第12話

 *


 あれは二年前、私が海外留学に行く前の出来事だった。世間はクリスマスイブで盛り上がり、町全体が浮ついているような雰囲気に包まれていたわ。


 その日、数日後に私が海外に行くことになったからってことで、クリスマスパーティーも兼ねて見送り会をしようって話になったの。パーティーの提案をしたのは車を持っている『涼子』で、私は急に見送り会をしようだなんて無茶だから断ったんだけど、決めると同時に友達全員に「今日クリスマスパーティーしよう!」って連絡しちゃったのよね。


 それで都合がついたのは『香菜』と『幸恵』と『美穂』の三人。涼子は自分がパーティーしようって言ったから迎えに行ってくるって言って、まずはすぐに来れる香菜と幸恵の家に行ったわ。私は待っている間、涼子の部屋でぼんやりと窓から外を眺めていたんだけど、特に変わったことはなかったわ。いつもの、子供の頃から変わらない町ね。


 二十分ぐらい待ってると香菜と幸恵が家にやってきて、それから美穂から「迎えに来てほしい」って連絡が来たわ。涼子は美穂に「今から行くよ!」と、簡素なメッセージを送ってドタバタと迎えに行ったの。落ち着きがない子なのよ涼子は。


 ここまでは平和そのもの。涼子と美穂が帰ってきた時に事件は起きた。


 玄関のドアが開く音が聞こえたと思ったら、美穂の悲鳴が響いた。何事かとリビングにいたみんなで駆けつけると、腰を抜かした美穂が泣き喚きながら涼子の名前を呼んでいたのよ。


「どこ! どこに行ったの涼子! 涼子、涼子……なんで、どうして!」


 どこに、なんで、どうして。これしか言わない美穂を香菜と幸恵が宥めて、私が開きっぱなしの扉に向かおうとしたら「待って!」と、美穂が必死な形相で私の上着の裾を掴んで引き止めてきた。

 すごい興奮しているようだったから「どうしたの」と優しく聞いたら「美佳子まで消えちゃう……」って小さな声でそう言うの。私たちは顔を見合わせ、とりあえず事情を聞くために美穂をリビングまで連れてって、私が代表して質問をすることになったわ。


「涼子はどこに行ったの?」

「わからない……消えちゃった……」

「ドアを開けたら?」

「開けて、わたしが先に家に入って、靴を脱いでたら急に靴音が聞こえなくなって……後ろを見たら涼子の体が半分なくなって……わたし、びっくりして動けなくて、声も出なくて……どうしようって迷ってるうちに全部消えて……それでようやく声が出せるようなって……」


 信じられないと思うけど、美穂の話によるとドアの仕切りを越えると体が消えていったみたい。振り返ってから一秒も経たずに最後に残された部位――左足が消えたらしいの。

 それから、私たちも同じように消えてしまうのか試すために玄関に集まった。家から出られなかったから困るからね。

 一人ずつ仕切りの外に足を伸ばして見たんだけど、もちろん誰一人消えることなんてなかったわ。まあ、消えてたら私は今ここにいないわね。

 何回やっても結果は同じ。つまり涼子だけが消えてしまったのよ。手がかりを求めて美穂に車内での涼子の様子を思い出してもらったんだけど、変わったことはなし。いつもと変わらない、元気で落ち着きのない涼子だったそうよ。


 私たちは怪奇現象に巻き込まれたんだと結論づけたわ。美穂一人で涼子をどうこうできる時間はなかったし、家の周辺に大人の女性が隠れられるスペースはなかったからね。だから、これは幽霊の仕業ってことにしたの。

 私たちはオカルト系のお話は大好きだったから普通に受け入れたんだけど、他の人に話したら誰も信じてくれなかったんだけどね。


 で、家から出られることがわかった私たちは、涼子の家族と警察に連絡したわ。最初は私たちが疑われた。当然よね、最後に会ったのは私たちだし、人が消えただなんて普通は信じられないわよ。

 その場にいる人間が怪しいに決まっている。涼子の家族には散々罵られたわ。思い出したくないくらい酷い罵倒だったから、なんて言われたかは聞かないでね。


 捜査は……警察の仕事には詳しくないから何を調べてたかは知らないけど、警察犬が来たのは覚えているわ。何回探しても必ずドアの仕切りで見失ってたのよね。警察の人が不思議そうにしてたわ。


 ちなみに今も捜査は続いているわよ。涼子の両親から二度と近付くなって言われてるから進展はわからないけど、何か見つかったら私たちにも警察から連絡が来ることになってるのよね。まだ一回も来てないから行き詰まっているんじゃないかな。


 *


「あれから二年経ったけど、あの出来事が現実に起きたなんて思えないし、思いたくないわ。でも実際に涼子はいなくなっちゃったし、痕跡も見つからない。生きていてほしいけど、ここまで何も手がかりがないと絶望的だと思うのよね……」


 美佳子は項垂れ、肩を震わせる。今にも泣きそうだ。彼女を慰める言葉は持ち合わせていない。当事者ではない宗一郎は、美佳子が落ち着くまで黙っていることしか出来なかった。


「あ、ごめんね。あんまり参考にならない話で……ていうかあまり怖くなかったかな?」

「いや、充分だよ。それより、友人がいなくなったっていうのに参考にして良いのか?」

「貶める目的じゃなきゃ良いよ。もし本が発売されて売れたら、全国から似たような話が舞い込んでくるかもしれないじゃない。そしたら涼子の手がかりになるかも」

「まあ、ゼロではないと思うが……」

「難しいってのはわかってるわ。でも、可能性があるならそれに縋りたいのよ。宗一郎くんの元同僚って人には頑張ってもらわないとね。宗一郎くんからも発破をかけといてよ」

「ああ、わかった」


 これは是が非でも松末には気合を入れてもらわねば。暗い顔は美佳子には似合わないし、こちらも調子が狂ってしまう。

 そして、自身も小説の手伝いをしているのだから、中途半端な資料では参考にならない。次の飲み会までまだ時間はある。松末が感激するようなものを作り上げようじゃないか。

 宗一郎は少し腫れぼったくなった美佳子の目を見ながら静かに決意した。

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