65話 エサで釣るなんてあからさますぎるのよ

 ましろとデートの約束をした後、やっと天文部まで来た。何かここに来るまでで疲れたんだけど。


 そんな僕の疲れは知らずか、ましろはドアを開く。瞬間、中から熱気が襲ってきた。


「あつっ⁉」


 思わず声を上げてしまう。一体中で何が⁉


「何よ、これ……っ」


 ましろが腕で顔をガードしつつ、中に入っていく。僕も続いて入り、その現状を目の当たりにした。そこには、この熱気の原因である大量のストーブが乱立していた。


「おっ、来たのだ!」


 砂漠にいるような錯覚を感じる中、いつもと変わらない様子の美羽が、コタツの中から手招きしている。幻覚でも見ているのかな?


「ちょっと美羽! この暑さは何⁉」


 ましろがこの暑さについて言及する。けど、美羽は全く持って疑問を感じていない様子で返す。


「ん? 何かおかしいのだ? ここはとっても暖かく、居心地がいい空間なのだよ」


 ……美羽が何を言っているのか理解できない。いくら冬で寒くても、これは異常だと思うんだけど。


「……っ、ごめんなさい!」


 ましろは一言謝ると、近くにあった数台のストーブを切った。けど、それですぐこの熱気が消えるわけではないため、ましろは続けて全ての窓を全開にした。


「あーー⁉ 何をするのだ⁉」


 美羽が慌てて止めに入ろうするけど、コタツから出たくないのか、すぐに戻ってしまった。窓を全開にしたためか、多少マシになりようやく一息つけた。外からの風をここまで気持ちよく感じたのは初めてかも。


「勝手にやったのは申し訳ないけれど、さっきまでの暑さはやりすぎよ」


 ましろが顔に張り付く髪を鬱陶しそうに払いながら困り顔をする。


「うぅ~……ボクは寒いのが苦手なのだ」


 美羽はそう言って、さらに首までコタツの中に入ってしまう。寒いというわりに、少し汗かいてるのは矛盾してない?


「でも、この前の温泉旅行の時とか、屋上に出る時とかは白衣で出てるよね? それは寒くないの?」


「あの白衣はボク専用の特注ものなのだ。防寒と保温機能を最大限に兼ね備えたもので、あれ一枚で冬の寒さも凌げるのだ」


 あの白衣、そんな機能あったの? ただの趣味用としてのものとだけ思っていたよ。


「その白衣は今日着ていないのかしら?」


「一昨日、部屋の片付けをしている時に物が崩れて、偶然引っかかり何着か破けてしまったのだ……代えも今はクリーニングに出しているからないのだ……」


 美羽はこの世の終わりみたいな顔をしている。美羽にとって白衣はなくてはならないものなのかも。冬限定のだけど。


「事情はわかったけど、あそこまでする必要はあったのかしら……」


 いまだに蒸し暑さが残る部屋に、ましろは億劫そうな顔をする。


「とにかく、美羽がこんな調子じゃ、今日の活動は無理そうだね」


 コタツにほぼ全身を委ねている状態じゃ無理だろう。さっきみたいに砂漠みたいな部屋にしたら、僕とましろがここにいられないし。


「うう、ごめんなのだ……」


 コタツの中から顔だけ出して申し訳なさそうにする美羽。


「そうね。でも、これだけは伝えておかなきゃね。美羽、24日の夜、予定は空いているかしら?」


「24日なのだ? 特に何もないのだよ」


「それならよかったわ。もしよかったらなんだけど、その日私の家でクリスマスパーティーをやろうっていう話になっているんだけど、美羽もどうかしら?」


 ましろの言葉に、美羽は目を輝かせてコタツから出てきた。けど、体を震わせた後、一瞬で戻ってしまう。


「い、行くのだ! その日なら、白衣ももう戻ってくるのだ!」


 コタツの中から嬉しそうな声を上げる美羽。どことなく面白おかしいその姿が微笑ましく、僕とましろは笑みを浮かべてしまった。



 スマホから着信音が鳴り、僕は料理の片手間に画面を見た。メールが一件、美柑からだ。料理の盛り付けを終わらせ、メールを開く。内容は、全員ではないけど美術部員の何人か、それに保科先輩も来れるといった報告だった。


 これで、クリスマスパーティーに参加する人数は増え、だいぶ賑やかなパーティーになることが予想できた。


 後は、寧も来てくれればいいんだけど。寧を誘うのは、僕の役目だ。


「お待たせ、できたよ」


 盛り付けた料理をテーブルに並べていく。寧はカップにつけていた口を離し、目の前に広がる料理を見回し、感嘆の息を吐いた。


「今日はまた豪華な夕食ね」


「まあね」


 何せ、全て寧の好きなものにしたんだ。なかなか手間はかかったけど、これも寧の機嫌を良くし、パーティーに誘うためだ。何か、エサで釣っているようで悪いけど。


「いただきます」


「いただきます」


 お互いに手を合わせ、料理を食べ始める。寧は自分の好きなものしかないため、上機嫌で目の前の料理を平らげていく。誘う目的はあったものの、こうして嬉しそうに食べてくれるのは、作った側からすると嬉しいものだ。


 それからしばらく、寧は何も言わず料理に集中していくが、やがて箸を止めて、紅茶に口をつけた。僕はそろそろかなと思い、寧がカップから口を離すと同時に話しかけようとした。けど、それよりも早く寧が疑いの眼差しを向けてきた。


「それで、目的は何かしら?」


 開口一番に出たその言葉に、僕は呆気に取られてしまった。


「も、目的って何かな? 僕はただ、寧の好きなものを作っただけだよ」


 白を切るように言ってみせるも、寧の疑いは続く。


「だとしても、全部が全部っていうのは、手間暇も考えたらやらないわよ。あからさますぎるのよ、お兄様は」


 寧が疑いの眼差しから、呆れた眼差しに変えてきた。僕はぐうの音も出ない。


「……ご、ごめん。実は、寧にも参加してほしいパーティーがあるんだ」


 結局素直に白状することになり、ここまでした労力はなんだったんだろうと考えてしまいそうになる。


「……パーティー?」


 パーティーと聞いた瞬間、予想通り寧が嫌そうな顔をする。


「う、うん。その、24日の夜、ましろの家でクリスマスパーティーをすることになったんだ。それに、寧も来てくれないかなと思って」


「結構よ」


 考える間もなく、寧は即座に断る。


「う……そ、その、そこまで人数は多くないから。大体、二十人くらいかな」


 そう言うも、寧はますます嫌そうな顔をしてしまう。


「……十分多いじゃない。お兄様は寧が人混みを嫌いなこと知っているでしょう」


「そ、そこを何とか⁉」


 僕は手を合わせて頼み込む。寧は渋りつつも、何事か考え始める。


「お兄様がどうしてもというのなら聞いてあげたい気もするけど…………そうね、こうしましょう。お兄様、交換条件よ。寧がそのパーティーに参加する代わり、25日のクリスマス、寧ともデートしてちょうだい」


「デ、デート……?」


 何かつい数時間前にも聞いたような単語に困惑を隠せない。ましろに続いて、寧までデートを持ち出してくるか。というか、寧までさらっと美柑とのデートのことを言葉に含ませくるなんて。


「ええ。クリスマスに、兄妹水入らずでデートするのよ」


 その条件ならパーティーに参加する、逆にそれ以外の条件は一切呑まないとばかりに言い放つかのような寧に、僕は苦渋の決断を強いられることになってしまった。


「わ、わかった。その条件を呑むよ」


 こうして僕は、23日に元教え子であるましろとデートすることになり、25日に妹である寧とデートすることになるのだった。

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