63話 このラブレターはできれば受け取りたくなかった

 12月も半ばに入り、外はすっかり雪景色が広がるようになった。暖房が効いた学校の中にいても肌寒さを感じるようになり、本格的な冬が来たことを実感させてくる。


 けど、今の僕は、寒さなど皆無で、体中を汗が伝っていた。


「…………っ」


 僕が今いるのはとある空き教室で、目の前には面識のない男子生徒が、緊張した面持ちで立っている。さっきから、何か言おうとしては、口を閉じてを繰り返している。


 二人しかいない教室はとても広く感じ、またとても静かだ。こんな状況で男女(?)二人きりでいることが意味することなんて、さすがにわかる。けど、


(何でよりによって僕なんだ……っ)


 心の中で嘆き、僕は数分前のことを思い出していた。



 授業が全て終わった放課後、今日は美術部も天文部も活動がない日であったため、僕は美柑とましろ、真希波と綾子とともに遊びに行くことにした。


 階段を降り、下駄箱から靴を取り出そうとした時だった。一通の便箋が足元に落ちる。


「?」


 何の疑いもなく、落ちてきた便箋を拾い上げる。


「あー! それってまさか、ラブレター⁉」


 美柑が便箋に反応し、驚いた声を上げる。ましろたちも便箋に気づき、一様に目を見開いている。


「本当だ! すごい、私ラブレターなんて初めて見たよ!」


「それ、もしかして蓮当て⁉」


 真希波と綾子が興奮した様子で詰め寄ってくる。僕は反射的に首を横に振ってしまう。


「ち、違うんじゃないかな。ほら、ただの連絡事項とか……」


 連絡をわざわざ下駄箱に入れるって何だよって自分でツッコミしつつ、便箋を見回す。名前など何も書かれていなかった。


「レ、レンレン、それ、中は?」


 美柑があからさまにソワソワして聞いてくる。


「いや、さすがにこの場で開くのは相手に悪くないかな」


 もしこれが本当にラブレターだったら、その内容を皆に見せることになる。そんなの、とんだ公開処刑じゃないか。


「確かに、相手のことも考えると問題があるわね。なら、蓮だけが見るっているのはどうかしら?」


 僕の考えに納得しつつ、ましろもましろで中身が気になっているのか、中を見ることを提案してくる。皆どれだけ気になるのさ。


「わ、わかった、見るよ! でも、皆には見せないよっ」


 僕は皆から距離を取り、いよいよ便箋の封を開いた。中からは一枚の紙が出てきて、そこにはこう書かれていた。


『今日の放課後、二階にある空き教室に来てください。伝えたいことがあります。待っています。』


「…………」


 思わずそっと紙を便箋にしまってしまう。いやいやいやいや! これあかんやつだよね⁉


「レンレン……?」


「蓮……?」


 真希波と綾子がワクワクしてる中、美柑とましろが不安げな声で聞いてくる。僕の様子から、嫌な予感でも抱いたんだろうか。


「……その、何かこれから話したいことがあるみたい。だから、ラブレターでは、ない、よ……?」


「いや、それラブレターじゃん⁉」


 僕の疑問交じりの言葉に真希波が間髪入れずにツッコミする。美柑とましろは絶望を浮かべたような顔をする。


「いやでも、名前も書かれていないんだよ⁉」


「それは単に恥ずかしいからだね。お相手はピュアな男の子かな?」


 綾子が相手の姿を想像しているのか、うんうんと頷いてみせる。待って、これ本当にラブレターなの⁉ いや、仮にそうだとしても、何で僕に⁉


「そ、そんな……⁉ レンレンにラブレターがきてしまうなんて⁉」


 美柑がガクッと項垂れる。ましろの方も、その顔を引きつらせている。


「まあでも、そこまで変な話でもないんじゃない? 蓮は私たちから見ても綺麗で美人だし、胸大きいし。それに、転校生っていうこともあって、うちではすっかり有名人みたいなものだし」


 真希波が疑問も持たず言ってみせる。え? 僕っていつのまに有名人になってたの?


「だよね。クリスマスも近いし。それで、蓮はこれからその相手と会ってくるの?」


 綾子の疑問に、僕は焦る。そうだ、ラブレターには今日の放課後って書いてあった。相手はもう、その空き教室で待っているはずだ。それにしても、放課後って本当に急な話だな。まあ、僕も別件で保科先輩を呼んだことはあるけど。


「う、うーん……とりあえず、行った方がいい、よね」


 相手が誰かはわからないけど、さすがに無視して帰るのは申し訳ない気がする。それにもしかしたら、本当にただの雑用とかだったりするかもしれない。


「「…………」」


 美柑とましろが無言の圧力をかけてくる。真希波と綾子がいるため、突っ込んだことは聞けずじまいといったところだろう。僕はそれを無視して、相手の待つ空き教室に向かった。



 数分前のことを思い出し、顔を引きつらせてしまいそうになる。


 僕の抱いていた淡い期待はすぐに消え、代わりに焦燥感を抱くことになってしまった。


 ラブレターを送って・送られて、そして、告白する・される。そんな青春みたいなことは自分になど皆無だと思っていた。そんなことが、ゾンビになった瞬間、二度も経験することになるなんて誰が予想できる。


 おまけに今回は、美柑の時と違い、完全に男が男に向けてする告白だ。当然、向こうはそんな事情は知らないけど、僕からしたら、男から呼び出されて男に告白される男の僕といった構図しか浮かんでこない。


「み、水城蓮さん! あ、あなたに聞いてほしいことがあります!」


 やっとの思いで口を開いた名を知らない男子生徒は、その頬を赤くし、意を決したような顔をしている。告白するのは初めてのことのように感じられる。


「は、はい」


 戸惑いが拭いきれないまま、僕は久々の女の子口調で返事をする。男子生徒は一度大きく深呼吸すると、その先を言った。


「お、俺、あなたのことが好きです! 付き合ってください!」


 ついに、僕は人生初となる、男から告白をされてしまった。


 手を差し出し、頭を下げる男子生徒。どこかたどたどしくも、その必死な様子を見れば、この男子生徒が勇気を振り絞ったことは想像に難くない。けど、僕は思わず内心ツッコミをしてしまった。


(いや、まだ名前聞いてないんだけど……)


 相当緊張していたのか、この男子生徒は自分の名前も言わず告白してしまった。相手からしたら、告白された後も、返事の前に「誰この人?」と思ってしまうよ。まあ、僕の場合はもとより告白を受ける気はないから、あまり関係はないけど。


「ご、ごめんなさい……」


 僕も頭を下げ、告白を断る。男から告白されたという変な気持ちと、相手が真剣だからこそ、事情が事情とはいえ断ることに申し訳ないという気持ちが交じり、結果として複雑な気持ちを抱くことに。


「……そ、そうですか……他に好きな人がいるとかでしょうか?」


 素直に引くかと思えば、まさかの断った理由を聞かれてしまった。


「その、今は恋愛に興味がないといいますか、……ともかく、今は誰とも付き合う気はないんです」


 とりあえず思いついた言い訳を口にし、この場はやり過ごす。「なら友達からどうでしょうか」とか厄介なことを聞かれるかもと、言ってから思ったけど、それ以上は何も聞かず、男子生徒は一度頭を下げた後、教室を去っていった。


「…………ふぅ」


 思わずため息がこぼれる。今自分で言った、恋愛に興味がないというのは、間違いなく僕の嘘だ。今も心は男であった時と変わらないため、恋愛にはもちろん興味がある。


 けど、今の自分の場合、どうすればいいのかわからない。それは、今の僕が女の子だからじゃない。もう一つの体の側面、ゾンビという問題があるからだ。


 ゾンビが人間と恋愛をするって、どうなんだ? そもそも、そんなこと可能なのか?


「あいたっ! ちょっ、押さないで~⁉」


 突如聞こえたものすごく聞き覚えのある声に、思考が停止する。同時に嫌な予感がした。声が聞こえたのは教室前方のドアのほうで、僕は静かにそこに近づき、ドアを開いた。


「え? わわわっ!」


 ドアという支えを失った美柑とましろ、真希波と綾子が教室になだれ込んできた。


「何やってるんだよ、皆してーー⁉」


 覗き見していたであろう皆に、僕は非難の叫び声を上げる。皆の上に覆いかぶさっている真希波が苦笑いを浮かべて見てくる。


「えへへ、気になっちゃった」


「気になったじゃないよ、もう⁉」


 ただでは引き下がらない予感はしてたから不安だったけど、まさか後をつけていただなんて。


「安心して、蓮。このことは誰にも言わないし、さっきの男子生徒にも私たちのことは見られていないから」


 綾子が親指をグッとして頷く。そういう問題じゃないと思うだけど。


「う、お、重い……⁉ ど、どいて~」


 一番下の押しつぶされている美柑の呻き声が届く。ましろたちは慌ててどき、無事美柑を救出した。


 そんな光景を見ながら、僕は呆れつつどこか笑みを浮かべてしまうのだった。

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