Epilogue


 地面に打ち付ける雨。外はザアザアと五月蝿うるさい音が鳴り響いている。


誰もいない連絡通路を歩いていると、どこからか聞き覚えのあるかすかな声が耳元に途切れ途切れに聞こえてくる。


「っやさ‥の‥が‥‥き‥‥‥」


(ん?)溯夜は訳が分からなかったが、自分に言われていることに気づいたのか後ろを振り返った。


振り返ると、そこには灰色のスカーフが目立つ、ワンピーススカートの制服を着た明依がいた。


もっと近づいてみると、今度は鮮明に聞こえた。


「その……ずっと前から溯夜さんの事が好きでした。」顔を真っ赤にしながらうつむき加減で溯夜に言った。


「今後はっ!捜査じゃなくて、スキンシップを含めた私との恋に付き合って下さい!」


「ごめんなさい……その、舞浜さんの事は俺も好きです。ただ……体に触られたりするのが怖くて、嫌なんです。」涙声で溯夜は言った。


「私でも、駄目ですか?無理やりとかしないので信じて下さい」明依は溯夜の目を力強く見つめ、確かめた。


「まだ、信じられません。だから、少し心の整理をするので待っていてもらえると嬉しいです」


「考え中ということですね、分かりました。」


そう言った後、明依は過ぎ去っていった。


(告白か……)


溯夜は自分から告白したことは一度だけあったものの、告白されたのはこれが初めてだった。

たった一回の告白は水音にしたものだった。けれども、水音は同姓愛者であり、単純に顔が可愛いからという理由だけの溯夜からの告白はあっさり断られてしまった。


明依からの告白を了承してしまうと溯夜の中で捜査の依頼人ではなく、彼女になってしまう。


しかも、溯夜にはまだ愛が分からない。どうしたら愛せるのか、その方法を知らなかった。


    *************


 3年C組の授業中、溯夜は窓を見続けていた。舞浜さんからの告白はマジでビビった。


どうしようかと考えていると、教師から「九十九里君、この問題を答えて下さい!」と言われ、我に返った。


「あ、ごめんなさい。1874年、佐賀の乱です」と慌てて答えた。


「流石、九十九里君。正解です。ただし、授業には集中して下さいね」と指摘された。


「はい」


    *************


 明依は友達の前では平然とするよう心がけていた。


早速、咲花に「溯夜くんと遊びに行ってどうだった?」と聞かれた。


「別に。溯夜さんとじゃないし。普通かな」と返事した。


「なにそれ~なんか変化あったんじゃないの?」と疑わしい目をしながら言われる。


水音には「ちょっと、明依、雰囲気変わったよね」と言われた。


「そういえば、そうだね!」と咲花も納得していた。


「そんな、変わったかな」と明依は明後日の方向を見ながら言った。


「そうだよ~溯夜くんと何かあったんだよー」と咲花はまた鋭い勘を働かせる。


「気のせいだよ」と明依は何もないふりをした。


  

 放課後、いつものように図書室に明依はウキウキしながら向かった。


返事が来るかドキドキしながら楽しみに待っていた。


「溯夜さん、この前の返事、聞かせて下さい」恐る恐る言ってみる。


「俺でよければ、いいですよ」


その言葉を待っていたかのように明依は飛びはねた。


「ほんとですか!?やったー」明依は嬉しそうにしている。


そうして、二人は恋人同士になった。もう捜査の肩書きなんていらない。いつでも会える仲だ。


いつもどおりの日々が少しずつ変わっていった。彩られていく日々。


恋人同士になってから初めて、「明依、こっちにこい」と言われ、図書室で二人きりになった静寂の中、頭をポンポンとされ、強く抱き締められた。温かいぬくもり、それは夢心地で羽毛に包まれているかのようだった。













 

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