場面が自動的にセッティングされたのはそれから二日後の金曜日のことだった。いつもながら美穂子の仕事の早さには感心する。そういうことがあるたびに彼女と親友やっててよかった、と思う自分はすこし嫌いだ。

 かたちとしては、ひと昔前ふうに言うところのダブルデートみたいなものらしい。美穂子は「萌ひとりじゃ不安でしょ?」とか言っていたけど、本心が違うところにあるのはすぐにわかった。きっと美穂子のほうもばれていることに気づいている。結局、私と彼女の関係というのはそういうものだ。悪い関係じゃない。

 美穂子と一緒に待ちあわせ場所である昇降口へ行くと、ふたりはもう来ていた。何度も目にしてきた、あの姿が下駄箱の前に立っている。その姿に寄り添うように立っている人が岡倉くん、なんだろう。私たちに気がつくと、岡倉くんはひょいっと手をあげてみせた。想像どおりの優しそうな、朗らかな顔つきだった。

 軽く自己紹介を済ませてから私たちは街に出た。

 雑貨店を冷やかしたあと、最近出来たばかりで話題になっているショップで男女に分かれて服を選びあった。最初はお互いにすこしぎこちない感じがあったけど、あるときからだんだんとさばけてきた。男子グループがケバくてキワドいワンピースを持ってくれば、私たち女子グループはそれに対抗して、ジョン・ウェインも裸足で逃げ出すようなコテコテのカウボーイファッションを用意して彼らに渡した。それを着た桜井くんは更衣室のなかでくるりと一回転しておどけてみせ、私たちを爆笑させた。

 そして美穂子の提案でマックに行ってもっと親交を深めよう、ということになった。

 だけど私は歩きながらもつい考えてしまう。もし、もしも桜井くんとふたりで出かけていたなら、彼はどんなプランを計画するのだろう、と。どんなふうに驚かせて、楽しませてくれるのだろうか、と。こんな無難で、けれどもおもしろみに欠ける遊びじゃなくて、もっとビックリするようなことにつきあわせてくれるんじゃないだろうか。そんなことばかり考える。桜井くんなら、桜井くんならと頭のなかで考える自分がいい加減ウザくなってくる。

「どうしたの、山野さん」

 隣で歩く桜井くんが話しかけてきた。前を見ると、美穂子は岡倉くんと並んで楽しそうに喋っている。当初の予定どおりのそんな光景が、目にしみるようにすこし痛い。

「ううん、なんでもないんです。ちょっと、さっきの先輩の格好を思い出しちゃって」

 私がさも可笑しそうに笑ってみせると、桜井くんは照れた様子で、あはは、と笑う。その笑みには如才がない。

 似合わない。まったく似合わないぞ、と思う。あのときの顔はどうした。小人を手に取っているときの、あのギラギラした眼差しはどこにいった。そしてときおり目をすっと細めたあとの満足そうな顔はどこへいった。

「そういえば先輩、進路はどうするつもりなんですか?」

「え? 山野さん、けっこう痛いところをついてくるね」

 私はそれを笑顔でかわしてみた。それにまったく気づかず桜井くんは言う。

「まぁ、適当に大学を受験するよ。滑り止めもいくつか受けてさ」

 そして桜井くんは私でも知っている大学の名前をいくつか挙げた。こっちから訊いてもいないのに。

「桜井先輩、頭いいんですね」

「そうなんだよ、そう!」私たちの会話が聞こえたらしい岡倉くんが振り返って言った。「こいつ、見かけどおり頭はいいからさぁ!」

「なんだよ、その頭は、って。それ以外はだめみたいじゃないか」

 そう言う桜井くんに、岡倉くんは大げさに肩をすくめて応えた。美穂子が笑いを堪えつつ言う。

「じゃあ、岡倉先輩はどうなんですか? 大学? 東京六大学受けちゃいますか?」

「え? 俺? あはは、俺はねー」

「ほら、人のこと笑ってる場合じゃないだろ、おまえは」

 桜井くんがそう言ってみんながウケた。だけど、きっと私の顔だけはどこか引きつっている。

 頭が痛かった。違和感がミシミシして、私を突き破ってしまいそうだ。いっそのこと、そっちのほうがマシだと思えた。

 笑っている彼の顔。その顔に、私はいろんなものを見る。長い睫毛。一本だけピンと伸びた無精ひげ。そういう、至近距離でないとわからないようなものを。

 その発見に私が胸を躍らせることは、もうない。

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