第10話 九月二十二日(月)⑤

 「おれ、バイトしようと思う」

 大学の講義とアルバイトを終え、二三時に帰宅してきた友子に伝えると、

 「そうだね~、ずっとヒモ状態でいるより、何かした方があなたにしても、私にしても良いもんね。て言うか普通第一声はおかえりとかじゃないのぉ?」確かにその通りだ。バイトをする=(イコール)社会に出るということが久々すぎて発言することに緊張してしまったのか。

 「あ、ごめん、なんか緊張して。……やっぱりおれヒモなんだ……」

 「!あたり前でしょ、ヒモ中のヒモよ!ん?緊張しているって何よ?あんたやっぱ変わってるわ」とケラケラ笑う。

 おれの心がなぜだか沈んでいく。笑われたことに?ヒモだと指摘されたことに?両方だろうよ。

 「……ちょっとコンビニ行ってくる」

 「あれ~、気に障った?」

 「違うよ」という言葉とは裏腹におれはふてくされた子供のように顔を下に向け、そそくさと玄関へと向かい、友子のマンションを後にする。うしろから友子の「ちょっと~……怒らないでよ~」という声が聞こえてきたが無視。

 玄関を出て、空を見上げると、あたり前だけどとっくに日は沈んでいて、暗闇にまるで苺の種のように星々が点々と輝いていた。時間の感覚がここのところ無くなってきている。さっきまで夕方だったのが、もう夜だ。

 

 「三点で819円ね。今日なにかあったの?」

 ここら一帯は駅に近いマンション街。それも金持ちが住むような高層の。友子の住むマンションの向かいも道路を挟んでまたマンションなのだが、一階部分にコンビニエンスストアや服屋、レストランが組み込まれている。コンビニにはこの時間帯に働いている四十代くらいのパートのおばちゃんがいる。名前も知らないが、おれが大学生のころから既に働いており、コンビニに行けば喋る仲の顔見知りであった。

 時々、誰とも話したくない時がある。今がまさにそれだ。よく行くお店の人と会話をする関係になるとこれが厄介だ。こっちは話したくないのに、何か話さなければならない。かといって話したくない。世間体を気にする自分と、保身をはかろうとする自分。二つの気持ちが揺れ動いて中途半端な気持ちになると言葉が思いつかず、適当な言葉でしか返せなくなる。一番最悪な状態だ。

 「ええ、まぁ、……色々と」苦笑いの曇った表情。

 「顔が疲れてるよ。若いんだから元気出しなさいよ」笑顔。


 おれはコンビニで買った煙草と缶ビール、友子が好きな紙パックのミルクティーが入った袋を意味もなく覗き、コンビニをあとにした。  


 買ったばかりの煙草を吸いながら、コンビニの横にある公園のベンチで黄昏(たそがれ)る。たばこの煙が夜空を覆い、そして星々の隙間にある暗闇に溶けていく。煙草の九割が灰となり、口に銜(くわ)えているのはフィルターと先端の灰だけとなる。

さあ、マンションへ戻ろう。紙パックのミルクティーが好きな女のいるマンション。おれを知っている人がいるマンション。おれがおれという存在を認めざるおえない場所。


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