第4章 海での調査

Episode6

 

 翌日、明依が朝食を食べてから、玄関を開けるとそこには学生カバンを背負った制服姿の溯夜がいた。


「おはようございます」


「って、え!?溯夜さん?何でこんな所にいるんですか?」驚いた拍子で明依は腰を抜かしそうになる。


「お迎えに来ました。今日は晴れていて、気持ちがいいですね。」


「全然、気持ちよくないです!天気は気持ちよくても、心はとっても気持ち悪いです!!」と明依は怒った顔でドアを閉めた。


「今日は舞浜さんの為に早起きしたんですよ。誉めて下さい」と溯夜が言うと、

「あのー大体でいいですけど、もしかして私の事、好きなんですか?」と明依はうっかり恥ずかしい質問をしてしまった。


溯夜は急に表情を変え、「それは恋愛の意味ですか?それとも人間としての意味ですか?当たり前ですが、恋愛の意味でも人間としても俺が舞浜さんの事を好きになるはずがないです。もちろん嫌いですよ。」と言った。


「嫌いな人間によく早起きしてまでお迎えに来れますね」と明依は皮肉を口にした。


「それに溯夜さん、方向音痴じゃなかったでしたっけ?」

思い出したように明依が言うと、

溯夜は「わざわざ、舞浜さんの家までの道を知る為に、地図まで買いました」と言った。


「嫌いな人の為にそこまで出来るんですね、感激します!本当に“好き”と“嫌い”の意味分かってますか?」


「分かってます」


「今日が舞浜さんとの人生初登校になるのか」


「そうですね。一緒に行く予定ではなかったですがね」


「舞浜さんって得意科目とかありますか?」と溯夜が聞くと

「得意科目……」明依は少し悩んで顎に手を当てた。


「理科と音楽と数学かな」と明依は言った。


「ほぼ、理系ですね」


「そうです。リケジョです」


「溯夜さんは苦手科目ってあるんですか?」と明依が聞いても首を横に振るだけだった。


「まあ、いていうなら体育とか。」と溯夜が言った途端、明依は「私も体育苦手です!あと英語も」と同意した。


「あれですか。英語は補習受けてるかんじですか?」意表をついたように聞いてみた。


「そうなんです。補習常連です。この前の定期テストは学年ワースト12位で……最悪ですよね。」


「ああ。何とも言えねーな」溯夜は呆れてしまっている。


校門まであと少しの距離だ。お日様がギラギラと塀を打ちつけていた。暑い真夏の日差しは明依と溯夜をも照らし続けていた。


「今日って確か1時間目英語じゃなかったっけ?」と溯夜が言った。


「あ!ノート忘れた」

焦った様子でカバンの中を探すがない。


「やっちゃったな」と溯夜は言う。


「その、英語のノート貸してくれませんか?」


「いいけど、何時間目?」と溯夜が聞くと、「5時間目です」と明依は言った。


「分かった。おーけー。」と溯夜が言うと、助かった~というような表情を見せ、明依は「ありがとうございます!」と笑顔で溯夜の方を向いて、学校まで小走りした。


こうして、慌ただしい1日が始まった。HRが始まるまでまだ時間はたっぷりある。


    *************


放課後。いつもの場所に行くとそこには、本を片手に持った溯夜がいた。本をペラペラとめくり、集中している様子だ。


「何の本読んでるんですか?」と明依が聞いても教えてはくれなかった。


「あ、舞浜さん。さっきのでよかった?」


「よかったよー」


「やってるとこ同じで助かった。ありがとう」

そう微笑みながら溯夜のほうに近付く。


「そう言ってもらえて光栄だよ」と溯夜は言った。


静かな時が流れる。時計の針の音だけが、ちょっとだけ耳に入ってくる。


「あの、今度の休日、俺と一緒に海に行きませんか?」


「は?」突然の誘いに驚きが隠せなかった。


(え、待って。これってデート?いやいやそんなわけ……って、はああぁあああっ!?)


「やだ?だったらいいけど。別の人誘うから。ってそんな人俺にはいなかったわ……」残念そうに溯夜は言う。


「やじゃないけど。溯夜さん、何考えてるんですか?これってデートってことですか。」明依は照れ隠しをしながら聞く。


「デートって……付き合ってるわけでもないのに。捜査だよ。君の姉さんが死んだ海に。それとも怖い?怖いなら無理にとは言わないけど。」と溯夜は言った。


「記憶がないので怖くないです!一緒に行きましょう、その海へ。」と言い、続けて

「でも、言われてみれば自殺者が出た海に行くのは少し怖いですね。」と明依は躊躇ためらった。


躊躇っている明依に溯夜は同情し、頷いてみせた。


そして、本を閉じ、「じゃあ、日にちはいつにしますか?」と溯夜が言うと、

「今週の日曜日で」と明依は返事した。


「分かった」と溯夜は言った。


「じゃあな。」と言い、カバンを背負って図書室を出ていこうとする溯夜に「今日は一緒に帰らないんですか?」と明依は言った。


「今日は、ちょっと……」と断り、溯夜は図書室を後にした。


(今週の日曜日か、。)胸騒ぎがした。

明依は胸に手を当て、大丈夫だよね?と自分を確かめた。


    *************


 金曜日。机の中を見てみると手紙が入っていた。一瞬、ラブレターかと思って溯夜はヒヤリとした。

(気のせいだ……)そう信じて封を開けてみる。


そこには可愛い字で『付森 昨夜君へ この前はノート貸してくれてありがとう。印象と違って字、きれいですね。感激しました!また、何かあったら、教科書でもノートでも貸して下さい! 舞浜明依より』と書かれていた。


(あ?なんだこれ。漢字間違えてるじゃん。てか、印象と違ってって失礼すぎだろ。にしても、わざわざ手紙まで……あいつも少し大人になったな。)と溯夜は思った。


今週の日曜日は明依と海に行く約束をした。確かにそれはそうだけど、溯夜にとっては初めて訪れる休日の予定だった。

これまで溯夜はどこかに誰かと行くということが無かった為、どういう服を着ていけばいいかとか何時ごろにどこで集合すればいいかとか、そういうのが分かっていない。

とにかく、こういうことに無縁なのだ。


溯夜は制服で行こうと考えていた。デートなんぞにそうそう興味はない。


(あとは矢岬が来てくれるかだな)そうひそかに企んでいた。


その頃、明依は宿題で切羽せっぱ詰まっているのと同時に溯夜と海へ行く事も考えていた。


(あー好きな人との初デート。どういう服着ていこうかな。私服ダサいって言われたらどうしよう。家に来られた時点で恋愛みたいなことになってない?気づかなかった私はバカ……。今更、どうしたって手遅れなのは分かっているけど。)


捜査、捜査と明依は頭の中で思考を正しい方向へと転換させていた。これはあくまで捜査をする為に溯夜さんと私が海に行って調査する。お姉ちゃんが自殺した理由や誰かに殺された可能性を消す為に。


「明依、あのさー今週の土曜日か日曜日、どっか行かない?」と咲花が聞いてきた。


「え……日曜日は無理!私、仕事があるの!」と下手な誤魔化し方しか私には出来なかった。


「仕事?明依、バイトやってないよね?それに校則で中学生はバイト禁止なはずじゃ……」


「あ、分かった!溯夜くんと遊びに行くんだ!!」と勘の良い咲花は的を突いてきた。表情は勝ち誇ったような顔をしている。


「違うし……」否定しているが、顔に出ている。


「じゃあ、土曜日で決まりね。」


「水音も行かない?」と咲花が誘うと、

「ごめんね。土日は水泳部の練習と大会があって……」と水音はやや寂しげに断った。


「そっか。部活頑張ってね」


「うん……。」


「それじゃ土曜日、どこ行こっか。」と咲花に場所まで聞かれ、明依は迷っている。


二日連続で予定が入るなんて忙しすぎる。私って人気者だなぁとつくづく明依は思った。

日曜日は海に行く予定だし。土曜日は咲花と出かけるのだ。場所は水族館や動物園は子どもらしすぎるし、喫茶店だと咲花と予定開けてまで行く場所じゃないなと思ったので、「ショッピングとか?都会でふらふら歩いて見よう」と言ってみた。


「それいいねー!」案外、咲花はノリ気のようだ。


「じゃ、ショッピングで決定ね。」


そして、土曜日は咲花と東京巡りに行くことになった。


あっという間に月日は流れ、東京でオシャレな洋服や高級なお菓子を買い、散々、咲花の波乱万丈さに付き合わされた挙げ句、お小遣いがだいぶ減ってしまった。


疲れた。そう思って浴槽に浸かる。あったかいお湯だから心も体の疲れも癒される。


(明日か……)


窓の外を見つめた。溯夜さんは今頃なにしてるのだろうと考えつつ、顔の半分くらいが浸かるまで下へとずれていった。


    *************


そして、ついにこの日がやってきた。

約束の時間より早く着いちゃったけど、それはそれでいいかもしれない。


風でワンピースが揺れる。渚から少し離れた海岸沿いの小道を歩く少女――明依。彼女はこの日の為に昨日買ったお気に入りのチェック柄のワンピースで、海憂が死んだ海に来た。

太陽の光でチェック模様が眩しくより鮮やかに見える。


(昨日は咲花と買い物が出来て良かったな。溯夜さんはまだかな……)


そう思って砂浜に目を向けると、そこには普段と変わらない溯夜の姿があった。


あっ!と思って駆け足で彼の方へと急いでいった。


「溯夜さん!おはよう。って何で制服なんですか?」と明依が言っても反応は無かった。


「ちょっと聞いてますか?」と再度、声を掛けると、「おはよう、舞浜さん。」と柔らかい表情で挨拶が返ってきた。


「ちょっと遅かったね」と溯夜は言ったが、

「さっきからいましたよ。溯夜さんはいつからいたのか知りませんけど、いたなら探してください」

そう要求した。


「それより、私の話なんで無視するんですか?」


「波の音を聞いてた」


「は?なにそれ」


確かに波の音は静かで心地いい音ではあるけれども、それを楽しむ溯夜の気持ちは到底、理解しづらい。


「まあ、波の音が素晴らしいのは分かりましたけど……」


溯夜は相変わらず制服で来ていた。白いワイシャツに黒色のズボンに白い靴下、そして靴だけがいつもとは違い、海に適した靴だった。


「ツッコミどころ満載なんですけど。何故、あなたは制服でこの場所に来ているのですか?」と謎の生物を見るかのように聞いてみた。


「え、なんでって制服で来ちゃいけないの?」当たり前のように彼は言った。


「いやーこういう時こそファッションにこだわるべきでしょう。溯夜さん、爽やかなんだし、海コーデとか着てみたら絶対、似合うしカッコいいと思うのに……」と残念そうに言った。


正直、期待していた。溯夜の私服姿が見られる絶好のチャンスだと思ったのに。


「えぇ……そう言われても困るよ。俺、そういうのに興味ねーし。」


「ああ、そう。別に制服でも悪いわけじゃないから気にしないで」と明依はキッパリと投げ捨てた。


(そのワンピース可愛いねとか言ってくれたらいいのに……)


青空を見上げながら、海の香りを感じつつ、明依は嘆いていた。さっきから、悲しそうな顔をしている。


「元気なさそうだけど大丈夫?」


「へーき」


「そ。それならいいんだけど。君の姉さんが死んだ場所はこのあたりだ。」と溯夜は明かした。


「ふーん。どこかから飛び降りたわけでもないんだ。」と明依は言った。


「だから不自然なんだよね」


普通、海で入水自殺を謀る場合、崖などから飛び込む事が多い。それなのに海憂は砂浜から普通に入っていったらしい。そうなると苦しみは相当なものだろう。


「ちょっと君の力を貸してくれないか?」と溯夜は言った。


「へ?私、力なんて持ってませんけど……」


「そう?舞浜さんならこの海で余裕に泳げそうな気するけど。」


「泳ぐ?何考えてると思いきや、そんな大それた発想をお持ちだったんですね。」


「泳ごうと思えば泳げますけど、泳ぎませんよ」と明依ははっきりと言った。


「ああ、それは残念」


そうしたら、溯夜の透視能力を使うしかなくなる。


溯夜は両手を顔の前にかざして、そっとひと呼吸おいた後、数年前の海にいる海憂をてきた。


そこには白いワンピースを着た海憂がいて、そして砂浜に横たわっていた。目を閉じているようだから気絶、若しくは死亡しているのかもしれない。


「お姉さんは7月の18日の午後に白いワンピースを着てませんでしたか?」


急に事細かく、こういうようなことを言われても困る。明依は唖然としている。


「何の事ですか?姉が白いワンピースを着ていたかなんて覚えていません」


「でも、確かにあの部屋で見た海憂さんらしき人にそっくりだった」と溯夜は言う。


「また、透視能力使ったんですか?それに気絶してない!!」


「使ってるうちに慣れてきました」涼しい顔で気取っていた。


「ああ、で、倒れてたよ。」


「姉がですか!?眠っていたのかもしれないですよ」


「そうかもしれないけどな」


これだけだと何とも言えない。判断はしづらいだろう。だが、他殺の可能性が浮上してきた。


    *************


どこからともなく足音がしてきた。後ろを振り返ると、茶髪の青年がいた。


「おはよう、溯夜。」


「おはよ、遅かったね」と溯夜は言った。


「ごめん。ちょっとそっちの仕事で手間取っちゃってね」と茶髪の青年が言った。


「あの、お知り合いですか?」と明依は謎めいた表情で聞いた。


「ああ。この人はね、前に言ったと思うけど俺の探偵助手です」


「はじめまして、明依さん。話は溯夜から伺ってます。僕は矢岬漣っていいます。よろしくね」と漣は自己紹介した。


明依も「はじめまして。舞浜明依です」と丁寧に自己紹介した。


「それで、舞浜海憂さんの自殺案件の事だけど、これが入手した当時の学生名簿だ」


そう言って黒い名簿を掲げた。


「これって私の姉のクラスの名簿ですか?どうやって手に入れたんですか?」と明依は困惑した様子で聞き入っている。


「僕は本当の世界に行けてね。それで、さっき取りに行ってた。海憂さんもここにいるよ」と言い、海憂の写真が写っている場所を指差す。


「これが……お姉ちゃん。初めて見た」


「あれ?明依さんはお姉さんの記憶が無いの?」と漣は不思議そうに言った。


「あ、俺の説明不足だったね。舞浜さんは姉の記憶が薄く、曖昧になってます。PMMの効果です」と溯夜は言った。


「そっか。了解」


「それで本当の世界っていうのは呪われてない世界で合ってますか?」と確認の為に明依は聞いた。


「そうです」と漣は答えた。


風がぴゅーっと吹き荒れてきた。涼しい。

砂が舞っている。海の匂いも風と共にやってきた。


「明依さん、そのワンピース可愛いね」と漣が良いタイミングで口を挟んできた。


「ありがとうございます」と笑顔で明依は応えた。


「あ、でも風でめくれちゃうよ。大丈夫?」と気遣ってくれるが、

「全然大丈夫です。ご心配なさらず。」と明依はそそくさに恥じた。


(私は溯夜さんにワンピース似合うねとか可愛いって言われたいのに……)と明依の心の中ではぶつぶつとこういう言葉が次々と出てきた。


「矢岬、数分前に能力使ったんだけど、その時、舞浜海憂の脳内から麻薬が視えたんだ」と溯夜は冷静に話をこぼした。


「それは本当か!?」と漣は驚いた表情で問い詰める。


「嘘じゃないに決まってるだろ。LSDとヘロイン、ディスピアンが今の時点で検出された」と溯夜は淡々と口にした。


明依にはさっぱり理解が難しい内容だ。


「麻薬ってあれですよね。授業で聞いたことあります。でも、法律で禁止されてますよね。姉は麻薬やってたんですか?」と明依は言った。


「多分、集団内で譲渡しあっていたんだろう」と溯夜は言い、続けて、

「矢岬は麻薬を売っていた人間を特定、そして調べてくれないか?」と漣に言った。


「分かった」と漣は頷いた。


ここで麻薬の話が浮上した。他に麻薬を吸っている可能性のある人物と言えば夕凪砂利だ。でも、誰が配っていたんだろう……


「夕凪砂利の様子はどうだった?」


「変わらず荒れ果てていたよ」と呆れながら漣は言った。


「そっか……」


「関わるのも正直、面倒いくらい」


「だろうな。お疲れ様。俺だったらそんな捜査ぜってー嫌だけど」と溯夜は他人事のように呟いた。


「溯夜からの指示で動いてんだけど」と漣は冷静にツッコんだ。


水平線から太陽が昇ってくる。3人は太陽を見つめていた。ここの海は透きとおっていて、綺麗な海だ。珊瑚礁が辺り一面を覆いつくしていて、いろんな魚が泳いでいる。ここからの見晴らしも良い。


デートにはうってつけの素晴らしい場所だった。


「そういえば昼ご飯どこで食べる?」ふいに溯夜が聞いてきた。


「ファミレスとか?」と明依は言った。


「いいね、それ。」と漣も納得した様子だった。


そうして、昼ご飯は海から近いレストランで食べることになった。


明依は溯夜達とは離れて、少し砂で遊んでいた。お城のような山を砂で固めて作っていた。ただ一人で。


その頃、溯夜と漣はさっきの麻薬の話をしていた。


「海憂さんが吸っていたのは幻覚、幻聴作用があるLSD、不安の抑制、興奮作用があるヘロイン、そして神経細胞を麻痺させるディスピアンというわけだね」


「そうですね」


「だから、案の定海に入っていっても苦しい感覚がないから平気で普通に自殺できた」完全自殺をさも凄いことのように言う溯夜に漣は怒りを覚えた。


「明依さんがもし聞いてたらどうするんですか?故人に対して不謹慎すぎます。」と落ち着いた口調で訴えた。


「そんなに不謹慎な事言った?俺。まあいいや。夕凪砂利も興奮作用のある麻薬を摂取している可能性がありそうだな」溯夜は悪びれることなく語った。


「砂利さんも薬物中毒者(未定)の候補として今後、薬物鑑定する予定です」


「ああ。それなら安心した。そうしてくれ」と溯夜は依頼した。


二人は階段で手を宙ぶらりんにさせて、ポカリスエットを飲みながら座っている。ポカリスエットは先ほど自動販売機で買ったのだ。


「もう、本当の世界に戻した方がよくないか?溯夜と僕を含め七人集めて、海に能力を注いだら可能なんだし。」と漣は提案した。


だが、「それはそうなんだけど。あいつにはまだ、全てを受け止める覚悟が出来てない。それに幸せな日常を楽しんでいる者もいる」と溯夜は反論した。


「それともあれか?溯夜も過去に向き合えない自分がいるから嫌なのか?でも溯夜の脳は元には戻らないからノーダメージなんだよね……。」


「俺の事はどうでもいい。」


こうして、ポカリスエットを階段で飲んでいる間に時間は過ぎた。


「そういえば、明依さん、一人にしてて大丈夫なの?」


溯夜は(あ、そうだ!)と思い出したかのように慌てたそぶりを見せる。


「まあ、あいつの事だし、大丈夫じゃね?ほら、あそこにいるし。」


本当に溯夜と漣の視界の範囲内に明依はいる。楽しそうに砂遊びしてるし、もう少々話をするかというムードになった。


漣は缶の酒を飲んでいるからか、さっきまでの敬語口調ではなくなっている。完全に遊んでいるような話し方だ。そして、溯夜は漣の遊び相手になっているみたいだった。


「最初に僕が明依さんと会った時の事だけど、僕はそのワンピース可愛いねって明依さんに言ってたじゃん?溯夜は明依さんに“ワンピース可愛いね”とか“晴れてる時に君と海に行けて良かった”とか言ったの?」と漣は当然のように言った。


「言ってないけど」と溯夜は真顔で即答した。


「なんで言わないんだよ。絶対、舞浜明依って子、溯夜の事好きだぞ。それに、とっくに付き合ってるのかと思ってた。僕が明依さんを落としてるみたいじゃねーか。」と気が狂ったような顔で言った。


「は?意味分かんないし。どこで、そういう解釈になるの?まだ“好きだ”とも言われてないし。舞浜さんに好かれてるとかキモい。」と溯夜は率直な感想を述べた。


(キモいとか言われたら明依さん余計悲しむよ)と漣は思った。


「じゃあ、お前から“好き”って今日、海で告白しなければ溯夜の本名も家族絡みの事も全てバラす」と漣に溯夜は脅迫された。


「いやいや。舞浜さんとは関係無いし、無意味だよ。それとは別に好きでもない相手に“好き”って言うなんて無理だし……」と後ろめたさも交えて溯夜は言った。


漣の言う通り、照れた顔とか漣がワンピース可愛いって言った後の残念そうな顔とか悲しそうな顔とかも目に見えて分かった。今の明依は元気がない。


「そういう所だよ。溯夜の悪い癖。いつも冷静でいるのはいいけど、女の子に冷たく当たる所とか人をイラつかせる口の悪さや言動とか人間に興味を示さない所とかが悪いと思う。僕も溯夜のそういう所が嫌いだ」と漣は溯夜に厳しく当たった。


「なんだよそれ。全部ダメ出しじゃん。悪い部分ばかりで嫌な気持ちになる。ちょっとお酒の飲み過ぎじゃない?」と溯夜は漣を逆に批判した。


「かもしれない。言い過ぎた」


酒の力で告白の話は忘れてくれるかもしれないと溯夜はせつに願った。もし、漣が忘れてくれず、バラされても溯夜は告白はしないつもりだった。


もう11時近い。明依を迎えに行って明依の希望でファミレスに行った。


ドアを開けると冷房の涼しさに魅了されるばかりだった。なにせ、外は暑い。太陽が当たっていたせいもある。

そして、テーブル席に着いた。

明依と漣はパスタとポテトやイカリングなどの前菜とデザートを頼み、溯夜だけは食べれそうなサラダしか頼まなかった。


「溯夜さん、食べなさすぎじゃありません?」と明依が心配した。


「そんなことないです。少食なんです。俺にとってはこれが普通です」と溯夜は言う。


「えーそんな……私のパスタかポテト、分けよっか?」


「それって間接キスになるんじゃ……どちらにしても分けなくていいです。これで充分なんで。」と断った。


急に明依の顔が赤くなった。かああぁぁ……。


「なんですか!急にっ!矢岬さんもいるんですよ。そういうこと言わないで。親切心で分けてあげようと思ったのに……まあ、いいです。分かりました」と悔しそうで、かつ恥ずかしそうな仕草を見せた。


「ごめん、ね。」と溯夜は謝る。


その後は沈黙が流れた。


「まあ、ひとまず食べよ、食べよ。」と漣はにこやかに言うが、明依と溯夜の顔はけわしい。


なごむかと思ったが、ちっとも良い雰囲気にはならなかった。


そして、食事を終えた三人は再び海へと戻る。

歩いて5分程度の距離だ。橋からは綺麗な海が見える。輝いた水面に人は感動する。


海に着くと漣は「此城砦このしろとりでに行っていいかな?」と言い出し、溯夜は「いいよ」と返した。

なので、此城砦に行くことになった。


「あのー此城砦ってどんな場所なんですか?」と明依は素直に聞いた。


「此城砦っていうのは平行世界へと漣だけが行ける場所でそれには能力が必要になってくる。だから、俺達は見守っていることしか出来ないんだ」と溯夜は言った。


「そうなんだよ。僕だけにしか行くことが出来ない世界なんだ。」と漣は連れていく事ができないことに対し、申し訳なさそうに言った。


漣に案内されて、短時間は歩き続けた。そして、ついに此城砦に到着した。


砦は岩に囲まれた低い崖のようで、ゴツゴツした岩が無数に散らばっていた。岩の頂上に足を踏んだその時、漣は一瞬にして、消えてしまった。


「矢岬さんがいなくなった」初めて見る光景に明依は驚きが隠せなかった。


「大丈夫。心配しなくていい。彼はまた戻ってくるから」と溯夜は冷静に言う。


「じゃ、行こっか。」と溯夜は明依を促す。


どうやら、空気を読んで二人きりにさせるつもりだったらしい。漣は気遣いができる大人なんだ。そう溯夜は思い知らされた。


「え、どこへですか?」と明依が言うと、溯夜は「さっきいた海にだよ」と笑顔で当然のように言う。


「あ、分かりました」と明依は言った。


「溯夜さん、ゴミ付いてますよ」と明依が指摘する。


確かにワイシャツの肩に白い糸がくっついていた。


「取って」と明依に頼む。


「もしかして、わざとですか?」と聞きながらワイシャツの糸を取る。


「わざとな訳ないじゃん」と溯夜は暗いトーンで言った。


    *************


さっきいた海に戻ってきた。潮がさっきより引いている。


「あ、ヒトデだ」と溯夜は無邪気にヒトデを手に取った。


「デートじゃなくて捜査に私達は来たんですよね?」と明依は上目遣いで確かめる。


「まあ、そうだけど」と溯夜はスラッと言った。


海憂の死んだ場所を特定しようと考えたのか、溯夜は海にダッシュした。

しかも、制服のままだ。明依は驚いた様子で止めようとしたが、遅かった。


「溯夜さん!何考えてるんですか!?」と明依も海に向かって走った。


ビーチサンダルで来たためか、足に砂が入ってくる。気持ちが悪い。


しばらくすると溯夜がびしょ濡れの姿で戻ってきた。制服が濡れている。下着が丸見えだ。 


「溯夜さん、心配したんですよ」と明依は少し怒り気味な声で溯夜を叱った。


「ああ。今の飛び込みは無駄だったね。君の姉さんの死んだおおよその場所を特定したかったんだけど……」と言い、そんな言葉で明依が納得する事もなく、「溯夜さん泳げるんですか?泳げても行動が無茶すぎます。」と言われてしまった。


「一応、上手くはないし、長距離は無理だけど泳げることは泳げる。あとはどのくらい海に入っていれば、沈んで息が出来なくなって死ぬのかも確かめたかったんだ」と後から付け加えた。


「溯夜さんは自殺願望あるんですか?死んだら私、泣いちゃいます。悲しいです……」と今にも泣きそうな声で呟いた。


「いや、そんなつもりは。けれどもやってる事はそれに近かったな。ごめん。」と溯夜は謝った。


「それより早く服、乾かしましょうよ」と明依は溯夜をかした。


「海では能力は使えなかった……」と落胆の意を表した。


「もう、いいですから。服乾かしてって言ってるでしょ!」


「分かりましたよ。もう。で、肝心なタオルは持ってきているんですか?」と溯夜は聞いた。


「私ので良ければいいですよ」そう言ってピンク色の花柄のタオルを手渡した。


「あ、これ可愛い」溯夜がボソッと呟く。

勿論、お世辞だった。さっき漣に注意されたからだ。


「本当ですか!ありがとうございます」と明依は嬉しそうな笑みを見せる。


「そのワンピースも可愛いよ」と言葉を付け加えた。


急に明依の顔が火照ほてる。太陽に照らされて更に熱くなりそうだった。


「そう言ってもらえて嬉しいです。これ、お気に入りのワンピースなんです。」


自慢しながら、花柄のタオルを持ち、溯夜の顔を拭いてあげた。


「急に何するんですか?気持ち悪いです」

いかにも嫌そうな顔を浮かべた。


「嫌でしたか。ごめんなさい」明依は残念そうに謝った。


「いや、いいんです。俺、女子に触られるのが怖いので……」と明依だけではないことを明かした。


「そうだったんですか。知りませんでした」


太陽の光が海に打ちつけるかのように光輝いていた。無数の海鳥が何羽も飛んでいた。パタパタと羽を羽ばたかせている。透きとおった海なので珊瑚礁も魚も見える。海憂の自殺願望とは関係なく、入りたくなる気持ちもよく分かる。夏の色とはこういうことをいうのだろう。


「そろそろ捜査もやめて帰りませんか?」


乾いていない髪をタオルで拭きながら、溯夜は「まだ、矢岬が帰ってきてない」と真顔で言った。


「あ、そっか。」と明依は納得した。


「てゆーか、着替えなくていいんですか?」と明依は当然の指摘をする。


「着替えシーンが見たいって?」とぶっ飛んだ質問返しをしてきた。


「そういうことじゃなくって!」と明依はツッコんだ。


「まあ、そう急がなくてもすぐ乾きますし、替えが家にしかないんで。」と諦めた顔で言った。


「じゃあ、なんで海に入っていったんですか!?」


「ちょっとは捜査の進展にもなると思って……」


「取り敢えず、矢岬を待ってましょう」と溯夜は冷静に切り返した。









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