Episode3

 

 昼御飯はいつもと変わらず友達と食べた。さっき話していた友達だ。咲花と水音とは昔から仲が良く塾や小学校が一緒だったとかではなく、以前から親しみやすい集団的な間柄だった。

今日もたわいのない部活、趣味、スイーツ、動物など様々な話題で盛り上がった。


昼休みはいつもと違って、「本の用があるから」と、ことわって、明依は学校の廊下へと向かった。廊下の壁を凝視し、呆然と立ちつくす彼女を見て、帆波ほなみは不審に思った。


帆波は明依に睨みながら「なにしてんの?」と声をかけた。明依は吃驚びっくりして、後ろに二歩下がった。


「え、帆波じゃん?久しぶり。元気にしてた?」そう返すと

「うちは元気だけど。この距離でそれ?ていうか、明依の方こそ大丈夫?明らかに挙動不審だし、ずっと壁ばっかり見てるけど。何かあったわけ?」 


「何かあったとかじゃなくて、そのね……」

恋煩こいわずらいとかそういうんじゃないというような素振りで、疑ってそうな帆波と目を合わせる。


「うん。で、その何?まさか、k……」言おうとした帆波をさえぎるように明依は、「探してる人がいて、C組の男子」と迷わず言い放った。


「C組?C組ならうち、詳しくないけど。その明依の探してる人の名前は?誰なのかうちも知りたい」


「つごもり さくやさんという人で。漢字すらまだ分からなくて……」

帆波が“気になってる人”というフレーズをえて使わずに“探してる人”と言ってくれたことにホッと胸を撫で下ろした。

そういう所が帆波の優しい所だと一瞬だけ思った。


つごもりさくやさん?そんな人うちの学校にいないけど」

え、。驚いた表情で辺り一面を見回す。


すぐそばには小窓が二つある。そして、離れた所に流し場だけがどんと淋しげに置かれている。廊下にはあまり人がいない。お昼の休憩中は教室内で会話したりする少年少女か、外で遊ぶ少年しかこの学校にはいない。見渡す限りはちらほら、一人でいる生徒か明依と帆波しかいなかった。帆波は、しばらくは考えを巡らせて、あごに手を当て天井を見上げている。


「もしかして……だけど、九十九里溯夜のこと?」


「へ?」


「もう一度お願い、聞き取れなかった。」


「あんた、耳大丈夫?」

「つくもりさくや君。前に一度だけうちとクラス同じになったことがある。でもねーあんまり喋んなかったし、休み時間なんかは本読むか寝るかってかんじだったよ」


「その話、本当?」と明依が言うと「嘘言ってどうすんの」と怪訝けげんそうに帆波は唾を吐きながら言った。

もう既に腕を組んでほうきを足に挟みながら、上目遣いをしていた。帆波の動作はヤンキーそのものっていう風貌だった。

「他には?」と明依が言うと、よく分かんないというように帆波は無視した。


「でも、漢字難しいよ。」聞いてもないのにいきなり帆波が話はじめた。

「99って書いてその隣に里」


「へぇー」と明依は言った。


「ああ、確かさっきC組って言ってたよね。」

どうやら思い出したようだ。


「なら、この人。うちの記憶が正しければ“彼”だったと思うよ」写真を指さして、得意げな表情を浮かべる。大会で賞でも取ったのだろうか。右から2番目に賞状を両手で持った無表情な少年が写っている。


「あ、溯夜さん!」ようやく明依は見つけることができた。そう、写真に写っている彼が昨日、明依と会って共に帰った溯夜なのである。


「ありがと、帆波」


「大したことなんてしてないし、礼なんていい、いい。」

「じゃ、うち行くね。のど渇いてきちゃった。今度会ったら沢山話そ。」


それだけ言い残すと、くるくる回りながら楽しそうに過ぎ去っていった。 


喜怒哀楽は激しいが、気軽に話しかけてくれる帆波。今回は帆波に感謝。とても有力な情報を教えてくれた。


    *************


明依は嬉しそうにC組の教室の扉を少し開けて、覗いてみると机に突っ伏している少年が一人。

(この人が溯夜さん?)と明依が気づくと、そこには前髪を均等に合わせ、二つに分けた短いポニーテールの微少女びしょうじょが少年に話しかけながら立っていた。“微”と表現したのは美しいとはいえないくらいの素朴な笑顔の少女だったからだ。


――――もしかして、この人が溯夜さんの彼女?――――


明依は恐る恐る二人に近づいてみた。


「おきてー。昼ごはん食べたからって寝なーい!」

「ちょっと、聞いてるの?無視しないでょ。あなたが私のこと嫌いでも私はあなたのこと良きメンバーだと思ってるんだからね。」


その微少女は馴れ馴れしく溯夜を起こしている。今、間に入っていいのだろうかー。


「すみません、ちょっといいですか」勇気を振りしぼって二人に声をかけた。


「は、はい。見慣れない顔だねぇ……」

微少女は明依の顔を見ながら返事をした。人当たりの良い子のような印象を受ける。


「私、バスケ部のマネージャーをしている千星ちとせといいます。」よろしくねと輝かしい声で挨拶してくれた。

バスケ部と溯夜さんにどんな関係がと思って、「あの、私は溯夜さんと昨日、図書室で会って、ちょっとその事情で詳しく言えないんですけど、一緒に謎を解いている者です。」


「ほほぅ、」と千星が若干、引き気味に相槌あいづちを打つと明依は「バスケと溯夜さんにどんなご関係があるのですか?」と聞いた。


千星は「あー、彼は一応バスケ部員で、シューティングガード務めてて、重要な大会とか試合には出席してるんだけどね……。ただ、それ以外の基本練習の時には顔出さなくて、で、私が頻繁に注意してるわけ。」と答えた。


「そうだったんですね」


「バスケやってたなんて知りませんでした」


明依は意外という表情をした。


「でも彼、結構、優秀なのよ。試合には必ずと言っていい程、必要な存在で。味方にパス回す技とか上手いのよねー」マネージャーは自分の子供のように部活での溯夜について、明依に話す。


「上手くて何よりです。頑張って下さい」


「ほら、言われてるよ」そう言って千星は溯夜の肩をトントンとした。


ちょっとだけ上体を起こし、「ん?」とだけ眠そうに言うと溯夜はまた寝てしまった。


「溯夜さんが上達したのって千星さんがいたからだと思いますよ。誰だって最初は下手なものです。だけど、しっかりしたコーチや顧問、支えてくれるマネージャー《そんざい》がいるから強くなれるのだと私は思います。」


千星は「そういうふうに言われると、照れるなぁ……」と照れながら呟き、髪を片手で掻いた。


「今日はじゃあ、ひとまずありがとう」と言って立ち去ろうとした千星に、ちょっと待って。と伝える為、彼女の手を引いた。


「私、舞浜明依といいます。また会えたらよろしくお願いします。こちらこそありがとうございました。」と告げた。


はにかみながら手を振ると、千星はドアを開けてこの場から居なくなった。


さっき、明依と帆波が見た写真はバスケ部の大会の表彰式でのものだった。その時撮られた写真っぽい。

勝手な明依の想像だが、勉強が出来そうで図書室にいるクールボーイがスポーツにも専念してたなんて正直驚くべき事だ。

(勉強も出来て、運動も出来て、そのくせ、女子にもモテてるなんて最高か)と明依は妄想を膨らませている。


一度、冷静になった明依は「さーくーやーさぁん?」「聞こえてるなら返事して下さい」と

怒ってノートで溯夜の頭を叩くと、「痛。いきなり何するの。今、昼寝中。話しかけないでくれるかなぁ?」溯夜は溯夜でイラついたムードで下から視線を明依におくる。別に謙遜という意味での上から目線の反対で下から目線ではない。

やや睨みつつ、見上げるような状況だ。


「私の事、覚えててくれていますか?」不安そうな目で訴えかけた。


「ああ。あれでしょ?図書室の誰だっけ?」

とぼけた調子で明依を指差しながら問う。


「舞浜明依です!!ほんとは覚えてるくせに」

投げやりに言い放った。


溯夜は苦笑いすると再び寝ようとしたので、明依は「溯夜さんってバスケ部だったってマネージャーさんから聞きましたけど……」と言った。


「ああ、、半ば幽霊部員だけどね……」


溯夜が「それがどうかした?」と聞くと、「すごいじゃないですか……あまり参加率悪いみたいって小耳に挟みましたけど、でもシューティングガード任されるくらい強いってマネージャーの千星さんから聞きましたよ」と明依は自分のことのように語る。


溯夜は少しだけ(マジで……!)と思いつつ、心底驚いた素振そぶりを見せた。


「あの、千星ちゃんとお喋りしたの?」明依から話を聞いた直後の第一声がそれだった。


(千星“ちゃん”?私の事は“舞浜さん”と呼ぶくせに……なんだかずるくないですか)と心の中で嫉妬を覚えた。


「大丈夫?今、ぼーっとしてたけど、あのこれでも俺、ちゃんと明依さんとの話に眠いながらも付きあってあげてるんだからね。舞浜さんこそしっかり聞いときな」


今度は私が聞いてない側だった。


「分かってるって……」


「千星さんと溯夜さんの部活での様子について少しだけ話はしたよ。何?普段の練習サボってるのって、図書室の無意味な埃取りの為だったりするわけ?」やや、キレた口調ではっきり問いただすと犯人の自白のように溯夜は「そういうわけじゃ……正確に言うとサボってるわけでもないんだけどね。なんていうか、同じメンバーと上手くいってないっていうか、試合自体は楽しいんだけど、マネージャーが悪いわけでもないんだけど……端的にめんどくさいってこと」


そう言うと腕を組んで机に猫背の状態で座ったままうつぶせになった。

(また、こやつは寝ようとしてる)


「面倒だからって怠るのは良くないですよ……優しそうに笑顔でしたけど『待ってるから来なさい』って怒ってましたよ。千星さんに毎回のように催促しに来ては、呼び出し喰らってるんですね。見ていて呆れます。私、一つ気になりましたけど理由は面倒以外にもあるんじゃないですか?」


「はぁ……」溯夜は溜め息をつく。


「溜め息ついてても、仕方ないですよ。だけど、あなた面倒事、嫌いそうですもんね。もしかして、部活内でいじめられたり、パワハラ受けたりしてるというのも少しはあるんですか?」


「いや、一概に無いとは言えないけど」

溯夜が返事をすると、明依は心配そうな顔を浮かべた。

「ほら、男子部員ばかりでマネージャー女子1人なんだよね。なんか、わんさか取り合いになっててキツいというか‥それに川口なんて俺より強くて。同じ部員で1つ先輩だけど役割も同じで。そうなると自分って要らない存在なのかと常々思い始めて……」愚痴を明依に向かって長々と話し続けた。


「それは、いじめとかパワハラではないんじゃない?全部、愚痴でしたね」と明依は苦笑した。


「全て、あなたのねたみじゃないですか!!」と言いながら、再度、手に持っていたノートで溯夜をかすれビンタした。

掠れただけなので、溯夜にとっては痛くはなかったが、明依の声が非常に大きかったので教室にいた生徒らからの冷ややかな視線を目の当たりにした。C組の教室には冷たい空気が流れる。


「えっと、その、うるさくしてごめんなさい。」明依は緊張しながらそれだけ言うと、再び溯夜の方を向いた。教室にいる殆どの生徒が手を(そんなことないですよ)という風に横に振ってくれた。


「あの本当の理由を悟られたくないのかよく分かりませんけど、さっきから話、逸らし続けてますよね?」

確かに明依の言う通りずっと話を逸らし続けてきていた。ハラスメントだとか何だとか、ずっと曖昧なことしか溯夜はこれまで言っていない。


「話すと長くなるんだけど、父親が警察官で数年前までは君の姉さんの件で捜査を父親とやってた。図書室にも参考になる本とか新聞とか漫画とかまで幅広くあるから、掃除しながらパラパラっと目を通してた。でも、能力を酷使しすぎると疲れがブワっときちゃうのが唯一の難点なんだけどね……」


また、訳の分からないワードが彼の口から出てきた。能力?にわかには信じ難い言葉だ。


「やっぱり……」と明依がしかめっ面で考える人ポーズを取ったから、予想は的中したようだ。

明依にも部活を休む理由が図書室での推理と掃除だという理由なのは察せられた。


(溯夜さんのお父さんって警察官だったんだ。私がなにかしたらすぐ検挙されちゃう……怖い)と明依は思った。


明依は「今の発言で一つだけ気になることがあったんですが……」とひと段落置いた上で、

「姉の自殺の件で調べてくれているのは感謝してます。お父様にもありがとうございましたとお伝え下さい。それで、その、能力というのはどういったものなんですか?この不確かで歪曲した世界だと異能力のような第六感みたいな能力も存在するのですか……」明依はまだ少しも信じてないけれど興味をそそられたので溯夜の言葉を待った。


しばらく、溯夜は返答に困った様子で黙っていた。


「例の能力のことだけど……」

いかにも誰にも喋っちゃダメだよ?というような雰囲気を醸し出している。


「俺、実は透視能力持ってるんだ。あんま、人に言いたくない事情でざっと説明することしか出来ないけど手術によって、普通の人とは違う脳になってしまった。渦をせき止められるのも“限られた人だけ”なんだけど。まあ、その中に入ってしまったってだけ。ただ、それだけ。」


「でも、その能力は悪い作用もあるけれど、上手く使えたら君の姉さんの死んだ理由を突き止められたり、捜査への良い役割にもなるんだと思う」


「そうだったんですね!驚きましたっ!透視能力ってかっこいいです。。」と目を輝かせながら言う。明依は尊敬のまなざしを溯夜に向けている。


「あ、でも……疲れてしまうんですよね。よくあるあるです。マンガとかアニメとかでも能力使うと疲れるとか倒れるとか言われてますもん。」


「それ!」と溯夜は自分と同じだと意思表示する。「俺、そうなるので明依さんとの姉の死についての件で、もし倒れたらよろしくおねがいしますね」溯夜は無茶ぶりした。


「だったら、能力者だとか、カッコつけて能力使ったりしないで下さい!時間決めたらいいじゃないですか」

明依は一つ提案をした。しかし、そんな簡単な事ではなかった。


「上手くいかないんだよな。それが。」と溯夜は呆れ顔で言う。


ひとまず、この一連の話は横に置き、「昨日の話は覚えてるか?」と溯夜が問う。

明依はそれに対し、「何のこと?」と言うと、溯夜は内心まさか忘れてるわけじゃないよな?と不安になった。


「テンのことだよ。もしかしたら気づかないってだけでオコジョかもしれないけど。」

「舞浜さんの家の近くでそれらしい動物はいなかった?」と溯夜は言った。


すると、「昨日は見かけなかったよ」とニコやかに返事した。


「そっか。ありがとう」と溯夜は感謝の言葉を述べた。


その様子を見ていた咲花が、「なになに~デキちゃってるかんじ?」と嘲笑しながら茶々を入れてきた。

冷やかされた二人は一瞬、硬直し、「いやいや、そんなことないよ!」と明依は言い、溯夜も手と首を横に振った。


「ですよね、溯夜さん」と明依は溯夜に共感を求めた。


「溯夜くんっていうんだ。良いお名前だね。私、明依と同じクラスの宇奈月咲花だよー。よろしくね!」と急に溯夜に話しかけてきた。


溯夜は「よろしく」とボソッと控えめに言うと、空気を読んでその場から立ち去ろうとしていた。


「この人、クールで静かで気障キザだけど、頭も要領も運動神経もいいんだよー」と明依が溯夜の代わりに紹介してあげた。


「そんなことないですよ。気障ではないし、頭が良いっていつ言ったっけ?定期試験は学年10位以内ですけど。総合?だったかな。」


「ほら、私の言った通りじゃないですかー」と明依は当たり前のように言う。


咲花は苦笑いしながら、「仲良くていいね」と間を入るように言った。


言われた明依は照れ笑いをし、溯夜はひきつった顔をした。


「(ついでに聞いちゃおっと)溯夜くんってお菓子作るのとか食べるのとか好きだったりする?」と咲花が宣伝質問すると、「あーそういうのとは縁はないっすね。」と溯夜は言った。


明依は咲花に対し、「別のクラスの生徒にもお菓子関連を広めたりしなーい!」とツッコんだ。


「ごめんね、溯夜さん。咲花は昔からこうなの。スイーツ好きすぎて、皆に共有したがる癖があるの」と明依は申し訳なさそうに言った。


「失礼な」と咲花は重ねて言う。


静かな教室内を咲花が来たことにより、3人の間には桜風のような空気が流れた。一人一人が教室内を鮮やかに彩ってくれる。春のような心地よい時間が流れた。


「明依!教室戻るよ。」と咲花が促すと、腕時計を見た明依は「ほんとだ、もうこんな時間!ヤバい。」と言い、一気に焦りが募った。


咲花が「また、いっぱい話そうね」と言うと、明依も「時間が空いた時に私も色々お話したいな」と口を揃えた。


溯夜も「眠かったり、忙しくなければいいよ。」と返事した。


こうして、明依と咲花は教室を後にした。溯夜は明依と咲花を目で追って見送った後、再び机に突っ伏して、俯せになった。




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