62話 本当にごめんなさい!

 寧とともに学校までの道を歩く。空はどんよりと曇り、まるで僕の心情を映し出しているかのようだった。


「はあ……」


 無意識の内にため息を吐いてしまったと思ったが、今のは隣を歩く寧のものだった。寧はおでこに手を当てた後、じっと目の前を睨んだ。その視線の先を追ってみると、僕もため息ではないけど、顔を思わず引きつらせてしまった。


 視線の先には、美柑とましろがいた。


「おはようー! レンレン、寧ちゃん!」


 美柑が大きな声で挨拶し、手を振ってやってくる。その後をましろが追う。


「お、おはよう、二人とも」


 明らかに待ってましたと言わんばかりの二人に、嬉しいような、困るような、そんなどこか複雑な感情を抱いてしまう。


「おはよう、蓮。それに、寧ちゃん」


 ましろは僕を見た後、寧を見てにっこりと笑みを向ける。その笑みに、色々な感情が込められているのがありありと伝わってくる。寧もそう感じたのか、ましろに対して不機嫌な顔を向けた。


「……寧を前にいい度胸ね」


 寧の口から憎悪のような言葉が出てくる。ましろは、そんな寧の言葉もさらりと受け流していく。


「フフッ、もう遠慮はしないって決めたからね」


 有言実行というように、ましろは僕と一緒に登校するためだろう、待ち伏せをしてきた。隣には、ちゃっかり美柑もいるし。


「私も負けないよ! レンレンと一緒にいる時間を増やして、どんどんアピールしていくからね!」


 朝から恥ずかしいことを堂々と言ってみせる美柑に、僕は恥ずかしくなってしまう。ここまでダイレクトに好意をぶつけられるのに、慣れるわけがない。


 寧はそんな二人を見て、さらに憎悪を募らせるかのように、その顔を険しくしていくのだった。


 結局、僕は三人それぞれの感情の板挟みにあい、学校に着く頃にはすっかり疲れ切ってしまっていた。



 放課後、天文部の部室にて、僕は美羽の前で土下座していた。


「で、何があったかは話せないわけなのだ?」


 美羽の僕を非難する声が少し上から振ってくる。土下座していても、美羽の身長が低いため、そこまで高くは映らなかった。


「……はい、本当にごめんなさい」


 美羽の身長のことを考えている暇などなく、今はとにかく謝ることしかできなかった。


 一昨日、保科先輩のことを追及するための情報集めとして、美羽に屋上の鍵のことを聞いた。その時は、不完全な推理しかできなかったため、美羽には保科先輩と迷惑メールに関しては何も話していない。ゆえに、今こうして美羽から事情説明を要求されているわけだ。


 しかし、解決したところで美羽に事情を説明することもできなかった。昨日のことを話すには、ゾンビのことも絡んでくるため、話そうにも話すことができないんだ。上手い言い訳も、事このことについては思い浮かばない。


 なので、今は事情を話さず、とりあえず問題は無事に解決したことだけを伝え、それで納得してもらえるように必死に頼み込んでいるところだ。


「勝手に聞いといて、事情は説明できないっていうのは本当に自分勝手で申し訳ないと、すごく反省しています」


 加えて、天文部も入部そうそうに休んでしまったこともあるため、まるで頭が上がらない。同じような言葉を何度か繰り返した後、美羽の口から長いため息がこぼれた。


「はあ~~……もういいのだ。気にはなるけど、話せないことなら無理に聞くのも悪いのだ」


 呆れた声で言う美羽に、僕は神でも崇めるかのようにもう一度深く土下座してみせる。


「本当にごめんなさい。今後は二度とこのようなことがないよう、努めて参ります」


 部下が上司に謝るような言葉を選び、僕は口に出す。相手は、僕よりも小さく可愛いらしい高校生だけど。


「お待たせー! ……って、何やってるの、レンレン⁉」


 遅れてやってきた美柑が、土下座する僕を見て驚愕の声を上げる。傍から見たら、さぞ異様に映る光景だと思う。


「美柑、これは必要なことだったんだ」


 意味深な言葉を吐く時のような口調で僕は言う。


「う、うん? そ、そうなんだ」


 わかったようでわかっていない美柑に、僕は苦笑いする。体を起こして、改めて美柑を見ると、その顔は困惑しつつも明るかった。


「聞いてきたんだね」


「! うん!」


 明るい顔と、その返事だけで無事に済んだことがわかり安堵する。


 美柑は部室に来る前に、保科先輩から話があると呼ばれていた。話の内容は、当然昨日のことだろう。迷惑メールを送ってしまったことと、10月16日のことを謝るために。


 保科先輩は美柑が自殺してしまったことを、自分の落ち度だと考えていた。そのことについても話したのだろうけど、美柑の様子から、そのことについても美柑は保科先輩のことを責めてはいないことが窺える。


 二人の仲が悪くなることもなく、一安心だ。


「ごめんなさい、遅れたわ」


 続けて、委員長の仕事で遅れたましろがやってきた。これで、全員揃った。


「全員揃ったのだ! それじゃあ、今日の活動を始めるのだ!」


 一波乱あったものの、こうして今日の天文部の活動が始まった。



(つ、疲れた……)


 部室を後にして廊下を歩く中、僕は疲れのあまりげっそりしてしまっていた。


 なぜこうなったか、それは活動中にちょくちょく見せてくる美柑とましろのさりげないアピールだった。二人とも、距離が近いんだよ……。おかげで、本来ならここまで疲れる要素のない天文部の活動で、ここまで疲弊しきってしまったわけだ。


「待って、蓮」


 後ろから、僕を呼び止める声が聞こえ足を止める。振り向いた先には、ましろがいた。


「ど、どうしたの? ましろ」


 この後寧と用事があるからと言って、半ば強引に一人になろうと歩いていた矢先だったのだ。けど、なぜかましろは追ってきてしまった。


「ごめんなさいね、これだけは謝っておきたいと思って」


 僕に追いつき、ましろは申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「謝る?」


「ええ。昨日、強引な感じで襲ったことを謝りたくて」


 ましろはきちんと頭を下げて謝ってくる。僕は予想外のましろの謝罪に戸惑ってしまう。


「い、いや、それは、えっと…………」


 脳裏に昨日の出来事を思い出してしまい、顔を赤くしてしまうだけで言葉が出てこない。


「私、少し焦っていたの。そのせいか、昨日は冷静な自分を見失ってしまって……申し訳ないと言うほかないわ」


 ましろは苦笑いを浮かべる。けど、今も眼鏡の奥の目は、その焦りからか揺れているように見えた。


「……焦る?」


 焦る要因に心当たりがありつつ、僕はそれを見ないふりをして尋ねる。


「美柑よ。今のあの子、蓮にすごい積極的よね。以前までとは比べられないその積極さが、今は少しだけ憎いわね」


 ましろが困ったような、けど嬉しそうな顔で笑う。僕はましろが言った焦る要因である美柑に、やっぱりと思いつつ、恥ずかしさからか顔を背けてしまう。


 けど、次にましろの口から出た言葉は、僕の不意を完全についてきた。


「それにね、何より蓮自身が、美柑のほうに気持ちが傾いていってる気がして、より焦ったのよ」


「……えっ」


 言葉の意味が一瞬わからず、僕の口から間の抜けた声がこぼれた。


「というわけで、昨日みたいに強引なやり方はしないけど、私も積極的に行くことだけは覚悟していてほしいわ」


 呆けてしまった僕を置いて、ましろは来た道を歩いていった。その姿が見えなくなってから、僕は呆然とした状態から立ち直り、困惑した。


『何より蓮自身が、美柑のほうに気持ちが傾いていってる気がして』


 ましろの言葉が何度も脳内でリピートされる。


 いつのまにか僕は、美柑の好意に寄せられていったのか?


 ただましろがそう見えただけかもしれない。気のせいである可能性はある。それでも、無意識の内に自分の気持ちが揺れ動いている可能性があることに、驚かずにはいられなかった。

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