64話 言質は取ったわよ

「クリスマスパーティー?」


 昼休み、教室でそれぞれ昼食を広げる中、真希波が言った言葉を繰り返す。


「そう! 24日、皆で集まってクリスマスパーティーをやらないって話を綾子としててね。どうかな?」


 真希波が僕たちを見回して言う。


「パーティー! いいね、やりたい!」


 美柑が目を輝かせ賛同する。


「やるのは全然いいけど、私たちだけ?」


「他にも誘ったんだけど、用事があったり、……彼氏がいたり……とかで予定が合わなかったんだよね」


 真希波の声音に若干闇が垣間見えてしまった。小さく「リア充め……」って言ってるのも聞こえちゃったよ。


「そ、そう」


 ましろが苦笑いしつつ納得する。闇を醸し出してしまった真希波に代わって、綾子がましろにお願いをする。


「ましろにお願いなんだけど、ましろの家でパーティーできないかな?」


 両手を合わせてお願いのポーズをする綾子に、ましろはやれやれとしつつも頷いた。


「ねえ、他にも誘いたい子がいるんだけど、ダメかな?」


 美柑が聞くと、元に戻った真希波が俄然頷いてみせる。


「うん、いいよ! むしろ、もっと人が多い方が楽しくなるから歓迎だね。あ、でも、彼氏彼女持ちは、わかるよね?」


 すぐに闇はぶり返し、ブラック真希波が美柑ににこやかに笑ってみせる。それを見た美柑は、汗を浮かべつつ何度も首を縦に振って見せる。


「なら、おっけーだよ! で、誰を誘いたいの?」


「え、えっとね、美玖先輩たち美術部の皆と、みうりん。そして、寧ちゃん!」


「えっ⁉」


 美柑の口から出た寧に、僕は驚いてしまう。


「寧ちゃんって、たしか蓮の妹だよね?」


 真希波が思い出すようにして言う。


「う、うん。けど、美柑、寧を誘うって……」


 嫌とかではないけど、確実に何か起こりそうで、気が気でない。


「せっかくの一大パーティーなんだから、寧ちゃんだけいないのは寂しいよ! 皆で一緒に楽しんでこそのパーティーだよ!」


 美柑の言葉に、ましろも「そうね」と言って笑みを浮かべて頷く。


 確かに、寧だけ蚊帳の外なんてことさせられない。例え何かが起こると予感してても、皆で楽しもう。むしろ、何かあってこそ、パーティーみたいなものだ。


「わかった。僕から伝えておくけど、来るかどうかの保証はできないかも」


 何せ、他人と距離をとることが常である寧が、人が密集するパーティーに来るかどうかが怪しい。まあ、ここは僕が何とか頼み込んでみよう。


 こうして、24日のクリスマスイブ、ましろの家でクリスマスパーティーを開くことが決定した。



 放課後になり、僕とましろは天文部の部室に向かっていた。美柑は今日美術部の方に行っており、そこでクリスマスパーティーのことも話すみたいだ。


「ねえ、先生。イブの前日、予定は開いていないかしら?」


 不意打ちで僕のことを先生と呼んできたため、ドキッとしてしまった。


「ま、ましろ、学校でその呼び方はやめて……っ」


「大丈夫よ。この辺に誰もいないことは確認してから呼んでいるから」


 ましろは意地の悪い笑みをしつつ言う。僕はとりあえず安心し、ましろの疑問に答えることにした。


「23日だよね。今のところ予定はないけど、何で?」


「その日、私とデートしない?」


「ぶっ⁉」


 思わず吹き出してしまった。何世間話みたいなノリで聞いてるの⁉


「デ、デートって言われても」


 デートと言われると躊躇いが浮かぶけど、ただの買い物と考えればそうでもないかも? でも、いくらイブの前日でも、デートとして意識しそうだよ。


「一日だけ、私のために時間を使ってほしいのよ。そう、先生が以前に美柑とデートした時みたいに」


「…………え?」


 ましろの口から衝撃的な事実がさらりとこぼれた気がした。


「え、ちょっと待って⁉ 何でましろがそのこと知ってるの⁉」


「あの日、偶然先生たちを見つけたのよ。美柑ってば、おめかしばっちり決めていたわね。だから、さすがに話しかけるなんて邪推な真似はしなかったわ。ああ、そうそう、これも先生の正体に気づけたヒントの一つよ」


「そのことはもういいよ⁉」


 偶然にしろ、あの時のことまで見られていたなんて⁉ 恥ずかしくて顔から火が噴きそうだよ。


「フフッ、女の子になっても、先生の困り顔は変わらず可愛いわね。そうね、これとは別に、先生がデートを断れない人質を出してあげる」


「ま、まだ何かあるの?」


 引きつった顔で言う僕に、ましろはさらに畳みかけてきた。


「先生、温泉旅行の初日にお風呂に入った時、私たちの裸を見たわよね?」


「……な、何言ってるの? み、見てないよ。あの時は、寧からもらったコンタクトレンズのおかげで、皆の姿は別のものに見えていたんだよ」


 内心で焦りつつ、必死に外堀をうめていく。けど、


「別のもの……男の姿だったかしら?」


 外堀はあっけなく掘り起こされてしまった。


「な、何でそれを知って」


「忘れるのが早いわよ、先生。私は深夜のあの時、一緒にお風呂に入っていたのよ」


 …………完全に忘れてた⁉ そうだよ、僕の正体に関することばかりに頭がいって、コンタクトレンズのことも話していたこと忘れてたよ⁉


「ちゃんと先生の口からも言質は取れているわよ。このこと、美柑に言ったらさぞ顔を真っ赤にするでしょうね」


「わ、わかった、わかった⁉ する! デートするから⁉」


 美柑にそのことを知られたら、気まずい雰囲気になってしまう。パーティー直前に、そんな雰囲気作りたくないよ!


「フフッ、ありがとう。でも、今の脅しはただの冗談よ」


「じ、冗談だって……?」


 ましろは微笑みつつ、ポケットからスマホを取り出した。


「ちょっと悪いとは思ったけど、先生の言質を取るためにこのことを利用させてもらっただけ。美柑に言うつもりはないから安心して」


 ましろはそう言うと、スマホの画面をタップした。


『――った⁉ する! デートするから⁉』


 数秒前に言った僕の言葉がスマホから聞こえてきた。


「何で録音してるの⁉」


「フフッ、言ったじゃない。言質を取るためって」


 ましろの嬉しそうな声に、僕は愕然としてしまう。いや、普通ここまでやるだろうか。


「それじゃ先生、当日はよろしくね」


「もう好きにして…………あれ? でも、23日なんだね」


 ここまでしたんだから、25日の方がいいんじゃないかと、ふと思ってしまった。25日ならクリスマス当日になる。


「……それだと不公平な感じで嫌なのよね。それに、どうせクリスマスにデートするなら、先生と付き合ってからの方がいいもの」


 ましろは振り向きざまに人差し指を口に当て、ウインクしてみせる。


 ましろの言葉と、普段見せないようなましろの表情に、僕は不覚にも心臓が高鳴ってしまった。

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