Episode9

 

 そうして、日がどんどん過ぎていき、海に能力者達が集まってきた。


ついてくるなと言ったはずなのに、明依もそこにいた。日にちを教えてないのに、ずっと毎日待ち続けていたのだろうか。


「舞浜さん、ついてこないでって言っただろーが。すみません、俺のミスです」


「いいや。居てくれていい」とメンバーの一人が言う。


「妹さんは遠くから見守ってくれれば大丈夫だから」別のメンバーもそう言った。


「え、本当にいいんですか?」溯夜が目を丸くしながら言った。


「「うん」」皆、口を揃えて言う。


「覚悟は出来てる?」溯夜は明依に向けて言った。


「はい」


「これからはどんな苦しみだって訪れる。でも、それに向きあえきれるなら、もう迷いはない」


「私もそのつもりです」


そして、一行は此城砦へと向かった。


漣はいつもなら別世界へと行ってしまうのに誰かが念をかけているのか、消えていかない。


能力者7人は紫色の丸い円のような魔法を空中にかけ、願うように指を交差し始めた。


次に英語にしか聞こえない呪文を唱え、わずかな時間も経たないうちに海が砂浜側から地平線に向けて、消えていくのが明依の目には映った。


砂が削られて沖へと向かうにつれ、深くなっていく光景が分かるが、その中に死んだはずの海憂が眠るようにうずくまっていた。


「お姉ちゃん!」明依は思わず叫んだ。


記憶も能力者の能力のお陰で戻ったのだろうか。


そして、溯夜が海憂の元へ行き、「もう一人で背負わなくていいから」と優しい言葉をかけながら肩に触れた。


すると海憂の姿が消え、消えたはずの海がこの世界へと帰ってきた。


見渡すと観光客もいる。


そう、この世界は本当の世界に生まれ変わったのだ。2つの世界が一つになり、元通りになった。これからは争いも起こるし、不潔な存在もいるし、又、今まで目を伏せてきた困難にも直面する。覚悟は出来てる?と溯夜が明依に聞いたのもそのせいだ。


平和でもあり、残酷でもある。


この世界が良いものかは分からない。けれど、もし今いる環境が愛せるのであれば、それは幸せといっていいのではないか。


筆者はそう思えるようになりたい。


気づけば明依が漣や溯夜達の近くにいた。


「溯夜さん、」そう言って泣きじゃくる明依を溯夜は抱きしめた。


「良かったです!世界が前みたいに戻って。お姉ちゃんの事も全部、思い出せました!」


「俺もそう思ってる」


抱きしめていると温もりを感じる。あったかい。お互いがそう感じているだろう。


    *************


記憶が戻った明依はすぐさま家へと帰った。母に遺書を切り取って隠してないか確認するためだ。


溯夜もそれに同伴した。


明依の家に行き、インターホンを押しても応答はなかった。なので、明依が鍵を使ってドアを開けた。そこには溯夜の読み通り、明依の母が廊下に泣き崩れていた。


そして、手には遺書がぐしゃぐしゃになっていて握られていた。


「お母さん、お姉ちゃんの事はもう忘れて」


「忘れられるわけないじゃない」


「お母様」そう言って溯夜は背中をさする。


その遺書を手から外し、明依は読み上げた。


“私はつらいです。もう生きるのがしんどいです。私はある子をいじめていてそれを楽しんでいる卑劣な人間です。最初は単なるターゲットにしやすかったから私より成績が良かったのの嫉妬心からでした。親友の砂利もちょっと引くくらい酷い事をしていて、途中から私の行為に加担してきました。でも考えてみれば私の行動は幼稚だったのかもしれません。結架に対する行為が結果的に自分を苦しめ、脅迫文まで送られてくるようになって、砂利からも親友やめようって言われました。いじめをしていくうちに楽しくなくなってきて、飽きてきて、自分がちっぽけな人間に思えてきて、日々が空虚に感じられ、いつしか死にたいと思うようになってきました。『罪有る者に裁きを』全くその通りだと思います。『殺す』とも机の中に入っていた手紙には書かれてたけど殺しに来ないので自分から死にます。お母さん、産んでくれてありがとう。お父さん、育ててくれてありがとう。いっぱい遊んだよね。私は幸せ者だった。最後に妹へ、喧嘩ばっかりしてごめんね。こんなけがれた姉を持って可哀想だったと思う。でも、これからは幸せに生きて。私も天国から見守ってます。1994年7月17日,舞浜海憂.”


これは海憂が自殺する前日に書かれた遺書だった。本当は海憂と明依の母が切り取っていたのではなかった。PMMの効果で全て海憂に関する情報や物が無くなっていたのだ。


「ばか……私のお姉ちゃんは穢れてなんかない。いじめは悪い事だけど、脅迫文が書かれた手紙を送られて苦しめられてたなんて。家ではあんなに元気そうだったのに……。ぐすっ……仲悪くても好きだったよ。誕生日プレゼントも小さい頃くれたっけ?覚えてる?私、その時嬉しかった。誰かに相談して死なないで欲しかった。自殺する人ほど“死にたい”って言わないって本当だったんだね」泣きながら、明依は手紙を読み上げ、自分の想いを表した。


溯夜も連られて涙ぐんでいる。


「そうだよ。明依の言う……通りだよ。同級生をいじめてた事は知らなかったけど、非行をしてたのは担任の先生から聞いてた。いじめをするような子に育てた覚えはないっていうけど、海憂も脅迫文送ってきた奴にいじめられてたんだよ。お母さんの育て方も悪かった。海憂がしたいじめはお母さんだけが許してあげる。結架ちゃんには謝罪して、償うしかないけれど。もっとお母さんに一度だけでも相談して欲しかった。昔から海憂は弱さを見せたり、本音を言ったりしない子だったもんね。地獄じゃなくて天国にいるといいなぁ……」そう言い切ると涙をハンカチで拭いた。


そして、笑ってみせた。


何かが、心の隅にある闇が一瞬でふっと消えたみたいだった。


二人が泣いている最中さなか、口を開いたのは溯夜だった。


「俺と舞浜さんは口には出さなかったとはいえ、舞浜さんのお姉様の遺書をお母様が隠していると疑っていました。本当に申し訳ありません。失礼極まりました。そして、舞浜さんのお姉様は当時、いじめの被害者に好意を抱いていた方から上手い話をされ、騙されて麻薬を摂っていました。これは麻薬による麻痺を伴う、間接的殺人でもあります。その方は現在、刑務所にいます。」溯夜は明依の母の気持ちを思いながら淡々と述べた。


溯夜はありのままの真実をそのまま告げた。


「遺書で疑われてた事はもういいの。でも、海憂は殺されたってことっ!!」驚いた表情で明依の母はこちらを向く。


やはり、知らないほうがいい事実もある。だけど、伝えないとこの先に進めない。


「そうです」まるで、殺人犯を言い当てるかのように溯夜は言った。


明依は勿論、この事を知っている。


ただ悲哀と憎悪と怒気が漂う空気の中、明依と溯夜は舞浜家を去っていったのだった。


    *************


 帰り道。終始無言のまま、明依と溯夜は歩いていた。アスファルトを歩く足音だけが際立って響く。


これで、数々の事柄が解決し終わった。明依と明依の母は記憶を取り戻したし、遺書は誰も隠してない事が判明し、PMMの効果だと分かった。二つに分かれていた世界は一つに戻り、完全なる平和ではなくなった。そして、麻薬を配っていた瀬戸内双子兄弟は捕まり、非行を繰り返していた夕凪砂利も逮捕された。瀬戸内の二人はただいま休学中だ。


明依は泣いている。涙がポタポタと地面に零れ落ちる。そんな明依を溯夜は肩に腕を回し、「もう、大丈夫だから」と慰めた。


「溯夜さん。私、悪くないよね?」不安そうに目で訴える明依を溯夜は

「なんで舞浜さんのせいになるの?」と聞いた。


「だって……」


「もう、分かったから。俺が舞浜さんは悪くないって認めてあげるから、もう泣かないで」


溯夜はそう励ました。少し、今回の事もあって優しくなれたのかもしれない。本人は気づいていないが。


    *************


 図書室にいつも来るはずの明依が、何日も姿を見せなかった。本があんなに好きなのに……。


溯夜はいつも通り、図書室の埃取りをする。こんなにも会えないなんて、すごく寂しかった。


(あれ?)溯夜の目からは涙が頬を流れていた。


(なんで、涙が?俺、舞浜さんのこと、、好き、なのか……?)そう思っていた時、そっと図書室の扉が開く音がした。


「舞浜さん!」


声をかけると彼女は振り向き、「溯夜さん、お久しぶりですね。って、何で泣いてるんですか?」と痛い所を付かれてしまった。


「泣いてないよ?別に。」溯夜は慌てて涙を制服のそでで拭う。


でも、明依には見透かされていたようだ。


「ひょっとして、私がいなくて寂しかったんですか?もう、本当に孤独に強いのか弱いのかハッキリさせて下さい!」


「そんなこと、あるわけねーだろ。気のせいだ」


溯夜は平静を装う。


まあ、そんなことはいいとして、明依は「お姉ちゃんの事、思い出せました。話していいですか?」と聞いた。


「いいよ」


「じゃあ、話すね。お姉ちゃんは昔はいつも笑ってて、家族を明るくさせてくれる、そんな人だったの。だけど、途中から変わった。小学校高学年くらいからだったかな。大好きだったピアノ教室も辞めて、親に反抗しだして、友達に意地悪するようになった。勉強に疲れちゃったのかな。怒ったり、泣いたり、無視されたり、私の宝物を壊したり、警察に補導されたり。思い出したくもないけど、でも昔のお姉ちゃんは好きだった。優しかったのにあんなに豹変ひょうへんするとは思いもしなかったけど。」


明依からの話は以上のようだ。


溯夜は真面目に聞いていて、そっかと頷いていた。


「今は、舞浜さんが俺を明るくさせてくれてるよ」その時、初めて自然に溯夜は笑った。


「えっ?なんですか?急に。」明依は当然ながら驚く。それから照れ笑いをしてみせた。


「その笑顔、ずるいです!」


明依は本を持ちながら溯夜の頭をべしっと叩いた。


そうして、いつもの日常が戻ってきた。笑い声、誰かと誰かの喧嘩、喋り声、騒がしさ、おいしい空気の澄み渡る廊下。その全てが学校という場所の中に確かにある。青春とはそういう事だ。






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