66話 幻想的な景色のせい?

 やってきた12月23日。今日はましろとのデートの日だ。


 前回の反省を活かし、今回はちゃんとデートに合うような私服を着てきた。何も知らなかったとはいえ、今思えばあの時美柑には悪いことしちゃったな。


 待ち合わせ場所に向かうと、すでにマフラーをし、暖かそうなベージュ色のコートを着たましろがいた。


「ごめん、待たせたかな?」


「いえ、2時間しか待っていないから大丈夫よ」


 僕は足元の雪もあって、思わず転びそうになった。


「に、2時間⁉」


「フフッ、冗談よ」


 会ってそうそうにましろにからかわれてしまった。一瞬、集合時間を間違えたのかと本気で思っちゃったじゃないか。


「さあ、時間が惜しいから行きましょう」


 ましろは僕の手を引いて歩き出す。いきなり手を繋がれてドキッとしたけど、すぐに後を追う。てかこれ、ドキッとするの普通逆じゃない?



 ましろが最初に入ったのは、意外にもゲームセンターだった。この時期なら、恋人同士が訪れるような場所は他にたくさんある中で、だ。まあ、そういう場所に入ったら入ったで、どう振る舞えばいいのかわからないから、この意外なチョイスはありがたい。


「先生、あのぬいぐるみ、先生に似てない?」


 普通に先生と呼ばれたことにドキッとしつつ、ましろが指さした先を見る。ガラスケースの向こう側に、どことなく困り顔をするキャラのぬいぐるみが置いてあった。


「に、似てるのかな?」


 ましろから見た僕は、常に困り顔を浮かべているイメージがあるのかな。


「先生、UFOキャッチャーは得意かしら?」


「どうだろ。あまりやったことなくてね。ちょっとやってみようか」


 得意かはわからないけど、ましろはどうやらこの僕似らしいぬいぐるみが欲しいようなので、ここは人肌脱ぐとしよう。



 ――――――――



(と、取れない……⁉)


 あれから何度100円玉をこの台に投下しただろうか。一つ言えるのは、考えたくもない数の100円玉が犠牲になったことだけは確かだった。


「せ、先生、もういいわよ⁉」


 ましろが焦った顔で止めに入るけど、今の僕はもう止まらなかった。今僕は、無数の100円玉の上に立っているんだから!


 僕は財布から、次の100円玉を取り出そうとして、そこで気づいた。100円玉はもうなく、あるのは、まだ両替していない一万円札一枚だけだった。千円札何枚かは、すでに両替機に吸われていった。


 僕は断腸の思いで一万円札を取り出す。すると、足元で硬貨が落ちる音がした。見れば、どこかに隠れていたらしい希望とも見える500円玉だった。


 僕はすぐさま拾い上げ、迷いなく投下する。隣で、ましろの嘆くような声が聞こえるけど、今は無視だ。


 この5回のうちで、取ってやる! そんな意気込みとともに開始してそうそう、明らかにアームの力が強くなり、すんなりと僕似のぬいぐるみを持ち上げてみせた。そのまま出口まで運び、ぬいぐるみは無事出口に落ちた。


「……え?」


 嬉しさよりも、ただ呆気に取られてしまった。何でよりによって、500円玉を投下したタイミングでアームの力が強くなる? これじゃあ、500円玉を入れればアームが強くなるのでは? と思ってしまいかねない。


「せ、先生、取ってくれてありがとうね」


 ましろがぬいぐるみを取り出し、無理して作ったとわかるような笑みを浮かべて言う。その途端、僕は自分が情けなく思えてしまった。


「……ごめん、ましろ。せっかく止めてくれたのに、こんなことになっちゃって」


 ましろの静止を聞くべきだったにも関わらず、子供のようにはしゃいでしまった。そのせいで、すっかり時間は経ち、デートの時間も短縮させることになってしまった。


 僕は申し訳なさげにましろを見る。これはひどく呆れさせてしまったかもしれない。


「先生、そんなに落ち込んだ顔しないで。確かにお金は使いすぎちゃったかもしれないけど、こうして先生が私のために取ってくれたんだもの、私としては嬉しい限りよ」


 ましろはぬいぐるみを大事そうに抱きかかえ、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「呆れて、ないの?」


「別にこれくらいで呆れないわよ。むしろ、先生が子供みたいに必死になっている姿が見れて、私としては得をした気分よ」


 子供みたいと自分でも思っていたことを言われ、恥ずかしくなってしまう。やっぱり、僕なんてまだまだ子供なのかな。


「それより先生、後四回チャンスが残ってるわよ。もったいないから、やっておいたらどうかしら」


「うーん……そうだ、せっかくなんだから、残りはましろがやっていいよ」


 正直僕の心はもう燃えカス気味なため、もったいないと思ってもやる気が起きなかった。


「あら、それならお言葉に甘えようかしら」


 そう言うと、ましろは嬉々としてアームを操作していく。僕は遠慮なくはしゃぐその姿に、500円玉も無駄にならなくてよかったと思った。


「見てても思ったけど、やっぱりアームの力弱いわね」


 ましろが子供さながらにムスッとする。二回、三回とぬいぐるみを持ち上げることはできず、ラスト一回になった。


「あら?」


「え?」


 何のいたずらか、たいしたインターバルもなく、アームは再度その力を強め、何なくとぬいぐるみを出口まで運んでいった。


「や、やったね、ましろ……っ」


 若干納得いかないと思いつつも、ましろは別に何も悪くないため素直に称賛する。ましろはそんな僕を見ずに、ぬいぐるみを取り出して、それを僕に渡してきた。


「はい、これ先生の分ね」


「え、僕の?」


 僕の腕の中に、ましろが抱いているぬいぐるみと同じものが収まった。


「ええ。これはラッキーと思いましょう。だって、そのおかげで先生と同じものを持つことができたんだもの」


 まるで男女においての二人だけの秘密というように、ましろはさぞ嬉しそうに言う。そんな顔を見せられたら、もう何も言えないよ。


「そうだね。取ってくれてありがとう、ましろ」


 せっかくましろが取ってくれたものだ、ここは素直に喜ぼう。これが僕似のぬいぐるみなことだけは少し微妙だけど。


「先生、このままあれ撮りましょう」


 ましろは僕の手を引き、プリクラを指さす。いかにも女の子向けのキラキラしたそれに、僕は思わず拒否反応が出てしまう。


「い、いや、あれはさすがに……」


「先生、もしかして恥ずかしいのかしら?」


 ましろがニヤニヤとからかうように僕を見てくる。


「べ、別に恥ずかしくなんかないよ」


「じゃあ、問題ないわね」


 本音とは裏腹に、僕の口は強がりなことを言ってしまう。結果、狭い空間に、ましろと二人きりになってしまった。弱すぎだろ、僕。


「ほら、先生。お揃いのぬいぐるみもちゃんと、はいピース」


「ピ、ピース」


 ましろは手慣れた操作で進めていき、気づいたら撮影に入っていた。しかも、撮影は一回だけでなく、その後も連続して撮影されてしまう。おかげで、表情を気にする余裕なんてなかった。


「プッ、先生、変な顔ね!」


 画面に表示された写真を見て、ましろが笑う。擁護できないほどに、僕は変顔を連発していた。待って、これ保存するの?


「オリジナルは一枚持っておくとして、加工したのも数枚作っておきましょう」


 何やら画面を操作したかと思えば、何の変哲もなかった普通の写真が色鮮やかになっていく。


「す、すごいね。ここまで加工できるんだ」


 僕は素直に感心する。けど、これやりすぎると、別人になっちゃうよね?


「最近のは特に進化しているものね。ほら、これなんか押すと、先生がまるで別人になっちゃうわ」


「……加工できすぎるのも、考えものかもね」


 すっかり別人になってしまった自分を見て、僕は加工の恐ろしさを感じてしまった。



 ゲームセンターを出た後は、服やペットショップを見て回り、食事を取ったりした。夜の20時を回るのは、あっという間だった。


「今日は付き合ってくれてありがとうね、先生。とても楽しく、かけがえのない一日だったわ」


 ましろがそう告げると同時に、雪が舞い落ちてきた。段々と数を増していく雪は、周りの照明と合わさってどこか幻想的に映る。


「僕も楽しかったよ。こっちこそ、ありがとう、ましろ」


 正直なところ、最初はデートと聞かされ焦り、不安だった覚えがある。でも、実際にこうしてましろと一日を純粋に楽しめた。それに、僕の知らなかったましろの一面も知ることができた。


「ねえ、先生。今日の私、先生から見てどうだったかしら?」


 ましろのその問いかけに、僕は首をかしげてしまう。


「どうだったって言われても……」


 ましろの問いかけの意味がわからない。その問いかけで、ましろはどんな回答を求めているんだ?


「そのまま、先生が思ったことでいいわよ。先生の目に、私はどんな女の子に映ったのか」


 はぐらかされるのを避けるためか、ましろはジッと僕の瞳を覗き込んでくる。だから僕は、ましろが言ったように、今日一日を通して感じたましろという女の子がどんな子かを、思ったままに口に出す。


「真面目だけど、子供みたいにはしゃいで、ぬいぐるみのような可愛いものが好きな、そんな可愛いらしい女の子。それが僕から見たましろかな」


 僕の知っているましろは、真面目な印象だったけど、それだけじゃなかった。ゲームセンターで子供さながらに楽しみ、また可愛いものに目がない。それに、食べ物の好みなんかも意外だったりと、僕の知らないましろに驚かされることばかりだった。


「まさか先生から、可愛いなんて言われるなんてね」


 ましろはぬいぐるみに顔を半分ほど埋め、嬉しそうに笑みを浮かべながら目だけで僕をからかってくる。


「い、言われた通り、思ったことを言っただけだよ」


 自分が言ったことを意識した瞬間、恥ずかしくてましろから顔を背けてしまう。


「でも、子供みたいな先生に子供みたいって言われるなんてね。フフッ、私からしたら、先生の方が子供なのに」


「い、いや、ましろの方が子供だよ」


 どっちが子供っぽいかっていう変な言い争いが少しの間始まる。けど、すぐにお互いの口から笑いが込み上げる。


「プッ、何をやっているのかしらね、私たち」


「ははっ、本当だよ」


 ひとしきり笑いあった後、ましろがぬいぐるみを抱え直す。


「冷えてきたし、そろそろお開きにしましょうか。明日もパーティーがあるんだから、二人して風邪を引いたら皆に合わせる顔がなくなるわ」


「確かに、そうだね」


 明日はいよいよ、皆が楽しみにしているクリスマスパーティーだ。風邪なんて引いてられないよ。


「それじゃあ、先生。また明日、クリスマスパーティーでね」


「うん。また明日」


 ましろは僕とは反対方向に歩いていく。僕はその後ろ姿を見ながら思う。


 今日は本当に楽しい一日だったし、明日もパーティーがあって楽しいことの連続だ。嬉しいことのはず。……でも、じゃあこの胸に抱えるモヤモヤは何だ?


 モヤモヤの正体はわからない。けど、一つ言えることはある。


(何で、ましろの後ろ姿はこんなにも儚げに見えるんだ?)


 この場において不釣り合いな感情に、僕はしばらく呆然と立ち尽くしてしまうのだった。

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