第8話
宗一郎は朝からずっとパソコンの画面を見つめていた。前回の飲み会の帰り、松末から忙しくて資料集めしている暇がないから手伝ってほしいと頼まれたからだ。まだ実家にいる予定だし、仕事もしていないから暇つぶしに丁度いいと頷いたのだが、どうも成果は芳しくない。若干、断ればよかったと後悔しているところだ。
小説の完成は待ち遠しいし、少しでも助けになれたら嬉しい。しかし、膨大な量の情報が毎日更新されていくネットの世界で、参考になりそうな資料を探すのは骨が折れる作業だ。 参考資料となるオカルト話を集めるのなら、個人サイトより不特定多数が集まる掲示板サイトだろうと思ってアクセスしたのだが、まったく参考にならない小中学生が考えたような話ばかり。資料のまとめ用にと買ったノートはいまだに真っ白だ。
「うーん……このまま成果なしじゃ手伝っている意味がない……どうすっかな」
もう何杯目かわからない珈琲を飲み干し、何か良い方法はないかと部屋の中を彷徨う。しかしいくら部屋をウロウロしても良いアイデアは浮かんでこない。
昔は困っていたらなんでも父に聞いていた。直接答えをもらえたこともあれば、ヒントだけを与えて「自分で考えてみなさい」と言われたこともある。今更ながら父が亡くなったのだと痛感する。
「そういや親父はどこで知識を増やしてきたんだろうなぁ」
ちょっと過保護だけど頭が良くて、手先も器用だった父。尊敬に値する人物だ。そういえば父は休日になると決まった時間に外に出ていた。
――現時刻午後二時。ちょうど父が外出する時間だ。
「あ、そうだ。たしか……図書館だ!」
どこに行くのかと問えば、いつも「図書館だ」と返事していた気がする。そういえば今は何もない部屋だけど、父が生きていた頃は本で埋め尽くされていた。ただ、どんな本があったかまでは覚えていない。子どもでは理解できないものばかりだったから、父の本には早々に興味を失ってしまったのだ。
その代わり、自分の身の丈に合った本は熱心に読んでいた。最初は椅子に座る父の背中に憧れて真似をしただけなのだが、いつの間にか読書に夢中になっていた。
今なら父の本を楽しく読めるはずだ。ああ、父が入院する前に処分されてしまったのがもったいない。事前に言ってくれれば回収したのに。
「図書館、久しぶりに行ってみるか」
知識を増やすには紙の本が良いと聞いたことがある。昔は暇さえあれば本に齧りついていたが、今はスマホがあるから紙の本とは疎遠になってしまった。そういえば電子書籍に移行してからはたしかに本の内容がほとんど頭に入ってきてない気がする。それに、古い本は有名どころじゃないと電子書籍化されない。こう考えるとけっこうデメリットが多い。数年経てば改善されていくだろうが。
行き詰まっていたし、息抜きも兼ねて久しぶりに行ってみようか。たまには昔に戻って資料探しをしてみるのも悪くない。
図書館に訪れるのは数年ぶりだ。最後に来たのは高校生の頃か。聞いたことがない地元サークルの展示物に児童書コーナー、新着図書の場所まであの頃と何一つ変わっていない。
内装に懐かしさを覚えていると、司書のおすすめコーナーが目に入った。これも昔からあったが、本棚一帯を占めるほどではなかったはず。大出世したものだと感心し、今月の特集を見る。
『あの名作を読んでみよう! ミステリー、ホラー、SFの最高峰がここに集結!』
手書きのポップで大々的に取り上げられている。ホラーものが特集されているのはラッキーだ。
惹かれたタイトルの本をいくつか手に取ってソファに座る。子供の頃は休校日が日曜日だったせいでめったに座れなかったが、今日は人が少ない平日だから余裕で座れる。
だらっとした姿勢でパラパラと重要そうなところだけ読む。ホラーの肝はいかに恐怖させるかだ。感動的やハッピーエンドで終わるホラーも好きだが、個人的にはもやもやが残る結末が良い。解決してしまうと恐怖心が薄れてしまうから、ぜひ松末にはそんな小説を書いてもらいたい。
「ん?」
小説を読みながら自分が怖いと思ったポイントをノートに書いていると、『鍵』という単語が目に入ってきた。この小説は実際にあった事件をホラーに仕立て上げたものだと冒頭に書いてあったはず。メモを書く手を止めてパラパラと読み進めると、最後に笑顔の男には気を付けましょうと書かれていた。鍵がメインの話ではなかったが、笑顔の男は松末と清水、両方の話に出てきた人物だ。これは参考資料になるかもしれない。
宗一郎は小説をもっと読み込もうと思って借りることにした。ずっと昔に作った図書カードを図書貸出機に差し込み、本のバーコードを読み込ませると、返却日が書かれたレシートが出てくる。司書に渡さなくても借りられるなんて昔では考えられなかった。技術の進歩はすごいなと感心しつつ、早く帰って読むために足早に図書館を出た。
帰宅してすぐ部屋に籠もる。小説のページ数は少なめだし、一度目を通したから夕飯前には読み終えるだろう。集中するために窓を閉め切り、ソファの背もたれに全体重を預ける。一時間もあれば内容を頭に入れられるはずだ。宗一郎は一ページ目を捲り、再び小説の世界に没頭した。
一時間十分後、オーバーしてしまったが最後まで読み終わった。この後は感想を書こう――と思ったが、すぐに松末のことを思い出して踏みとどまる。参考になりそうなところをノートに書くのが先だ。
三十分ほどで小説内に出てきた『笑顔の男』についてまとめ終わり、今度は掲示板サイトに接続する。キーワードを絞って検索しようと思ったのだ。闇雲に探したところでお目当てのものは見つからない。それなら最初からキーワードを指定したほうが効率的だろう。
そのキーワードはもちろん『鍵』だ。
まったく、どうして早くこの考えに至らなかったのか。松末には偉そうにスマホがないと不便だろうと言ったが、自分も人に教えられるほど熟知してないじゃないか。
キーワードを指定すると、一つだけだったが鍵に関する話を見つけられた。こちらもノートに不必要な部分を削ってまとめた。あとはこれを松末に見せるだけだ。就寝時間まで何回か自分のまとめを読み返してみたが、小説の参考資料としてはまあまあ上出来だと思う。
「消える鍵を渡してくる笑顔の男、か。その鍵を使ったらどうなっちまうんだろう」
徐々にだが、宗一郎は鍵を渡してきた謎の男に興味を持ち始めていた。機会があれば実際に会って鍵を貰いたいとすら思っている。高確率で人外――幽霊の可能性が高い男かもしれないのに、鍵を使ってみたいと思うのは危険な考えだと頭ではわかっている。それでも人間、好奇心にはなかなか逆らえない。いつかわざと鍵をなくしてしまいそうだと、宗一郎は苦笑いをしてノートを閉じた。
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