60話 ライバル、でも友人だよ!

 リビングに場所を移し、僕と美柑はテーブルに着く。遅れてましろがやってきて、僕たちに向かい合うように座った。ちゃんと服を着ているという、当たり前なことなのに安心してしまう。


「さて、それじゃどこから話していきましょうか」


 ましろにとっては後少しのところを邪魔されてしまったからか、ましろの顔には少し不機嫌さが窺える。けどその分、落ち着きも取り戻してくれている。


「……そうだね、どこから話そうか」


 返事をしたものの、僕は言葉に詰まってしまう。色々ありすぎて、まだ頭の整理が追いついていないよ。


「え、えっと、それじゃあ私から聞いてもいいかな? ……二人はさっき、その、何をやっていたの? 私、寧ちゃんからレンレンとましろんがピンチだって聞いて来たんだけど」


 美柑が言いずらそうに口を開く。その様子から、気まずさが抜けていないことが窺えてしまうから、僕まで気まずさが伝播してしまう。


「えっと、寧から聞いたの?」


「うん。理由とかは詳しく聞いてないけど、とにかく二人がピンチだって聞いたから飛んできたんだよ」


 なるほど。寧が言っていた救援って美柑のことだったのか。でも、何でよりによって美柑を寄こしたんだ? いくら美柑がゾンビで死ななくても、女の子一人を寄こすなんて危険じゃないか。


「……なるほどね。薄っすらとだけど読めてきたわ」


 ましろが一人納得した様子を見せる。


「ましろ、何かわかったの?」


「ええ。ねえ、美柑。寧ちゃんから、一人でも大丈夫みたいなことは言われなかった?」


 ましろが美柑にそう聞くと、美柑は驚いた顔をする。


「え? よくわかったね、ましろん⁉ もしかして超能力⁉」


「こんなの超能力でも何でもないわよ……」


 ましろは心底してやられたというように額を押さえている。本当に何なの?


「美柑がさっき見せた力、それがあればもしもの時でも、一人でも大丈夫と踏んだんでしょう。何より、危害は加えられないとも踏んでいたんでしょう。おそらく寧ちゃんは、『ヒマワリ』の正体が私だって気づいていたから」


「え⁉ 寧、気づいていたの⁉」


 僕はましろの予想に思わず聞き返してしまう。ここに来る前、寧の口から『ヒマワリ』の正体がわかったようなことは聞けなかったはずなのに。


「おそらくだけどね。でもそうでないなら、先生の妹さんは少しばかり白状な子ということになるわ」


 確かに、いくら寧でもそんな危険なことはさせないはずだ。でも、それじゃあ一体いつ気づいたんだ?


「え⁉ ましろん、今レンレンのこと、先生って呼んだ⁉」


 僕が疑問を感じていると、隣から美柑の驚いた声が飛んできた。咄嗟にまずいと思ったが、ましろに狼狽えた様子はない。


「呼んだわよ。蓮が先生であることは結構前から勘づいていたの。それで、さっき美柑が来るまでの間に答え合わせをしていたのよ」


「嘘ぉ⁉ ましろんも気づいてたの⁉ レ、レンレン、ばれちゃったんだねっ」


 美柑が慌てた後、気まずそうな顔を僕に向けてくる。僕は苦笑いを返すことしかできない。


「先生のことはわかったわ。けど、まだ先生と、それに美柑のことでまだわかないことがあるわ」


 ましろは、いまだにだらしなく垂れている美柑の右腕を見て、問い詰めるように聞いてくる。思わず僕も美柑の右腕を見てしまい、二人の視線が集まった美柑は苦笑いを浮かべる。


「い、いやぁ、これは、にゃはは……」


 美柑の口から乾いた笑い声がこぼれる。さすがに、あんな場面を見られてしまったら取り繕うのはきついのだろう。


「レ、レンレン……」


 美柑が縋るような目で見てくる。僕も予想外の事態に困ってしまう。けど、これはもうどうしようもない。


「……うん。ましろにも話そうか」


 さすがにここからの逃げ道は思い浮かばない。何より、こんな状況で逃げたらましろに申し訳なさすぎる。僕は一度深呼吸し、単純かつ明確な一言を先に伝えることにした。


「ましろ。僕と美柑なんだけど、実は僕たち、ゾンビなんだ」


 その一言を告げた瞬間、ましろの目がキョトンとした。ある意味、予想通りの反応だ。


「…………ゾンビ?」


 何とか声を絞り出すように、ましろはゾンビという単語を口に出す。


「うん。その、実は僕と美柑は、一度死んでいるんだ」


 死んでいる。その一言を聞いたましろは、驚愕からか目を見開いている。


「死んでいる……え? 先生が? それに美柑までも?」


「うん……そのね、私、先生の後を追うようにして、屋上から飛び降りたんだ。それで死んだ後、寧ちゃんにゾンビとして蘇らせてもらったの」


 美柑が告げる事実に、さすがのましろも参ったように手で静止をかけてくる。


「ごめんなさい、少し待ってもらえるかしら……」


 頭痛でもするかのようなましろに、僕と美柑は黙る。その間、僕は内心でそわそわしていた。こんな現実味のない話、ましろは信じるのだろうか?


 いや、それよりも、友人である美柑が実は死んでいたという事実を、ましろは受け止められるのかが不安だった。


「…………とりあえず、信じるわ。二人が嘘を吐いてるようには見えないしね」


 無理やり納得するようにましろは一つ頷いて見せる。


「し、信じてくれるの?」


「ええ。まあ、目の前であんなもの見せられたらね。あれも、ゾンビの力なんでしょ?」


 ましろがどこか諦め交じりの笑みを美柑に向ける。


「そうだ。美柑、さっきの力ってゾンビによるものなの? 僕、あんな力出せるなんて聞いてないんだけど」


 僕はさっきの光景を思い出しつつも困惑する。さっき美柑が見せた力は、脆いゾンビの体から出した力とは相反するようなものだ。


「あれ? レンレンは寧ちゃんから聞いてないんだね。あの力は、何か脳のリミッター? が外れてるから出せる力らしいよ。けど、出したら出したで、今の私みたいに体が損傷するから、ここぞという場面しか使っちゃダメって言われたけどね」


 僕の知らなかったこの体の秘密に驚く。あんな火事場の馬鹿力みたいなのを出せるのならすごいとも思うけど、言わばこんなの諸刃の剣じゃないか。まあ、使う場面なんてそうそうにないだろうけど。


「本当に、アニメや漫画の世界みたいな話ね」


 ましろがどこか遠い目をしているのがわかる。おっしゃる通りですとしか言いようがないよ。


「あれ? でも待って。ゾンビなのはわかったけど、何で先生は女の子になっているの? 美柑は美柑のままだから、ゾンビとは別関係のことかしら?」


 ましろが僕と美柑を見比べて疑問を尋ねてくる。そうだ、まだ僕の体については話していなかった。


「いや、ゾンビに関係することだよ。僕も詳しいことまではわかないけど、寧が言うには、ゾンビとして蘇生させるには、元の体の約8割が残っていないとダメらしいんだ。でも、僕の場合は約4割しかなくて、そんな状態で儀式を始めちゃうものだから、その不具合みたいらしいんだ」


 この事実を口にする度、本当に何て不具合だよって思えてならない。原理を教えてほしいくらいだよ。


「なるほどね。何だか、衝撃なことばかりでお腹がいっぱいだわ……」


 ましろがその顔に疲労感を滲ませる。


「……奇遇だね、僕もだよ」


 ましろとのことに加えて、ここに来る前に保科先輩に追及した出来事もあって、疲労感マックスだよ。


「ちょっと二人とも待ってよ⁉ まだ一つ、うやむやになっていることがあるよ⁉」


 疲れた僕とましろの間に、美柑の声が響く。


「うやむやって、まだ何かあったっけ?」


 僕は疲れた眼差しで美柑を見る。けど、美柑はそんな僕の反応に可愛いらしく憤慨してみせる。


「大事なことが残ってるよ! てか、最初に聞いたよ⁉ 二人とも、さっきの、その……ベッドでのことは何かな⁉」


 顔を真っ赤にしてまで美柑がさっきの光景を問い詰めてくる。そのせいで、せっかく忘れていたさっきの出来事を思い出してしまう。


「え……⁉ い、いや、あれはましろが無理やり……⁉」


 若干責任転嫁するようにましろを見る。けど、事実なんだから問題ないはずだ。


「フフッ、気になるのね、美柑?」


 どこか挑発とも取れるようなましろに、美柑は一瞬たじろぐ。


「い、いやだって、ましろん、あんな過激な格好してたし、レンレン押し倒されてたし……」


 美柑が指をもじもじとさせ、視線を泳がせる。気になっているけど、そのことを聞くのは恥ずかしいようだ。


「大方、美柑の想像通りよ。まあ、私からの一方的なのは否めないけどね。……そうね、友人である美柑にはちゃんと言葉にしておくわ」


「な、何かな?」


 美柑が若干怯えた様子でありながら強気で構えてみせる。僕はもう嫌な予感しかしなかった。


「ちょっと待ってましろ⁉ その先は――」


「美柑。私は、先生のことが好きよ。もちろん、恋愛感情としてのね」


 ――言っちゃったよ! 僕が止める間もなくましろは宣戦布告とも取れる言葉を言い切ってしまった。対する美柑は、一度その目を驚愕に見開き、けれどすぐにその目に闘志のような火を灯して見せた。


「……そうだったんだ。じゃあ、ましろんが私の第二のライバルってことだねっ……」


「まあ、そうなるわね」


 お互いをライバルと認識したのか、二人の間で火花が散る。僕はその中心にいるはずなのに、どこか蚊帳の外にいるように感じた。


「はい! じゃあ握手!」


 美柑は突然ましろに向けて左手を差し出す。意味を図りかねたのか、ましろはその手を見て困惑する。


「えっと、何でこの場面で握手?」


「だって、。それは、ライバルになっても変わらない。そして、どっちがレンレンと結ばれることになっても、友人のままでいようって約束!」


 美柑がましろを見て笑う。それを見たましろからも笑みがこぼれた。


「そうね。美柑の言う通り、私たちはずっと友人よね」


「うん!」


 二人は力強く握手を交わし、笑みを浮かべ合う。


(いやいや! いい話っぽいけど、僕からしたらとんでもないことになっちゃったんだけど⁉)


 美柑だけでなく、まさかのましろからも告白を受け、どちらかを選ばなければならなくなってしまった。何この展開……⁉


「さあ、レンレン! ましろんという寧ちゃんに次ぐ強力なライバルが現れたから、これからはもっとグイグイ行くから、覚悟しててね!」


「私も、これからは一切の遠慮なしにいくわ。フフッ、覚悟してね、先生?」


 美柑とましろが僕を見て、これからのことについて共に宣言する。


 僕に好意を寄せる女の子が二人になり、これからさらにアプローチが激しくなっていくのは予想に難くない。しかも、寧というヤンデレ妹までいるんだ。これから先、僕の人生はどうなってしまうんだ⁉


 全く予想のつかない未来に、僕はこれまでで最大級の悩みを抱え込むことになってしまった。

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