Episode7

 

 矢岬漣を待つこと20分。振り返るとそこに彼がいた。


「矢岬、遅かったな」と溯夜は待ちくたびれたと言わんばかりにそう告げた。


「ごめん、長びいちゃって。」と漣は謝った。


「それで、麻薬の件はどうなった?」と溯夜が冷静に聞くと、

「それが……」と言葉を詰まらせた。


「名簿リストを確認したところ、怪しい人物が浮上してきた。その人物に話を聞いたところ、『分からない』、『記憶にない』、『俺らには関係ない』の一点張りだった。」


「その人物の名前は……?」


「瀬戸内湘君と瀬戸内碇君だ。両人双子で、結架さんに好意を抱いていた可能性がある。」と真剣な表情で漣は言った。


「いじめられていた結架さんを庇うために、上手い話をして、麻薬を売り捌いていたことが考えられる。」


「そうか、分かった。ありがとう」と溯夜は礼をした。



一時間前のこと――――――。


「夕凪砂利さん。聞いてますか?」


「あ゙?もうその話は終わったじゃん。しつけーなぁ!」


怒りながらポテトチップスを食い荒らす。その様はまるで何もかもが終わった、人ならざる者を見ているかのようだった。まさにこの人こそ廃人といっていい人だ。


「その、薬物鑑定をして頂きたくて、検査キットがあるので、これに息を吹きかけて下さい。」そう言って漣は検査キットを渡した。


「これに吸って吐いて下さい」


「分かった。数十万くれるんだな」


そうして、10分ほど経過すると麻薬の検査装置が陽性の色に変わった。


結果はコカイン、ヘロイン、大麻、MDMAだった。


「砂利さん、あなたは麻薬を摂取していましたね。麻薬の検査の結果、陽性反応が出ました。麻薬を吸ったり、飲んだのは覚えていますか?それとも知らずに吸っていましたか?」そう聞くと、「はあ?知らないし。麻薬なんて吸ったことないよ」と砂利は返事した。


「では、知らずに吸ったんですね。そしたら罪は軽くなります。しかし、人を騙し、金を奪ったりした詐欺・窃盗罪、複数の男性と売春行為をして金を得た売春防止法違反、その他殴ったり、物で叩きつけたりした暴力罪や店員を脅したりして、商品を持ち去った脅迫・窃盗罪等いくつかの罪に該当する為、あなたは近いうちに刑罰に処されます。」と漣は平然と説明をした。


「知らないし。あたしは悪くないっつってんだろ。この野郎。死ねよ」と砂利は暴言を吐いた。


「そういうことを僕に言っても無駄です。いつまでも楽な生活が続くと思わないほうがいいですよ。」と諭しても「うっせーなぁ!しばくぞ、オラ。」と漣が殴られそうになるだけだった。


力尽くで腕を抑えたが、一歩間違えれば怪我をするところだった。壁に当たって漣は背中が痛かった。


「もうそういう行為やめたら如何ですか?もうじき成人するんですし。」


「お前には関係ないだろ。」


「舞浜海憂さんについてお話聞かせてもらってもよろしいですか?」


ここで舞浜海憂の話題が出てきた。麻薬鑑定もそうだけど、以前から砂利は話を避けてきているので貴重な機会だ。


「みゅーのこと?もうその女の事は忘れた」


そう言って誤魔化そうとする。いつもそうだ。それでは何の解決にもならない。


「舞浜海憂さんの遺書が見つかったと溯夜から情報が入ってきました。何か隠したり、捨てたりした心当たりはありますか?」と聞くと、

「あ゙ぁ?あたしを疑ってんのか?正気か?殴られたいの?」と自分はやってないとアピールした。


「みゅーの件、まだ解決してないの?その九十九里溯夜って人と一度会って話してみたいんだけど。」と早く終わらせて欲しいという気持ちを砂利はあらわにした。


「それは出来ません。海憂さんがかけた呪いの効果で世界が真っ二つに分離してしまいました。」


「その呪いっていうのも信じられないんだけど。冗談はやめてくれる?つまんねー。」


それはそうだ。呪いとやらは万人には信じようのない話だ。でも世界が分離しているのは事実だ。


「信じなくてもいいですが、遺書は切り取ってないんですね。」と漣は確かめた。


「だから、さっきからそう言ってんだろ!死ね!」


砂利は暴言を吐いて、物を投げてきた。そして、漣の顔に命中した。


「痛い」


「疑ってばかりだから、そういうことになるんだよ。もう家には来んな、帰れ。」


言われるがまま、夕凪家を後にした。玄関の扉を閉める。そこには砂利の彼氏3~4人分の靴が散乱していた。いつまでも精神が子供のまま、浮気を繰り返し、遊びながら生きていく彼女の姿は他の誰よりも酷い惨状だった。


でも、暴力や気分の高揚などは麻薬の効果なのだろう。そう考えるとあわれに思えるかもしれない。


夕凪砂利が遺書を切り取ってないのだとしたら、残るは海憂と明依の母だ。ただし、記憶がない以上、進展がある見込みがない。


    *************


帰り道。漣は色々考えた。一先ひとまず、海憂のクラスメイトを手当たり次第、探すことにした。

そうして、聞き込みを開始してすぐ事情を知ってそうな人が現れた。同じ学年だった男子生徒3人組だ。


「中学生の時、又は高校生の時に舞浜海憂さんと夕凪砂利さんを恨んでいたり、嫌っていた人っていましたか?」


「ああ。確か、天光結架って奴をいじめてた2人だよな。それなら……」


「いじめの話は当然ながらご存知かと思いますが、ちょっと聞きたい事があるんです」と漣は水が流れるかのように言った。


「そういえば、瀬戸内碇せとうち いかりだっけ?天光にラブレター渡したとかなんとかって噂になってたって。」


「その話マジ?」別の男子生徒が口を入れた。


噂だから人それぞれ証言が異なるかもしれない。だけど、これは有力情報だ。好きな人がいじめられているのを見過ごせなかった可能性も充分ある。


「その話は本当ですか?」漣も続いて同じことを聞いた。


「合ってるかは分かんねーけど。天光って成績優秀だったし、顔も普通に可愛いし。友達とかで好きだったって奴もいたし、モテてたみたいだよ。」


「ありがとうございます。良い情報源になりました。それでは僕はこれで。」そう言って、歩道橋の別方面へと歩き出した。


漣はすぐに名簿リストを確認した。その名簿には瀬戸内せとうちという苗字の人物が二人いた。瀬戸内湘せとうち しょうと瀬戸内碇だ。双子の可能性が高い。

しばらくすると、海憂・砂利と同じクラスだったという女子生徒2人組に遭遇した。


「突然、すみません。瀬戸内湘君と碇君について知っていたら何か情報頂きたいのですが……。それと舞浜海憂さんと夕凪砂利さんを恨んでいたり、嫌っていた人って他にいましたか?」と漣は聞いた。


「あー!瀬戸内君?二人とも結架の事、好きだったみたいだよ。こくるとか言ってたけど、結局告白はせずに終わったんじゃなかったかな。」


「告白しないと負けみたいなゲームあったよね」


「そんな賭け事のようなことがあったんですね。」と漣は冷静に返した。


「その瀬戸内湘君と瀬戸内碇君は双子ですか?」


「そうだよー」と2人は口ずさむ。


「そういえばアンタ誰?」女子生徒の一人が急に聞いてきた。


「僕は探偵助手です。ある方から依頼されてまして。それで聞き込みとして今、話をしています。でも、込み入った話に付き合わせてしまってすみません。有難うございます。」と漣は軽く自分について話した。


「それにしても双子で同じ人を好きになるのは偶然というか取り合いになりそう。そんな気はしませんか?」


「そんなことなかったよ」と女子生徒は言った。


「あーでも、あれがあった。夕凪砂利って子は瀬戸内君の事が一時期好きだったって話を聞いたことがあるからワケアリかも。」


「だから、いじめに走って……。そういうことでしたか。」と漣が言うと、

「それはないない。いじめを始め出したのも海憂の方からだったし、理由は成績優秀で大人しくて狙いやすかったのと男に媚び売ってたとか何とかだったし。本人にその気は無かったんだろうけど」と否定された。


「まあ、兎に角、誰でもよかったんじゃない?」


「分かりました。情報ありがとうございました。それでは僕はこれで。」と帰ろうとする漣に、「ちょっと待って。海憂って、死んじゃったよね。何ていうかご愁傷様しゅうしょうさまです。お悔やみ申し上げます」と女子生徒は丁寧に追悼ついとうを述べた。


続けてもう一人の女子生徒も「いじめていたのはいけない事だと思うけど、親友が亡くなったみたいでショックだった。体育祭の時、励ましてくれたし。ご冥福お祈りします」と追悼の辞を述べた。


「本人の妹は生き残ってるし、伝えておくよ。良い言葉をありがとう。」そう言って今度こそはその場を立ち去った。


スタスタと人と人の間を器用にすり抜けていく。(今日中に瀬戸内君二人を見つけないと……)と焦る反面、漣は時間を気にしていた。別世界へ行ける能力を持ってはいるが、平行世界であるため、年齢が止まった状態でキープされてしまう。漣が今までで本当の世界に来た時間を総計算すると数ヶ月は年齢が遅れていることになる。


実際、明依と溯夜が待っているので長くはここにいられない。


そう思っていた矢先、瀬戸内湘と碇に似た顔の人物が横を通り過ぎようとしていた。


「あ、ちょっと!」急いで声をかける。


「なんすか?」湘らしき人物が返事した。


「瀬戸内湘君と瀬戸内碇君で間違えないですか?合っていたらお伺いしておきたいのですが、長話になってもよろしいですよね。」


「そうだけど。ってキモ。何で俺らの名前知ってるの?それより先にお前の名前は?」と湘は言う。


「矢岬漣です。探偵助手をしています。現在、貴方方あなたがたに麻薬所持及び密売の疑いがかけられています。警察にも情報を送致しました。」


「はあぁっ!?って嘘だろ。ちょっと待ってくれよ。」と湘は驚いた様子を見せた。


「落ち着け、湘。」と碇は言った。


そんな事をお構い無しに漣は「麻薬を持っていたり、人にあげたりしていた事に見に覚えはありますか?」と聞いた。


「そんなのない。記憶違いじゃねーの。証拠は?誰が俺達が麻薬やってるって言ってたんだよ!」と急に怒り出した。


「麻薬やってたんですね」凜とした表情でそう論破した。


二人とも少し動揺した様子を見せたがすぐに、「証拠は?」としつこく質問を繰り返されるだけだった。


「これからどこかへ行かれるご予定とかありますか?」と聞くと、

五月蝿うるさいお前に関わりたくない。帰る。」


「ついてくんなよ。このストーカーッ」


という如何いかにも嫌そうな素振そぶりを見せた。


「帰るんですね。家にもしかすると麻薬があるかもしれないので僕もついていきます」とあっさりと漣はこう述べた。


だが、湘と碇は全速力でダッシュし、逃げようとした為、慌てて漣も二人を追いかけた。


古びたアパートの階段を駆け上がる二人が目に見えたので、漣は階段を上って3階の一室へと辿り着き、鍵を先に掛けられた為、ピッキングしてドアを開けた。


「あー!って入ってくんな。住居侵入罪で矢岬さんの方が捕まりますよ」と碇は諭すように言った。


「俺らヤバくね?この状況どうにかしないと」湘はまだ焦りが隠せないようだった。


漣は靴を脱ぎ、廊下を歩いていった。


「もし、仮に麻薬捜査を妨害した場合、職務執行妨害罪が成立します。法の強制力があるので、僕が捕まることはありません。探偵も職業の一種ですから。」


漣にそう言われた湘と碇は「じゃあ、ぐちゃぐちゃに荒らさない事を条件に自由に探して下さい。もし見つからなければ虚偽の疑いをかけられたことになるので、その場合は俺と湘に謝って下さいね。」と捜査をしっかり了承した。


そして、探し始めて15分。結局、麻薬に似た物は見つからなかった。物置小屋や押し入れ、入りやすそうな怪しい引きだし等も隈無く探したが、これといった薬物は見当たらない。


(もしかしたら別の場所や瀬戸内家の実家、あるいは誰かに売り払った後かもしれない。諦めて手を引くか)と思っていたその時、瀬戸内湘の持つ携帯に一本の電話が掛かってきた。


「その音声をオンにしてくれ」と漣が頼むと、湘はもう勘弁してくれと言わんばかりにスピーカーにして音声をオンにした。


そして、電話口から「大麻、1970万で売れた。サンキューな。」という50代くらいの男性の声が聴こえた。


「やっぱり、瀬戸内君二人も関わってたんだ。部屋にはいくら探しても無かったけど、麻薬を渡していたりしていたのは今の通話で分かった。それも立派な犯罪だ。」と漣は言った。


「ああ。また何かあったら頼んでほしい」と湘はその電話主に返し、電話を切ろうとしたが、漣はすかさず「ちょっと待て。大麻売るのはいけない行為だ!」と激しく叱責するが全く耳には届かない。当然、びる気もない。


「おい。誰かいるのか?聞いたことない声だな。」と電話主は言う。


「じゃあ、切るから。またな」と湘に切られ、通話は終わった。


「はぁ……」と漣は溜め息をつく。


あともうちょっとだったのに。なんだかやるせない。


漣の事をいない人間だと思うかのように考えず、「だから言っただろ。この部屋には無いって。あれだけ探して無かったんだから謝れよ。」

「そうだよ。疑われた俺らの気持ちにもなってみろよ。気分、害された。頭が狂う。」と二人はやっていないアピールをした。


「でも、さっきの電話はなんだったんだ。大麻ってはっきり聞こえたぞ。」


「それは……」さすがの二人もその言葉には言い返せず、言葉を詰まらした。


「でも、疑って、家まで押し入るように入ったのは良くなかった。反省してます。ごめんなさい」と漣は謝罪し、

「ですが、どこかで麻薬を持っている、若しくは製造している疑いは晴れませんのでそれだけは言っておきます。」と冷静に事実を告げた。


そうして、麻薬が見つからなかった為に玄関へと向かい、帰る準備をした。そして、漣が靴を履こうとしたその時、誰かの(瀬戸内兄弟の父親の物だろうか)黒い靴の中に白い粉の入った袋を見つけた。 


「あっ!」思わず声をあげた。


――――だから部屋とか探していいって言われたのか――――


「見つけてしまいました」そう言って、二人の目の前に袋を掲げる。


「これは指定薬物の何かではないのか?」と問う。


テンパる湘と碇。折角、バレないような隠し場所に隠しておいたのに……という諦観の表情を見せた。


黙る二人に漣は追い討ちをかけるかのように「これは大麻かコカイン、ヘロインのどれかですよね?」と問い質した。


そして遂に湘が「間違えねーけど、今から逮捕でもする気か?」と自白した。


「警察に今から連絡入れますね。証拠も見つかっていますし、逮捕されるかはこれから次第ですね。覚悟していて下さい。」そう言い渡した。


漣が警察に連絡を入れて数分後、警察が来た。証拠を見せ、湘と碇は言われるがまま、パトカーへと乗せられ、無事警察に連行された。


書類送検もじきにされるだろう。夕凪砂利の事も警察に通報済なため、逮捕されるのは時間の問題だ。


そして、ひと仕事終えた漣は本当の世界の此城砦の頂上に乗り、PMM効果により作られた明依達のいる世界へと戻った。


    *************


 戻ると明依と溯夜らしき人がいたので、急いで漣は駆け寄った。


「それで彼は今、どこに?警察にいるのか?夕凪砂利は捕まった?」溯夜からの質問攻めに疲れ果てた漣はちょっと待ってというポーズをした。


少し間を取ってから、

「瀬戸内君は刑務所で事情聴取をされています。夕凪砂利さんは罪が多いので、一つ一つ片付けないといけないらしいです。書類送検はもうなされていますが。だけれども夕凪砂利さんはニートですが、瀬戸内の双子君は大学在学中なので色々と大変でしょうね。」と漣は言った。


「にしても、そんな事があったんだな」疲れた顔をする漣に溯夜はねぎらいの言葉をかけた。


「ああ。」


「瀬戸内って人の家から麻薬が見つかったんだろ。聞き込みでもいじめられてた天光さんの事が好きだったって噂されてるんだから、間違いなく瀬戸内双子は黒だろう。夕凪砂利も早く捕まってくれればいいのにな。」と義理の父親が警察官だってだけの内部の苦労も知らない溯夜は軽々しく言う。


「そんな簡単に事が進んでれば、こっちはこんなに疲れたり、苦労したりしないよ」と漣は大人は大変なんだという雰囲気を出した。


「本当にお仕事お疲れ様です。姉の事でこんなに親身になってくれたのは矢岬さんが初めてです!」と満面の笑みで明依は感謝した。


「ちょっと待って。矢岬が初めてって、だったら調べるの手伝った俺は?」と溯夜はまるで自分は何もしていないと言われ、落胆らくたんした犬のような目で聞いた。


その意外な言葉に明依は、「溯夜さんは別です。姉の件では凄く助かってます。ですけど、警察と連携してなさそうですし、今回みたいに手柄を何も立てたりしてないじゃないですか。」と否定と肯定を同時にし、事実を口にした。


それに対し、溯夜は「警察とは連携してるよ!父親は警察官だし、情報も渡してるし。手柄になるのは能力の問題とか逮捕に至るまでは大人の特権とか色々あるんだよ。俺にも感謝しろ」と抗議を申した。


「舞浜ちゃん、溯夜は僕と比較されるのを嫌うから、あんまりそういうこと言わない方がいいよ」と優しくアドバイスした。


「それに溯夜は探偵で、僕は探偵助手だし。今回の件は溯夜が透視能力で麻薬を見つけてくれたから砂利さんから麻薬が検出され、瀬戸内君まで辿り着けたんだから。」と続けて言った。


「そうですね。溯夜さんもありがとうございます!!でも、どうして張り合っているんですか。ライバル意識しなくていいじゃん」


「なんか負けた気がして悔しい、から?」


「なんですか、それ。とにかく負けず嫌いなんですね。溯夜さんって。そういうとこ可愛いです」


ツッコまれた溯夜は半分照れたような顔を見せ、再びいつもの冷めた顔に戻った。


ポカリスエットを飲みながらこうして話しているうちに時間が経過し、気づけば夕方になっていた。


漣は先に帰っていった。海に残る二人。もう夕日が沈みそうだ。捜査に時間を掛けたからだ。夕凪砂利は麻薬をやっていて、瀬戸内の双子が結架に好意を抱いていたという情報が漣のお陰で入ってきた。だから、麻薬を売りさばいていた説が濃厚だろう。


そして、世界を一つに戻すのか。(それは俺が決めなければいけない)と溯夜は思った。

舞浜さんをこれ以上不運にさせたくない。このままの明るい彼女でいてほしい。それが溯夜の願いだった。


「舞浜さん、もしこの世界が争いだらけになったら性格が純粋で明るく振る舞ってくれる舞浜さんじゃなくなりますか?」と不安げな声で言った。


「そんなことないですよ。何言ってるんですか、どうなろうと私はこのままです!」と笑顔で返された。


「そ、それなら世界を元通りにしよう。今じゃないけれど」


了承したように彼女はくるりと回った。本当に幼いなぁと溯夜は明依の事を常々思うが、明依には自分がどう思われているのかが分からなかった。勿論、漣がさっき口にした“好き”だってことも。


(それにしても告白の件、忘れてくれて良かったな)溯夜は安心した様子で胸を撫で下ろした。


《「くーちゃん」

 「何?とわねえ」

 その小学生らしい容姿をした少女は貝殻を手に持ち、見せてくる。

 

 「見て、綺麗でしょ」

 「ほんとだ。僕も巻き貝拾ったよ」

 「くーちゃん、スゴい。私はカニ捕まえた」

 こちらも最初に貝を披露した少女よりは少し幼い少女だ。

 

 「海、綺麗だね」

 「ね。」

 そう口を揃えるともう夕日が沈む頃合いだった。

 

 「もう、こんな時間だし、帰りましょう」

 3人は母にそう言われ、この海を後にした。

 もう二度と来れないことをみんなその時は知らなかった。》


いつぶりだろう。昔の頃のことが頭に浮かんでくるのは。溯夜は息を吐くのだった。


水平線から太陽が沈み始める。波の音が静かに耳に入ってくる。潮の匂いも感じる。階段に座り、溯夜は明依の掌の上に掌を重ね合わせた。


「綺麗ですね」


「ですね。ずっとこのままこうしていたい」


二人は夕日が沈むのを待った。


まるで輝いた星のようだった。

































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