第3章 明依の家へ
Episode5
別の日。明依と溯夜は二人で一緒に帰って、明依の家に行くこととなった。明依の朝が早い為、途中から同じルートだが二人で登校することはない。溯夜はどちらかというと遅いほうである。寝るのが好きだからだ。
「舞浜さんの家ってそろそろですよね?」と溯夜が聞くと「もうすぐですけどまだまだです。そこを左に曲がって、真っ直ぐ直進すると住宅街へとつながります。あとは私についてきて下さい」と明依は案内した。
「俺、方向音痴なんで連れてって下さいね」
「分かりました」
「この前は森に迷いこんで大変でした」
「なんでやねん。どーしたらそうなるんですか」明依は呆れた顔をした。
「あとちょっとなんで頑張って下さい」
そう言って溯夜の背中を押すと溯夜はコクリと頷いた。しばらくして溯夜が話題を変えた。
「テンらしき動物ってここらへんで見かけたりしませんでした?」と問うとすぐさま、「今日はテン様を探しにきたわけじゃないでしょ!」と明依にツッコまれた。
「ああ、はい。そうですね」と溯夜は冷静に返した。
ゆっくりと二人で歩いていると、草の茂みから白い物体がいるのが見えた。
「あ!」と明依が大きな声を上げると「あれってもしかしてテン様じゃない?」と溯夜に聞いた。
「え、どれ?」と溯夜はまじまじと草を見つめた。
「ほら、あそこにいるの。」と言った。
(え、あれって猫じゃね?)と溯夜は思ったが何も言わないことにした。
すると、草の茂みの中から一匹の白い子猫が姿を現した。
「あ、違った。ごめん」と言うと、溯夜は「猫とテン間違えるとか」と腹を抱えて笑った。
「ちょっと、笑いすぎ。間違える事だってあるでしょ、ねえ。」と下を見下ろすように言った。
猫はその後、道路を渡り、家のある方へと消えていった。静かな温風が住宅街を包み込む。二人の額から汗が出ている。明依の家に姉が生きていたとされる証拠が見つかったらしい。明依が中学3年に進級したばかりのことだった。
「その、証拠というのは?」溯夜は事件の捜査をするかのように明依に質問した。
「それが、姉の名前が書かれているっぽい紙なんです。」と恐る恐る答えた。
「紙?どういう紙ですか?」と溯夜は疑問げに聞いた。
「普通の真っ白い紙です。」
「あーその紙は何かの切れ端とかですか?」と聞くと「そうかもしれないです。でも私には判断できません」と明依は答えた。
「しかも封筒の中に入っていたんです」
「封筒?」
「はい。茶封筒です」
淡々と表情を変えないまま、溯夜の質問に明依は答え続けた。
「それは君の姉さんの遺書かもしれない」と溯夜が真顔で言うと明依は一瞬にして涙を浮かべた。
すぐに「ごめん」と溯夜は言う。
まさか、あの明依が泣くとは思いもよらなかった。
「ううん、いいの。」泣き声と共に明依はそう言った。
「あの、もう少し軽く考えましょう。」と溯夜が落ち着かせるために言うと、
「人の命を軽くなんて考えられるわけじゃないでしょう!」と明依は本気で怒った。
すかさず、「そういう意味じゃなくて、気持ちを楽にして考えよってこと」と溯夜は言い返した。この言葉に明依は納得した。
「分かった、もう大丈夫。ありがとう」と笑って溯夜の方へ向いた。
(やっぱ、可愛いな)と溯夜は思ったが心の中で留めておくことにした。
(今の話が本当だとすると、舞浜さんの姉さんの遺書は一部切り取られて、現在は誰かが所持しているのが妥当だな)溯夜はそう推理した。正しいか間違っているかは確かめないと分からない。
「お姉ちゃんは遺書なんて書く人なんかじゃなかったのに……一度も書いてるとこ見た事ない。」悲しそうにそう呟く。
「まあまあ、人に見せるものじゃないしな。」
その時、近所の犬がワンワンと吠えた。
びっくりしたー。こんな大事な話してる時に。
「てか、家もうすぐじゃん。」
「どうする?」と溯夜に語りかけた。
「なにが?」と溯夜は平静を保っている。
心臓が止まりそうになっているのは明依だけだ。
「彼氏彼女って紹介するか普通に知り合いです。って言うか悩んでんのー」と明依は叫んだ。
「え、何も言わなくてよくね?」
「あ、確かに。それもありかも」と明依は満足した様子だった。
喋っているうちに、もう家の前まで来ていた。
「随分、古臭い家だね」と溯夜が素直に言った。
「そうなの。父がリフォームしたがらなくてね」と申し訳なさそうに溯夜に向かって言いながら、明依はインターホンを押す。
インターホンを押してから、10秒以内でドアが開き、若々しい明依のお母さんが出てきた。
「おかえり、明依。」と明依に向けて言うと、溯夜には「いらっしゃい~か……」でそこで止まってしまった。
明依の母は目を大きく見開いて仰天した。
「ちょっと、明依!いつの間にこんな爽やかでかっこいい彼氏出来たの?」と明依の母は小声で聞いた。
「ちがっ、この人はね……」と明依が言おうとした瞬間、溯夜が「はじめまして。舞浜さんの彼氏を務めさせて頂いております。九十九里溯夜と申します。本日はどうぞ宜しくお願い致します。お邪魔します」と丁寧に頭を下げた。
そうして、二人は家の中へと入る。今、
明依は「ちょっ、溯夜さん何、考えてるんですか」そう溯夜の耳元で
(彼氏って務めるものだっけ?)と明依は内心思った。
「作戦通りにいくから安心して」
「あの、この人はね、彼氏じゃなくて、友達のお兄さんなの」溯夜の言葉を否定した。
だが、明依の母は「この世に嘘なんか通用しないわよ。もう中学生だし、恋人がいてもおかしくないの。だから、自信持っていいのよ」と溯夜の言葉を完全に信じてしまっているようだった。
数歩進むだけでキシキシという音がすごい。壁などは修理されておらず、
「この家、すごくボロいですね」と溯夜は言おうとしたが、この言葉を遮るように明依は溯夜の口を塞いだ。
「そういうこと素直に思ってても言っちゃダメ!」そう明依は溯夜を注意した。
「何か言った?お母さん聞こえなかったけど……」
「この家、古くて狭くてごめんなさいね、九十九里君。ちょっとだけだから、不便だと感じるかもしれないけど我慢して」と明依の母は言った。
「あ、俺は平気です」と溯夜は答えた。
*************
リビングへと招かれたが、海憂の死に関連する物は一切なかった。そこにあるのはテレビとソファーと木で出来たテーブルだけだった。下には
「お茶でも飲んでく?」と明依の母が溯夜に言うと、溯夜は「御言葉に甘えて、お願いします」と言った。
明依は「気遣わなくていいよ」と笑顔で溯夜に言った。
二人はお茶を飲みながら、一息ついて、しばらくはお喋りをしていた。その頃、明依の母は台所で夕飯の準備をしていた。
「その、証拠はどこにありますか?」
「私の部屋にあるよ」
「分かった。二階だな」と溯夜は場所を言い当てた。
正確には偶然にして言い当てたのではなく、透視能力で突きとめただけである。
「すごいですね!何も言ってないのによく分かりましたね。なんで分かったんですか?」と聞くと、「ゲホゲホ、ゲホッ」と突然むせはじめた。
彼は頭を抑えながら苦しそうにテーブルに肘をついている。
「だ、大丈夫?」突然の出来事に驚いた様子で、明依の母は飛び込んできた。明依の母は溯夜の背中をさすっている。
「お茶熱かった?」「風邪引いてるの?」などと明依と明依の母は心配しているが、それに対し溯夜は「大丈夫です、能力使っちゃっただけなんで……心配なさらないで下さい」と二人に言った。
能力?と明依の母は一瞬、固まったが明依は「お母さん、溯夜さんは私が面倒診るから」と言って事態は落ち着いた。
溯夜は「すみません、お母様。頭痛いので薬、頂いてもよろしいでしょうか?」と問うと「勿論いいわよ。遠慮なく言って。」と言い、溯夜に薬を差し出した。
こうして、休憩し終わった後、明依の部屋へ行くこととなった。
「あーやっぱり駄目だったね」
「こんな所で能力使っちゃ駄目に決まってるでしょ!」こんなに心配したんだよと言わんばかりに溯夜は明依に叱責された。
「さっき、私の部屋が二階にあるって気付いたのって、勘ではなく、能力のお陰だったんですね。前に透視能力あるって言ってましたもんね」
「はい。まぁ……」と溯夜は頭を掻きながら答えた。
「頭が痛いのは治りましたか?」
「さっきよりは痛くなくなりました」
「それなら良かった」と言い、明依はほっとして胸を撫で下ろした。
明依の部屋へ行く途中、廊下を歩きながらそんなやりとりをしていた。
「ここが私の部屋です」そう言って出迎えられた部屋はシンプルで女の子らしい部屋だった。
「先ほどの古びた印象は全く見受けられませんね」と溯夜は率直に感想を述べた。
「そうでしょう?父がリフォーム反対してて、この部屋と姉の部屋だけ新しく入れかわったの。ごめんね、家の殆どがボロくて。」と明依は言った。
「そんなことないですよ。ボロいは言いすぎました」と溯夜は反省の言葉を口にした。
明依の部屋は和風ではあるが、洋風でメルヘンチックな可愛さもある部屋だ。特に窓、机、ベッド、クローゼットなんかは模様が付いていて、大変可愛らしい。本棚には150冊は超えるほどの沢山の本が並べられていた。明依は本当に読書が好き。そのことは一目見ただけで分かる。
「本、沢山読んでるんだね。漫画もあるようだけど」
「私、読書が趣味で……木こりのお話なんか取り分け良かったよ」と満面の笑みを浮かべながら明依は話す。
「本はあまり読まないからなぁ……」と溯夜は言った。
明依と溯夜はただただ本棚を見つめていた。沈黙が続いていた。が、明依は
「その、家に来たっていうのは姉が自殺した理由をハッキリさせるのと他殺か自殺かを立証するために来たんですからね。そ、その恋とか愛とか求めないで下さいね!!」
そう言っている明依が一番、動揺している。
溯夜はそんな明依を無表情で
「い、今なんて……」
「言葉の通りです」サラリと溯夜は言った。
「舞浜さんの年齢なら知ってて当然ですよ(ねっ)」溯夜が言いかけた途端、枕で顔をぶたれた。
「知ってますけどっ、そういうこと口に出して言っちゃマズいでしょ!その四文字は!」赤面しながら明依は怒っている。
*************
それからしばらくして、溯夜は辺り一面を見回すと、明依にこのように言った。
「その証拠を見せて下さい」
「分かりました。しばらく待ってて下さい」そう言って、明依は机の一番上の引きだしを開けた。そこにはルーズリーフやファイル、ノート、筆記用具、小物、それから糸で丁寧に編まれたマスコットがちょこんと顔を出していた。いずれにしても、色々な物が入っている。
そのルーズリーフとノートの間に茶封筒が入っていた。
「これです」と溯夜に手渡すように見せると、溯夜は「中身、拝見してもよろしいでしょうか?」と明依に聞いた。
「勿論。」と明依は言ったが、その後、「ずっと敬語だし、今日の溯夜さん変だよ」と指摘した。
確かに、家に上がってから溯夜は常に敬語である。もしかしたら、喧嘩になって以降、ずっとぎこちないままなのかもしれない。少なからず、恋愛感情を抱いている明依にとっては心の距離ができてしまったようで、心細く寂しい思いをしているに違いない。
「緊張してるだけだから、気にしないで下さい」
そう言って、茶封筒の中の一枚の紙を取り出した。そこには、“舞浜海憂”という文字が丁寧に書かれていた。鉛筆やシャーペンのようなもので書かれたように見える。文字以外は真っ白だった。葉書のような厚みはなく、コピー用紙やプリントのような薄いペラペラした紙であった。溯夜は紙を凝視しながら、「やっぱり切り取られた形跡がある」と言いきった。
「舞浜さん、一応確かめたい事があるので、定規とかあれば嬉しいのですが……もし良ければ貸して頂けませんか?」
直後、明依は机の中から定規を取り出した。
「私のでよければ……汚れちゃってますけど」と明依は言い、溯夜に差し出した。
すると、溯夜は何やら直角になっている場所――机の角っこに紙をあて、定規を下から上へとゆっくり動かしていった。
平行ではない。しかも、上の2つの角が直角ではなかった。溯夜の推理が正しかった。
「この紙は君の姉さんの遺書の可能性が高くなりましたね。でも、なんで舞浜さんの部屋にあるんでしょう?一部しか残ってないし、不自然すぎます。」
「ですよね。いつの間にか気づいたら入ってて、気味が悪かったの。しかも、なんで私の部屋にあるのか……」と明依は賛同する。
「先ほど舞浜さんの姉の部屋があるみたいなこと言ってましたけど、今も残っているんですか?」と溯夜が聞くと、「残ってる」と当然のように明依は答えた。
その言葉を聞いた溯夜は思わず、「マジですか!?」とすっ頓狂な声を上げ、明依の部屋を飛び出し、廊下へと走っていった。
「こら!廊下は走らない!!」と明依の母は注意した。ふいに溯夜と明依の母は目が合った。
明依の母はすぐさま、「あら、九十九里君だったの。ごめんなさいね。でも、廊下は歩くようにしてね。でないと古い家だし、床が陥没したら大変じゃない。これからは気をつけてね」と優しく言った。
溯夜も「急いでたので。こちらこそすみません、もう絶対走りません」とお辞儀をした。
後を追ってきた明依も「廊下は走っちゃだめ!あと姉の部屋はこっちじゃなくてあっちだよ」と遠くのほうを指さす。
どうやら溯夜が行こうとしていた右ではなく、廊下をまっすぐ行った先の左側にあるようだった。とはいえ、見えない場所に溯夜達はいる。
「もう注意はしたわよ」
「だったらいいの」
そうして、海憂の部屋へと向かった。まっすぐ進んだが右側は無かった。明依の母は再び台所へと向かった。
――明依にお姉ちゃんっていたかしら――
そんな疑問が頭をよぎる。明依の母は思い詰めた表情をしている。けれども料理をする手は止めていない。料理をしながら、昔の記憶を辿っていた。ショックのあまり忘れてしまったのか、PMMの効果なのかは分からない。ただし、言えることは明依の母も海憂に関しての記憶は明依と同じだということだ。二年も前の事だし、
その頃、明依と溯夜は海憂の部屋にいた。
「ついてくるなよ」溯夜は不機嫌そうな顔をしながら、こう言い放った。
「方向間違えてたし、そこは感謝するべき所でしょ?」と明依は言い、続けて「こら!え、何あさってるの」と言った。
「だから言ったのに……」
溯夜は海憂の部屋の隅々を懸命にあれこれと
部屋にあるのはお仏壇と窓の
「やはり、何も見当たりませんね」
「これだから溯夜さんは。」
「焼香だけでも
「そうしますか」そう言って残念そうな顔をして、諦めて溯夜は仏壇に向かって手を合わせて、一礼した。
けれども本当の意味で諦めたわけではなかった。ここでもなお、透視能力を使う気であった。全神経を一点に集中させる。両手を両目の前に持ってくる。そして、ひと呼吸すると溯夜には過去の海憂が視えた。部屋も2年前の状態である。海憂は俯いていた。そして、ノートのようなものに『罪有る者に裁きを』といったメッセージが記されていた。そして、その隣に『殺す』の文字もあった。溯夜は力尽きたのかその場に崩れるかのように倒れてしまった。
「大丈夫ですか!もしもし、聞こえてますか」
明依が体をゆすっても返事はない。熱はあるようだから生きてはいるようだ。
体を持ち上げようとしたその時、明依の鼓動が早くなった。ドキドキする……。
(溯夜さん)
身体中から何かが込み上げてきた。
(やっぱり重い)そう思ったのか持ち上げようとしていた腕を一旦おろした。
明依は自分の部屋のベッドへと運ぶのを諦めたようである。そして、溯夜の意識が戻るのをひたすら待った。
*************
溯夜は意識が戻るとすぐさま「君の姉さん、ひどく落ちこんでいたよ。それに脅迫文のようなノートも視えた。これだといつ自殺してもおかしくはない」と明依に向かって激しく抗議した。
「それより、溯夜さん体調大丈夫なんですか?さっきまで気ぃ失ってましたけど」と落ち着いたようで驚いた様子で言う。
「そっちの方はなんとかなります。死んではないので」
「死んだら困りますよー。私だって渦せき止められなければ死んじゃうじゃないですか。」と悲しそうに言った。
「一体、脅迫文って何なんでしょう?」
明依が仕切り直した。
「多分、おそらく海憂さんのクラスメイトが書いたものなんでしょう。」冷静に溯夜はそう推理する。
「いじめていたようですし、恨みを買っているのは当然のように思えます。」
「なるほど」ようやく明依は理解したようだ。
「その書いた人物は特定できていますか?」
「特定はまだ、できていない」重々しい口ぶりでそう言う。
「いじめが絡んだ出来事って難しいですね。今はそういうのがない平和な世界ですけど」
「舞浜さんの言う通り、複雑ですよね。考えているこちらまで疲れてきます」
「疲れてきたなら、一度お茶でも飲みにリビングへ行きませんか?」と明依が促すと、「もう少しだけ海憂さんの部屋にいたいです。それでもいいですか?」と溯夜は言った。
「いいですよ」と明依は優しい表情で言った。
「遺書に関しては誰が切り取ったのか、おおよそ察しがついてるんですか?」と明依が聞くと「まあ、一応は」と溯夜は答えた。
「でもな、舞浜さんに今、全部話していいものなのか……」溯夜は顎に手を当てながら迷っている。
「私にだったら何でも話して下さい。どんなことを言われても受けとめる覚悟は出来てます」自信満々に言っているが、実際のところ覚悟は出来ていない。
(まず何から話せばいいのか……)悶々とする。
「以前の図書室でのように喧嘩になるのも嫌だし、先程のように泣かれるのも嫌だし。」
溯夜は壁を見つめている。
「その節はごめんなさい……」
「いや、いいんだ」
「まず、犯人が誰っていうより、臆測ですが、遺書にいじめの自白が書かれていたということが考えられます」キッパリと溯夜は断言した。
そんなこと考えたこともなかったというような顔をしてから明依は「ああ。そういう解釈もできますね。流石、溯夜さん。頭、良いですね」と明るい笑顔で誉めた。
いやいや、そんなことないという風に溯夜が顔を掻いたのと同時に一輪の花がひらひらと揺れた。
「でも、どうして遺書に自分の犯してきた過ちを書く必要があったんですか?」
「それは……」と一段落置くと、「君の姉さんはひと一倍、罪悪感に苦しめられていたのだと思う」と溯夜は
「結構、つらかったんですね……」明依も同情する。
ただ、いじめられていた人には言うに言えない言葉だと思う。いじめがないこの世界の方が断然いい。本当にそうだろうか――――。これはこの物語を読んでいる人が考えてほしいと願っている。
「それで、君の姉さんと一緒にいじめ行為をしていた夕凪砂利って人、ご存知ですか?」
「ゆうなぎ、さり……」ぽかんと口を開けて
「やっぱりそうなりますよね」
「お姉さんの記憶が薄いんでしたもんね。その人は君の姉さんの親友です」
「じゃあ、君の姉さん達にいじめられていた天光結架の事はご存知ですか?」
「あまひかりゆいかさん?その人も知らないです」
「ちょっと待って下さい。なんでそんなに姉の事に詳しいんですか?」と明依が目を丸くしながら聞くと、
「あーあの九十九里溯夜は探偵業をしていて、
「聞いてません。すごいじゃないですか!!これ絶対、姉の死への良いヒントになりますって!今度その人にも会わせてください。溯夜さんにも出会えて良かったです。」目を輝かせながら明依は言った。
「会えるかは交渉次第ですけど。その彼は別世界へ行ける能力を持ってる。君の言う通り、捜査には役立ってるよ。今いる世界は呪われた世界。で、別世界っていうのは本当の世界。夕凪砂利は本当の世界にいる人間だ。」
「でも舞浜さんは夕凪砂利には会えない。そういう仕組みなんだ。」と長々と溯夜は話した。
「それでも構いません。夕凪砂利って人も姉と一緒に結架さんをいじめていたってことですよね。それなら遺書を切り取ったことにも結びつきますね。」
「そゆこと」
そう言い残して溯夜はお仏壇に目を
そして溯夜は深呼吸をすると「もう一人、遺書を切り取った可能性のある人がいます。明依さんの知っている人です」と核心をついたように言った。
「それは、誰なんですか?」
「ここで言ったら、きっと驚かれると思います。覚悟していて下さいね。」
「はい……」
「その人は舞浜さんのお母さんです」
「えっ!」思わず驚いてしまった。明依にとっては予想外の展開だったから無理もない。
「どうして、母が姉の遺書を切り取るという考えに至るんですか?」と明依が聞くと、
「もし、俺が言ったいじめの自白が書かれていたという仮説が正しければ、親心で自分の娘がいじめの加害者だなんて思いたくもないだろう。性格がどんなに悪くても大切な娘であることに変わりない。
明依は真剣に溯夜の話を聞いている。
「切り取った犯人が舞浜さんのお母さんだとしたら、もうハサミか何かで丁寧に切り取って、遺書の全文はシュレッダーなどで処分されていると思います」
「なるほど。大まかな事象は理解できました。でも、家にシュレッダーなんてないですよ」と明依は言う。
「だったら、破いて処分でもしたんでしょう。」
「でも、じゃあどうして私の部屋にわざわざ置いたんですか?おかしすぎます。」
明依からの問いに珍しく、
「それは俺にも分かりません。唯一の謎です。」と諦めたようだった。
*************
丁度、その時トントンと部屋をノックする音が聞こえた。「はい」と返事をすると明依の母がトレイを持って、ドアを開けた。別に見られて嫌な動作はしていないが、一応、溯夜は会釈をした。トレイは白で上にはピンクと青のティーカップが乗せられていた。中には熱い紅茶が入っている。
「ピーチティーよ。甘くて美味しいから、存分に召し上がれ」と明依の母はそう言いながらピンクのティーカップを明依に青いティーカップを溯夜に手渡した。どうやらもてなしてくれたようだ。
「ありがとうございます」溯夜、
「いえいえ。私お気に入りのなんですけど。お口に合うといいわ。でも、いいところ邪魔しちゃって悪いわね。」と明依の母は謙遜する。
「あ、お母さん、遺……」明依が言おうとした所を溯夜は全力で止めた。
「その事はまだ言っちゃダメ。まだ確定してないから」と小声で囁いた。
「ごめん。分かった」と明依は言う。
「このピーチティー美味しいです。独特の苦味も無くて、良い感じです。おしゃれでこういうの初めて飲みました。」と溯夜が本当に美味しそうな顔をして、明依の母の顔を見た。
「そう言って貰えて嬉しいわ。おかわりあるからいつでも言ってね。」と微笑みながら溯夜に視線を送ると、溯夜は頷いてみせた。
そして、明依の母は明依に「ここにいたの。明依の部屋に行ったけど、いないから探したわよ。」と溯夜には聞こえない声でそう言った。
明依は「ごめんね、お母さん。溯夜さんが走ってこっち行っちゃったから。それでつい、長話しちゃって……」と謝った。
それから、明依の母は「どうぞごゆっくりしていってね」と言い残したあと、海憂の部屋を後にした。
「あの人が遺書切り取るなんて考えられないな」
「だから、言ってるじゃないですか。お母さんがそんなことするはずないって」
「でも確証はない」とやや強めに溯夜は言った。
「夕凪砂利については何か思い出せそうな事ってあったりしますか?海憂さんの親友だったので、家にも来たことあると思うのですが……」と明依に聞いた。
だが、「全く思い出せません。姉のことも名前しか知らないです。夕凪さんの名前も今日聞いたばかりです」という答えしか返ってこなかった。
「そうですか……」
「それじゃ、そろそろ行きましょうか。」そう言って、一息ついた後、明依と溯夜は海憂の部屋を出た。
もうすでに、夕焼けが消えてなくなり、窓の外は青黒くなっていた。溯夜がもう帰ろうかなと思って、腕時計を見ると時刻は18時を過ぎていたので玄関へと向かうと「もし良かったら九十九里君も夕飯食べてく?」と明依の母はどうぞ、どうぞとリビングへと招き入れた。
テーブルには質素な和食がずらりと並んでいた。
「ああ、いえいえ。お気持ちはありがたいのですが、帰らなくては妹が心配するので遠慮しておきます」と溯夜は言った。
「溯夜さん、妹いたんですか?」思わず、明依は反応してしまった。
「まあ、一応。血は繋がってませんけど」
「そう言わずにほら、食べて。沢山あるから。九十九里君の分も作っておいたのよ」笑顔で言われると、どうも断りきれない。
「分かりました。じゃ、妹にはメールしておきますね。ありがとうございます」そう言って溯夜は座布団へ腰かけた。
「あ……」溯夜は思わずポロリと口にした。溯夜は好き嫌いが激しかった。
「はい、手を合わせていただきます」3人で言うと、より一体感が増していく。
美味しそうに明依と明依の母は食べるが、溯夜は途中で手が止まった。さっきから、溯夜は味噌汁の豆腐しか食べていない。
「あら、どうしたの。九十九里君。こっちの焼き魚とほうれん草のお
「はい、頑張ります」
「頑張らなくていいのよ」
「てか、味うっす。何これ」と溯夜は思った事をストレートに口にしてしまった。
「ごめんなさいね。お口に合わなかったかしら。」と明依の母は申し訳なさそうに言った。
「あ……」途中で溯夜は気づいたようだったが、時既に遅い。
「味噌汁は味薄すぎだし、玉子焼は濃いし、ほうれん草苦手な上に焼き魚は焦げてんじゃん」
次から次へと駄目出しをしてくる溯夜に明依の母は戸惑いが隠せなかった。どうやら、ようやく本性を表したようだった。溯夜は明らかにマズそうな顔をしていた。
その一部始終を見ていた明依は「溯夜さん、バスケ部なんだからもっと食べなきゃだめでしょ!!」と怒った顔をして溯夜を注意したが、「バスケとは関係ないし。舞浜家、味薄いね。だから、バカなんだ。」と明依を罵ってきた。
「そんなことないです!」と負けじと明依は言い返すが、溯夜の箸の手は進まなかった。
結局、溯夜は玉子焼少しと味噌汁の豆腐と白米しか食べなかった。
「もういいの?」と明依の母は心配して言うが、「結構です。俺、少食なんで。」と溯夜は言った。続けて、「生意気な発言をしてしまってごめんなさい」と素直に謝ってきた。
「こちらこそ美味しい料理が作れず、ごめんなさい。気にしなくていいのよ。」と明依の母は優しく微笑んだ。
リビングにはまだ夕飯の美味しい匂いがぷんぷんと漂っている。
もう、さすがにヤバいなと思ったのか、仕度だけ済ませ、「今日はこの辺で失礼します。どうも長居させて下さって、ありがとうございました。今度、俺が来た時は野菜抜きで味ちょうど良いくらいでおなしゃす。」と言うと、玄関の扉を開けた。
「野菜抜きって、、思春期の男の子なんだし、ちゃんと栄養取らなきゃダメよ。」と明依の母は言う。
「もしかして、溯夜さんって野菜全部苦手な人ですか?」と明依が聞くと、
「きのこ(しいたけを除く)、いちご以外は全てアウトですね」と溯夜は答えた。
「それって、ほとんど野菜嫌いって言っていいレベルじゃないですか。だからこんなに痩せているんですね。普段、何食べて生きてるんですか。」という明依の問いに
「コンビニ弁当。ていうかコンビニに売ってて、その日の気分に合わせて様々。」とだけ答えると溯夜は家へと帰っていった。
もう辺り一面が真っ暗だった。夏なのに風が冷たい。その中を少年はただただ歩いていた。舞浜家からは次第に遠くなっていく。
(舞浜さんに会いたいな)その想いを胸の内に秘めていた。
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