第33話12月7日(日)

 12月7日㈰


 『ピーーッ……ピーーッ……』

朝七時、前日設定しておいた携帯のアラームが鳴っている。それでもベッドから起き上がれない。わずか二メートル先のテーブルの上に置かれた携帯を取る気力すらわかない気だるさ。この気だるさは朝だからなのか。寒いからか。いや、それらの要因もあるが2年以上朝はこんな状態だ。季節が根本の原因ではない。

 『ピーーッ……ピーーッ……』

 「うるっ、さいわねー!!」

 友子が隣の部屋から飛び出してきた。怒った阿修羅のような表情だ。

 「早く起きなさいよっ!今日バイトでしょ?起きられないならこんなアラームかけるなっ!今日私休みなの!!いつもいつも何で私があんたの目覚ましで起きなきゃいけないのよっ!!」

 眠気眼でおれは

 「この前はありがとうって言わなかった?」

 「あれは平日の大学ある日でしょ!?今日は休日!!休みなの!!バイトもない日なの!!」

 「うるさいなぁ、わかった起きるよ。だから携帯こっち持ってきて。アラーム止めるから」

 『ピーーッ……ピー』

 ピッ、

 友子がおれの携帯のアラームを止め、

 「シャキッとしろ!!」と吠えながらおれに携帯を投げつける。

 ゴンっ、という鈍い音。すぐに額に痛みが走る。おれは痛みにもだえ、縮こまる。

 友子は悪びれもせず、部屋を出て行く。友子の背中を見送ると、携帯に一件のメールが届いていた。宛名を見ると大学時代の友達高田からであった。文面を見ると、今日会えないかという内容であった。

 『一八時以降なら大丈夫だよ』とメールを返す。

 バイトを終え、森重が指定した喫茶店へと車で向かう。

 中に入ると喫煙席で森重が既におれを待っていた。

 「おう、早いな」と声をかけながら向いの席へ腰を下ろす。おれの顔を見ると高田の表情はそのまま固まる。過去のおれと今のおれとの整合性がとれず、フリーズしたPCのようであった。

 「なんだ、敬、髪伸びたな。あと痩せたか?」と言うそんな高田はどこか違和感がある。何かそわそわしている。それを隠そうと態度が固くなっているように見えた。本心はおれの状態などどうでもよさそうで心ここにあらずという感じにも見える。顔の緩みをどうにか隠して平常心を装っているような。何か嬉しいことでもあったのだろうか。

 高田はカフェオレ、おれはアメリカンのホットを頼む。

 待っている間の会話は他愛もない世間話。例えば仕事はどうだとか、最近は元気かとか、友子ちゃんとはまだ付き合っているのか……

 「お待たせしました、アメリカンとカフェオレです」

 高田が一杯飲んだので、おれもそれに合わせコーヒーを啜る。

 「おれ、結婚するんだ」

 おれに照れくさげに話す高田。堪えていた感情が噴き出す。

 「子供ができちまったんだ。金も大してないのによ……だけど後悔はしてないんだ。おれ、子どもができたって彼女に聞かされた時、まず、嬉しいって気持ちがあったんだぜ?そりゃ、不安もあったけどさ…でもな……なんだ。……だからさぁ、……で………」

 高田の声はおれの耳に入ってこなかった。代わりに、漠然としたこれまでの不安が言葉となって流星群のようにおれの頭を駆け巡る。

 砂粒のような小さなものを幸せと言える?嘘だ!!少年時代のお前は今のお前を見てなんて言う?不幸せな、幸せになれない現状を認めたくない言い訳だ!!本当にそんな人生が理想だったのか?なぜ、笑っていられる?おれもお前もお前らも!!これが人生なのか?こんなことまで飲み込み、納得し、愛想笑いをし、受け入れなければいけないのか?

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