59話 神様、僕に人を欺けるだけの力をください……

「何を、言っているの?」


 そう口に出す自分の唇が震えてしまうのをどこか客観的に自覚する。


「フフッ、言葉の通りよ。私は、蓮、あなたの正体が先生だってことに気づいているわ」


 ましろの口から出る『先生』。それは当然、僕・九重蓮のことを指していることは、わざわざ確認するまでもないことだった。けど、理解はできない。


「ま、待って⁉ 僕は水城蓮、だよ⁉ 先生って、何?」


 歯切れの悪い言葉に、自分でももう隠すことが無意味なことに気づいている。そうとわかっていても、言わずにはいられなかった。


「フフッ、先生は相変わらずポーカーフェイスが苦手ね。トランプに限らず、ポーカーフェイスは人生において意外と大事よ?」


 子供を叱るような仕草に僕は、以前の教師としての僕に近づいてきたましろの態度を思い出してしまう。


「時間はたっぷりあるから、先生が納得できるようにゆっくりと話していくわね」


 そう言うと、ましろはどこから話そうかといった様子を始める。え? もしかしてこのまま話し始めるの? ましろは今僕の上に跨っているため、その下着姿も相まって色々と目に毒すぎるんだけど⁉ けど、僕の内心の焦りを無視し、ましろは先を話し始めてしまう。


「そうね、最初にこれだけは言っておくわ。私ね、そもそも先生が本当に死んだとは信じていなかったの」


「信じて、いなかった?」


 僕はましろの発言に戸惑いを隠せない。けど、ましろは平然と頷く。


「ま、待って⁉ 九重蓮が死んだことは学校中に知れ渡っているはずだよ⁉ それに、ニュースにもなっているはずだよ!」


 僕が死んだことを裏付けることはたくさんある。ましろは美柑のように、寧からゾンビのことを聞いたわけでもない。それなのに、僕の死を信じていないってどういうことだ?


「私も学校でその事実を聞かされた時は、初めは信じれないと思いつつもショックを受けたわ。でも、その翌日に美柑のあの様子を見たらね」


 ましろはまるで呆れるように肩の力を抜く。美柑の様子だって?


「な、何で美柑が出てくるの」


「おかしいとは思わない? 好きな人、それも初恋の人が死んだとなって、たった一日で性格も真逆になって明るく振る舞えるだなんて。私には正直、白状に見えてしまうわ」


 それは確かにそうだ。けど、美柑がそうなったのは、それまでの自分から変わるためと、僕が生きている可能性という希望があったから……。


「ま、まさか⁉」


「私ね、美柑のあの時の変わりようを見てほぼ確信したわ。ああ、先生は生きているんだって。だってそれなら、


 自信を持って言うましろに、僕は以前ましろが言った言葉を思い出していた。



『まあね……これでも、友人として美柑のことは理解してるつもりだから』



 ましろは美柑がどういう人間かを理解している。だから、美柑が明るくなったことから、僕が生きていると予想できたんだ。もし僕が生きていることを知っていなかったら、ましろの知っている美柑が明るく振る舞うことなんてありえないから。


「で、でも! 九重蓮が生きている可能性があるとわかって、何で僕が九重蓮ということになるの⁉」


 意味のないこととわかりつつも、自分がまだ九重蓮ではないことを言動に含ませつつ聞く。


「それもヒントはたくさんあったわよ。私ね、先生が水鏡高校を去ってしまった後、どうやって先生を探そうか相当悩んだのよ。世間的にも先生の死は知れ渡ることになってしまったから、探すのは容易ではないと思っていたわ」


 ましろはましろで、美柑と同じように僕が生きている可能性を信じて探していたのか。


「美柑に聞くのが早いとも思っていたけど、聞くのも少し躊躇してしまったのよね。あくまで私の予想でしかないから、美柑が心変わりしたわけは別っていう、もしもの可能性があったからね」


 すると、ましろはその口元に笑みを浮かべた。


「でも、問題はすぐに解決したわ。それから時間が少し経った後、水城蓮っていう、姿と名前を偽ったあなたが転校してきたからね」


 真正面から改めて自分の正体について言われ、僕は口を固く引き結んでしまう。


「私ね、水城蓮が先生であることは、実は結構早い段階で勘づいていたのよ」


 ましろがここにきてさらに驚愕の事実を口にする。僕の顔なんか、ましろから見たら歪み放題だろう。


「そ、それっていつごろ?」


 震える口で僕は聞く。一体、いつからなんだ? 


「フフッ、順を追って説明していくわね。一番最初に違和感を覚えたのは、転校初日の先生の態度ね」


「そんな早くから⁉」


 僕は思わず声をあげてしまった。いやいや、いくらなんでも早すぎない?


「だって先生ったら、女の子なのに他の女の子に免疫がなさすぎるんだもの」


「そ、それは、えっと、そう! あの時も言ったように、僕はおっぱいにトラウマがあるからっ……」


 僕はその設定を今思い出したと言わんばかりに言う。そのせいで、段々と声に自信がなくなっていった。今思っても、よくあんな理由を口に出したな、僕。


「その発言を加味してもよ。胸のこと以前に、単純に女の子に対する態度が固いのよ。……その態度は、ほとんどあの頃の先生と遜色なかったわよ?」


「ぐっ……」


 そんなに細かく見られていたのか。確かに、あの時の僕は単に周りの女の子たちにタジタジ気味だった自覚はある。元から、女の子と近い距離で話すのはそこまで得意じゃなかったらな。


「それからも先生の態度には違和感を覚え続けたわ。けど、これだけじゃまだ予想の域を出ない。そう思っていると、次に蓮が私に美柑の過去について聞いてきたわ。そこが二つ目の違和感、そしてヒントね」


 僕が美柑の過去を聞いた日の翌日、ましろに美柑について聞いた時のことだ。


「? そこにヒントになるようなものなんてあった?」


 僕はただ、美柑の過去について聞いただけなはずだ。


「一見すると何でもないようなものだけどね。でも、あの時の私はすでに疑い深くなっていたの。蓮は何でこんなに美柑の過去について、しいては先生について聞くのかってね。考えられることはたくさんあったけど、疑い深くなっていた私には一つの考えが引っかかったわ。もしかして蓮は、


 ましろの突拍子もない、それでいて核心を突いている憶測に僕は息を呑む。


「僕が九重蓮かもしれないから、そこまでの考えに行き着けたんだね」


「そうね。蓮が先生であるという仮の前提がなければこの考えには行き着かなったわね」


 ましろは一度間を置き、その先を続ける。


「それにね、美柑が蓮に自身の過去を話したっていうことも、薄っすらとだけど先生が生きていることの裏付けにもなったのよ。まだ出会って間もない相手に、自身のトラウマを話すことができるなんて、そうそうにないことだから」


 確かにそうだ。僕が本当に死んだと思い込んでいたら、それは美柑にとってのトラウマになる。それを友達とはいえ、出会ったばかりの相手に話すことは想像に難い。けど、美柑は話した。だから、


「よく、見ているね」


 正直、ここまで考えることができるましろに、僕は少しばかり恐怖交じりの驚きを感じていた。これじゃ、ましろがどこか寧に似ている気がする。


「褒め言葉として受け取るわね。それからは、ほぼ蓮=先生と考えて見ていたわ。フフ、そういえば先生、間違えて男子トイレに駆け込んだことがあったわよね」


 突然のましろのその言葉に、僕は思わずむせてしまう。


「ごほっ、ごほっ……⁉ あ、あの時のことは忘れて⁉」


「忘れないわよ。だって、あれわざとよね? 美柑が女子トイレに入っていたから、女子トイレに入れなかった。でも、何であの時に限って入れなかったのかしらね。今までは一緒に入ることもあったのに」


 ましろがその理由を知っていると言わんばかりの声音で尋ねてくる。全く予想していなかったその疑問に、僕は呆気に取られてしまった。


「嘘……まさか……⁉」


「あの時すでに、美柑には自分の正体を伝えていた、もしくはバレていたのよね。だから、それまで通りというわけにもいかなくなった」


 ……ましろは一体、どこまで見通しているんだ? 元から頭の回転は良い方だとは思っていたけど、ここまでとは予想していなかった。


「まあ、その少し前から美柑と蓮の距離が近くなっていたのは気づいていたけどね。美柑の態度があからさまだし」


 ましろはやれやれというように首を振ってみせる。まあ、僕から見ても美柑は告白以来、積極的にくるようになったからね。変わったことに気づかれるのは無理もないかも。


「極めつけは、そのトイレ騒動の後の勉強会ね。美柑は誤魔化していたけど、あの時の蓮の教え方は、さすがにただ頭が良い人が教えるっていうレベルのものじゃなかったわ。それに、教え方がどことなく先生に似ていたしね」


「いや待って⁉ ましろはどこまで僕のことを見ていたの⁉」


 そろそろ我慢ができなくなり、そんなツッコミが口をついて出てしまう。


「言ったじゃない。私は先生だけを見つめるって。それは今も過去も変わらないわよ」


「あのメールの意味ってそういうこと⁉ いや、それより何であんなメール送ってきたの⁉」


 ようやく問題のメールの話に入れた。ましろはスマホを見て微笑んだ後、語り始めた。


「蓮が先生である根拠とも呼べる証拠はたくさん集まった。けど、まだ足りない。私ね、完璧主義な節があると自分でも自覚しているの。だから、私から先生に仕掛けをしたわ。それがメールを送ったわけよ」


「……メールで、僕がどんな反応を示すかを探ったの?」


 僕の考えにましろは頷く。


「最初はテストが控えていることもあったから、軽めかつ、意味の予想がつかないメールを送ったわ。そうしてテストが終わり、温泉旅行という気が抜けた瞬間を狙って本命のメールを送ったわ。予想通り、先生はすごい反応をしてくれたわ」


 ましろの言う本命のメール。僕はそれに戸惑いを覚える。


「二度目のメールも、ましろが送った? でもあの時、あの場にはましろもいたよね?」


 ましろとは同じ部屋にいた。そんな状況でメールを送れるものだろうか? ましろがスマホをいじっていた様子もない。


「先生、メール送信の時間指定機能って知っているかしら? あれ、普段使う機会ないから忘れちゃうわよね」


 僕は虚を突かれる。確かにそんな機能はあるけど、普段使うことなんて滅多にないから忘れがちだ。


「さすがにメールの送り主が私だとばれるのは避けたかったから、ばれないようにその機能を使わせてもらったわ」


 僕はましろの用意周到さに、どこか感服する思いだった。確かにそれなら、あの場にいたましろは送り主の候補から外れる。まあ、それ以前にましろは送り主の候補にすら入っていなかったけど。


「でもね、このメールは結局意味はなかったわ。だって、


 …………な、何だって?


「待って、それってどういうこと⁉」


 僕は一言もましろに自分の正体を話した記憶なんてない。まさか、寝ぼけて話したとかアホな話はさすがにないよね?


「先生、?」


 その一言に僕は頭が真っ白になる。同時に、全て理解できてしまった。


「……あの時、ましろもお風呂にいた?」


「ええ。あの日の夜は、蓮の正体に確信を持てたという高揚感のあまり寝付けなかったのよ。規則ではダメだとわかっていても、つい深夜のお風呂に足を踏み入れてしまったわ」


 僕はましろの口から出た事実に驚きつつ、その日の夜のことを思い出していた。僕はあの時、寧に呼び出されてお風呂に向かったけど、その向かう前、部屋の外から物音が聞こえた。あれは、ましろが隣の部屋から外に出た音だったんだ。


「私が入った少し後に寧ちゃんが、そして先生が続くようにして入ってきたわ。私は咄嗟に岩陰に隠れてやり過ごしたけど、その間にあなたたち二人の会話が聞こえてしまったのよ」


 あの場にましろがいることなんて気がつかなかった。寧でさえも気づかず、勘のいい寧をやり過すのも至難の業のはずなのに。


「二人の会話は本当に驚いたわ。私の予想の確証もとれたしね。でも、肝心の部分だけは聞けずじまいだった。何で先生が今の姿になってしまったのかね。だから、それは先生から改めて場を設けて直接聞くことにしたわ」


「それが、この場ってこと?」


 ましろは満足そうに頷く。


「ええ。色々と準備をしていたのよ。けど、危うくあの後、先生に気づかれるところだったのは、少し焦ったわね」


 困ったような顔をするましろ。けど、僕はその言葉の意味がわからない。


「気づかれる? それって何に?」


「あの後、先生ってば廊下を走り回って、曲がり角の先にいた私とぶつかって押し倒してきたわよね。あの時、二重の意味でドキドキしたわ。先生が私を押し倒してきたというドキドキと、私がお風呂に入っていたことがばれるかもしれないというドキドキでね」


 ましろは本当にその時のことに焦りを覚えているのか、今も困り顔をしている。対する僕は、押し倒したことに関しては記憶が鮮明だけど、続く言葉の意味はやっぱりわからなかった。


「お、押し倒したことはごめんっ……でも、ばれるって何?」


 ましろは僕のわからないという様子に、安心した様子を見せ始める。


「本当に気づいてはいなかったみたいね。今さら隠すことでもないから言うけど、先生、あの時私を押し倒した感想はどうだったかしら?」


 ましろのからかい交じりの言葉に、僕は赤面してしまう。な、何てこと聞いてくるんだ⁉


「か、感想って、そんな……⁉」


 浮かび上がってきた当時の記憶を僕は慌てて押し込めようとする。けど、一度浮かび上がってきた記憶は沈むことなく、僕の脳裏に映像を写しだしてしまう。


 マシュマロのように柔らかな胸、ましろの体から感じるほのかな温もり、そして、石鹼のいい匂い…………


「その顔、思い出してくれたみたいね。あの時、先生にゼロ距離で匂いを嗅がれてしまったわ」


 ましろは頬を赤らめて嬉しそうに言う。僕はその様子にさらに顔が赤くなってしまうものの、頭では別のことが思い当たっていた。そうだよ、普通ならあの時、ましろから。皆でお風呂に入ったのは数時間前なのに、まだその時の匂いがハッキリと残っているのはありえない。


 それに、今思えばましろと廊下でぶつかったことも変だよ。普通なら就寝中の時間なのに、部屋の外にいた。ましろが歩いてきた先は、トイレとは逆方向だし、何よりあの先は下に続く階段があったはずだ。


「……って、気づけるか⁉」


 あんな場面で、そこまで気が回るものか⁉ あの時はそんなことより、僕にとってはましろを押し倒してしまったことのほうが大問題だったんだ⁉


「まあ、だから私もあまり心配はしていなかったわ。先生ってば、顔が真っ赤だったもの」


 ましろが嬉しそうに、からかうように僕を見つめてくる。やめて、これ以上僕をからかわないで⁉


「まあ、そんなわけで、これまでのことも含めた上で、私は蓮が先生であることに気づいたのよ」


 ましろは再確認するように言うも、僕はもうすっかり疲れてしまっていた。まるで、僕の内面を全て曝け出されたかのようだよ。


「で、ここからが私の聞きたいことなのよ。先生は何で女の子になってしまったの?」


 おそらく相当気になっていたのだろう、ましろは詰め寄る勢いで聞いてくる。僕は慌てて顔を近づけてくるましろを手で制する。


「そ、それは、その……えっと……」


 しかし、言葉に詰まってしまう。正直に話してしまっていいのか? 幸いといっていいのわからないけど、ましろはまだ僕がゾンビであることは知らない。美柑についても同様だ。なら、ゾンビのことだけは隠すべきだろう。美柑の時とは状況も違うのだから。


「もしかして、言えない感じかしら?」


「……う、うん」


 僕が頷くと、ましろは残念そうな表情を浮かべる。けど、それも一瞬で、次の瞬間ましろの手が僕の首筋にやさしく触れた。


「言えないならいいわ。無理して聞くのも悪いものね。でも、これだけは聞かせて。蓮は先生で、今生きているのよね?」


 ましろの真っ直ぐな視線に促され、僕は躊躇いつつも頷く。正直、生きていると言っていいのかは微妙なところだけど。


「そう、ありがとう。それだけ聞ければ十分だわ」


「……ひゃぁっ⁉」


 そう呟いたかと思えば、ましろの手が今度は僕の制服の中にするりと入り、お腹を直に触ってきた。そのせいで、素っ頓狂な声が出てしまった。


「な、何するの⁉」


「何って、せっかく先生と本当の意味で再会できたんだもの、先生と楽しみたいと思ってね」


 ましろの口から出た衝撃的な言葉に、僕は危機感とともに焦りが募り始めた。


「いや⁉ 楽しむって何、ひぁっ⁉」


 ましろの柔らかな手で肌を撫で回され、変な声が出てしまう。見れば、ましろの頬はさっきよりも赤く上気していた。


「さすがにもう気づいていると思うけど、私は先生のことが好きよ。こうして愛し合いたいと思えるほどにね」


「……⁉」


 さっきまでの話で、無意識のうちにそうではないだろうかと薄々思っていたけど、やっぱりそうなのか! それにしても、これは色々と順序を飛ばしすぎじゃない⁉ 


「ま、待ってよ⁉ 確かに僕は九重蓮だけど、今はこんな姿なんだよ⁉ 女の子なんだよ⁉」


「男か女かなんて関係ないわ。私は先生のことをずっと見つめていた。例え性別が変わろうと、私の愛は変わらないの!」


 ましろが今すぐに襲わん勢いで僕に顔を近づけてくる(もう襲われているようなものだけど⁉)。僕は何とかましろを引き離そうとするものの、ベッドに押し付けられているせいか思うように力が入らない。


「ま、待って⁉ そもそも、何で僕が好きなの⁉」


 僕が時間稼ぎでもするかのように尋ねる。けど、ましろはわざわざ何を聞くんだろうという顔をした。


「先生の子供っぽいところが好き。私が先生をからかう時に見せる先生の表情が好き。それに、教師という職に誇りを持ち、私たち生徒を一番に考えてくれる先生が好き。先生を好きな理由なんて他にもいくらでも出てくるわ」


 聞くべきじゃなかったと後悔してしまった。別にましろの告白が嫌なんじゃなく、それを聞いてしまったがために、余計に心臓の鼓動が激しくなってしまったから。


「だ、だから、僕に近づいてきたんだね」


「そうよ。好きでもない相手のために、わざわざ自分の時間を差し出さないわよ。……ねえ、先生は、私のこと嫌いかしら?」


 抵抗する僕に、ましろは悲しそうな表情を浮かべる。僕は焦りつつも首を横に振る。


「き、嫌いじゃないけど……その、いきなり好きって言われてもわからないよ⁉」


 何せ、僕の頭はまださっきの事実で混乱の渦なんだ。そんな中で、いきなり教え子から好きだと言われても冷静に返事なんてできないよ! てか、これ美柑と似たようなパターンじゃないか⁉ 何で似たようなことが立て続けに起こるの⁉


「嫌いじゃないなら今はそれでもいいわ。でも、今だけは私のこの想いを受け取ってほしいの!」


 まるで懇願するようなましろの顔に一瞬気を許しそうになるも、慌てて強く首を横に振る。いやいや、いくらなんでもここから先はまずいって⁉


 僕は申し訳ないと思いつつも、ましろに必死な思いで抵抗する。お願い、いつものましろに戻って……⁉ そんな思いがましろではない別なところに届いたのか、突如部屋の外から足音が聞こえてきた。


「おーーーい‼ レンレン! ましろん! どこーーー⁉」


 美柑の大きな声が僕とましろの耳に届く。何でここに美柑がと思うけど、助かった!


「みか、……⁉」


 美柑の名前を言おうとした瞬間、ましろに口をふさがれてしまった。ましろはもう片方の手で「シー」と人差し指を口に当てて見せる。


「む、むぐぐ……⁉」


「お願い。勝手だとは思うけど、許してちょうだい」


 やはり申し訳ない気持ちはちゃんとあるのか、ましろの顔には複雑な表情が見える。けど、やっぱり一度落ち着いてほしいよ。


 足音はこの部屋まで近づいてきて、やがて部屋の前で止まった。次いで、扉をガチャガチャする音が聞こえる。


「あれ? この部屋だけ開かない?」


 外から美柑の訝しむ声が聞こえてくる。そのまま何度もガチャガチャと鍵を開けようとしている。


「ごめんね、美柑。その鍵はオートロック式だから力づくでは開かないわ」


 ましろが小さな声で言う。オートロックって、どこまで厳重なんだよ、この部屋は……⁉ 僕が内心で絶望していると、美柑の意を決したような声が届く。


「この部屋、怪しいね……よし! 待っててね、レンレン、ましろん!」


 扉越しに美柑の気迫が伝わってくるかのようだった。けど、一体どうするっていうんだ? 美柑の力じゃ、開ける方法なんてないはずだ。ましろも同じことを思っているのか、扉を見つめたまま余裕の笑みを浮かべている。


 しかし、次の瞬間、僕とましろの顔は同時に驚愕に染められた。


 この部屋を閉ざしている大扉、


「「え?」」


 僕とましろの声が重なる。まるで映画のワンシーンのような光景に目が点になってしまう。


 ガラガラと物音を立てる扉があった場所の先に、右腕をだらしなく垂らした美柑が立っていた。


「あーー⁉ 見つけたよ! レンレン、まし、ろん……?」


 視界が開け、僕とましろを見つけた美柑が呆然とした声を漏らす。次第にその顔は首元から赤くなり、一瞬で真っ赤に染まってしまう。


「何やってるの、二人ともーーーー⁉」


 美柑が家全体に響き渡るような叫び声を上げる。けど、


(それはこっちのセリフだーーーー⁉)


 助かったという思いよりも、さらに状況が悪化してしまいかねない予感に、僕も心で叫び返してしまうのだった。

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