし。お久しぶりです新田社長」

「おお、荻田くん!」

「すみません気付かなくて」

「いや、いいんだ。それより、松末くんのことなんだが……もちろん知ってるよね」

「ええ……信じたくはありませんが、見つかった白骨死体はやはり……」

「うむ、わたしも荻田くんと同じ考えだ。十中八九、松末くんだろう。しかしどうにも不可解でね」

「不可解?」

「遺体は一年以上前に行方不明になった人ばかりだと言っていたが、先日、居酒屋がたくさんある場所があるだろう? そこで走っている松末くんを見たんだよ」


 新田の言う先日とは、キーマンに会おうと鍵を落としまくってた日ではないか。宗一郎は直感でそう思った。別れる時、松末は走って帰っていったはずだ。それを新田は偶然見かけたのだろう。


「荻田くんは松末くんと良いライバル関係だったからね。これが一体どういうことか知ってるんじゃないかと思って電話してみたんだ」

「実は、俺も松末に関して調べてるんです」


 協力が得られるかもしれない。一人でも協力者がいると調査も捗る。少し限界を感じていた宗一郎は、新田に松末とのやり取りや彼が執筆していた小説、そしてキーマンのことを話すと決めた。


「……ふうむ……そうか、キーマンというのはまだ理解できないが、荻田くんが出会った松末くん、そしてわたしが見かけた松末くんは同一人物の可能性が高い。だが、その松末くんは本人ではない……しかし他人にしては似すぎているから、人ならざるものの仕業ということか。ううん、にわかには信じがたいな」

「俺も信じられませんでした。でも、完璧な変装なんて人間技ではありません。いくら変装の達人でも知り合いにバレないほどの変装は至難の業です。何か、超常的な現象が起きているとしか思えません。俺の頭ではそんな現象、心霊現象ぐらいしか思いつきませんが」

「なんだか頭が痛くなる話だな。そうなると……ん? ああ、すまない。荻田くん、明日わたしの家に来て話さないか。今ちょっと妻が長電話するなと怒っているんだ。どうだろう?」

「ええ、かまいませんよ。ただ、時間が惜しいので九時頃で良いですか」

「大丈夫だ。あ、わかったわかった。今切るよ。すまない荻田くん、またあし」


 ブツンと音を立てて電話は切れた。遠くから怒気を孕んだ女性の声が聞こえてきたから、奥さんの堪忍袋の尾が切れたのだろう。言葉が途中で途切れたから新田は慌てて通話を切ったに違いない。

 さて、これで協力者は得られた。自分ひとりでの調査に行き詰まりを感じていたから、新田の存在は心強い。


 かつて父は言っていた。


「前に進めなくなったら寄り道をしろ。そして、たくさんの刺激を貰ってこい」


 成績が伸びなくて悩んでいた時にかけてもらった言葉を噛み締める。新田との対話は良い刺激になるはずだ。なにせ新田は自分よりかなり年が離れている。思いがけない言葉が引き金になって、一気にキーマンの正体に迫れるかもしれない。

 一番期待しているのは殺人鬼についてだ。少なくとも今より昔の方が資料があるはずだ。時代的に新田が生まれるよりちょっと前だが、新聞の切り抜きの一つや二つ持っていてもおかしくないと思う。さすがに期待しすぎだろうか。

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