第28話7月1日(木)
ジリリリリリリリッ!!ジリリリリリリッ!容赦なく置時計のアラームが鳴り響く。これは過去のおれからのメッセージだ。お前は朝の六時に起きろよという。秋山と飲み明かし、自分のアパートへと帰ったのは、まもなく空の色が薄暗い灰色から、東から登る太陽により、突き抜けるような青空をさらけ出され心はより、灰色になる午前四時半であった。そこからおれは布団に崩れ落ちるように寝た。泥のように寝た一時間半。秋山の部屋に泊まれば良かった。なんでおれは帰ってしまったのだろう。あの乱雑に積まれた段ボールの部屋では寝たくなかったのだ。寝れるだろう馬鹿め。おれのバカ。
テレビをつけると朝の情報番組が流れている。嫌に明るい女子アナが満面の笑みで話す。日の出と共に世の中の大人は出社をすべく、軍隊の行進のように、駅へ、車へ、バスへと生気のない顔で歩を進める。まるでマリオネットだ。小・中・高の学生たちは眠気眼にも学校へと徒歩かチャリンコ、バス、電車、親の車で向かう。大学生のおれも行かねばならない。
朝はとても辛い。太陽のあのやけに明るい光は「さあ、動き、働きなさい。未来は明るいですぞ!!」と白々しい笑みと根拠のない励ましでおれらを動かしているようだ。
紙コップに粉末のコーヒーを入れる。ポットのお湯を注ごうとした時、おれはふとした疑問に駆られる。〝もしかしたらこのカップの中に虫がいたら?〟確認はしていない。もしかしたら虫が入っているかも……。カップを振って確認するも、小さな虫で粉に紛れ込んでしまっているかもしれない。おれはその粉が入ったカップごとゴミ箱へと捨て、今度は新しい紙カップの中に虫がいないことを確認し、新しいコーヒー粉を入れる。ポットのお湯を注ぎ、出来上がったブラックのコーヒーを飲む。朝のコーヒーは美味い。苦みと温かさが目を覚まさせてくれる。だけどなんで突然あんなに虫がいるかなどと気になったのか。寝ていないからだな。
八時半。大学へと到着。授業開始までまだ三十分もある。そのため、誰もいない閑散とした教室にポツンとおれ一人がいる。この空間がおれは好きだ。支配者になった感覚。誰もいない世界の王。孤独ではない。孤独とは他者がいてこそ実感するものだ。静寂がおれに訪れる。潔癖なる砂漠の瞬間。
大学に入学し、一ヶ月が経った頃には食堂の九人掛けの長テーブルでなければ収まらないほどの友達と呼ぶ存在ができていた。
昼休み。生徒達が食堂にわんさか集まる。顔だけ知ってる奴。顔すら知らない奴。喋ったことはあるが名前を知らない奴……。生徒達が受付カウンターに列を成す。確保したテーブルから友達たちとその様を見ていると、
「席確保したのはいいけど、これ並ぶのはキツイよな……」
顔が酒でむくんでもこんなにでかくはならないというデカ丸顔のおれの隣りに座る四つ年上であるが同級生で少し前髪が後退してる室田さんが苦笑いを浮かべる。
「え?室田さん寺本君に頼んでないの?」
「え?松山君、寺本さんに頼んだの?」
「うん、おれも、高田も、みんな寺本くんに金渡して食券頼んでもらってるんだけど……」
室田さんはショックを隠しきれない苦笑いを浮かべ、「マジかよ~」と呟いた。
「125番から133番できたよ~」
拡張機を通して食堂のおばちゃんが知らせる。
「あ、俺達だよ」と寺本君がナンバープレートを俺達に分ける。
「あれ、高原さんは?」と秋山の次に顔が良いアイドルのように綺麗な中田君が誰にでもなく訊ねる。
「室田さん、寺本君に飯頼んでなかったみたいで、今並んでるよ。ほらあそこ」
おれの人差し指は長蛇の列の最後尾に並ぶ室田さんを指す。
「うへへっ」中田君が笑う。
中田君の笑い方はなんと言うか顔に似合わず下品だ。
「今度、女の子と飲み会しようと思ってるんだけどさぁ、」おれの向かい側に座るニヤケ面の秋山。飯が不味くなる。ゆっくりおいしく飯を食べさせてくれ。
「え?いつあんの?」食いつくな高田。
いつもの日常、おれらはそんなどうしようもないが楽しい日々を過ごしていった。どうしようもなくくだらない楽しい日常がひたすら続いていく。終わりがみえないような嘘の永遠。ただ、黒い影はゆっくりとであるが確実におれの背後に近づいていた。
昼休み。テーブルを囲む八人の男たちによるトークショー。下ネタ。下ネタ。下衆な会話。笑い声。そして講義が始まる。さらにその後は合コンに似た飲み会。カラオケ。二日酔いと寝不足による宙に浮いたような頭の気だるさと頭痛。翌日の講義。昼飯。会話。下ネタ。笑い声。下世話。授業。飲み会。翌日休日。四人のモデルのような女をおれのアパートに連れ込む秋山。ニヤケ顔。乱交パーティーがおれの一人用ベッドの、ソファー、カーペットの上で行われる。
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