50話 帰り道の突然の雨はお風呂コース?

 ましろから美柑の家の住所を教えてもらい、その道なりを歩いていく。


 美柑の体温を背に感じながら、僕は少し緊張していた。流れで僕が送ることになったけど、家まで送るということはつまり、美柑の両親と会う可能性が高いということだ。別にやましいことはないけど、何か緊張してしまう。


(そういえば、美柑の両親は美柑の事情を知っているのかな)


 ふとそんな思いがよぎったが、すぐに首を横に振る。いや、知るはずないか。だって、美柑が一度死んだことは世間には知られていない。その事実が表沙汰になる前に、寧が美柑を蘇生させたんだから。


 両親がもし、自分の子供がゾンビだと知ったら、どう思うのだろう。驚くのか、ショックを受けるのか、それとも……。どっちにしろ、これは僕も他人事ではないんだ。


 いつか、母さんたちにも話さないといけないのかな。そんなことを思いながら、空を見上げる。どんよりとした空模様で、今にでも一降りきそうな感じだ。そう思った直後、頬に一粒の雨がつたった。それはすぐに数え切れないほどの雨粒に変わっていく。


(って、降り出しちゃったよ⁉)


 今日の天気予報は晴れだったはずなのに⁉ とにかく、一目散に僕は走り出す。想像以上に雨量が多く、このままだとずぶ濡れになってしまう。


「ん、んん……な、何? ……冷たっ⁉」


 雨音に紛れて、美柑の焦った声が聞こえてくる。さすがにこの雨の中、目を覚ましてしまったようだ。


「美柑⁉ ごめん、急に雨降ってきたんだ⁉ 今、雨宿りできる場所を探すね⁉」


「あ、雨⁉ わっ、本当だ⁉ すごい土砂降りだね!」


 美柑が驚きからか僕の背にさらに体を預けてくる。濡れた体が押しつけられるが、今はそれを気にする余裕はない。このままだと美柑が風邪をひいてしまう。


「レンレン、この道、もしかして私の家に向かってくれてる⁉」


 雨音の負けないような大声で美柑が尋ねてくる。


「え? そうだけど!」


「なら、このまま向かって! あと少しだから、わざわざ雨宿りできる場所探すよりいいと思うから!」


 美柑の言葉に頷き、口頭での案内に従いながら僕は美柑の家まで走る。すぐに一軒家を一つ見つけ、そこが美柑の家らしく、僕はその玄関前に駆け込んだ。


「はぁっ、はぁっ、ひどい目にあった……」


「にゃははっ、通り雨かな」


 僕は項垂れ、美柑は苦笑いを浮かべる。目の前では、今も雨が土砂降りの勢いのまま降り続けている。


「レンレン、とりあえず家の中に入って。ここにいると風邪ひいちゃうし」


「う、うん。ありが……⁉」


 美柑の厚意にあずかろうとした瞬間、それが視界に入ってしまった。そう、美柑の制服から透けたピンク色の下着が。


「どうしたの? 顔赤いよ?」


 僕が顔を赤くして固まっていると、美柑が心配そうな顔を向けてくる。しかし、僕の視線が向けられている場所に気づいた瞬間、ボンッと音が出そうなほど顔を真っ赤にし、美柑は両腕で下着を隠した。


「レ、レンレン……エッチ……」


 顔を赤らめたまま拗ねたように言う美柑に、僕はますますドキドキしてしまう。雨で滴っている姿が、より煽情的に見えてしまうからなおさらだ。


「ご、ごめん⁉」


 僕は慌てて視線を逸らす。逸らした先、ドアが前触れもなく開いた。開いた先には、美柑と同じ赤色の髪をストレートに流した、30代くらいの女性が目を丸くして立っていた。


「み、美柑⁉ それにお前は? いや、それよりも二人ともずぶ濡れじゃないか⁉」


「お、お母さん⁉」


 美柑がなぜか慌てた様子で声をあげる。僕も僕で、突然の母親登場に面喰ってしまう。


「とにかく、二人とも早く中に入れ!」


 強気な口調で、美柑母は僕と美柑を押すようにして中に入れてくる。中に入ると、すぐにタオルを用意してくれた。


「にゃははっ、お母さんがいてくれて助かったよ」


 まだ顔がわずかに赤いながらも、美柑は心底助かったといったように安堵の表情を浮かべる。けど、その顔が再び真っ赤に染まってしまった。


「美柑、それにお前も、風呂沸かしたから入ってきな」


 美柑母の思わぬ爆弾発言に、僕も美柑も同時に顔を真っ赤にしてしまう。


「お、お母さん⁉ お、お風呂って、そんな⁉」


 美柑が目に見えてうろたえ始める。けど、美柑母はそんな美柑を見てますます心配そうな顔をする。


「何言ってんだ。というか、そんなに顔が赤いんだから、早く入って体暖めないと風邪ひくだろ」


 美柑母は純粋に心配してくれるけど、違うんです! 顔が赤いのは別のことが原因なんです⁉


「い、いやでもほら、一緒に入るのはまずいよ。ね?」


 美柑が僕の同意を求めてくる。僕もブンブンと首を縦に振る。さすがにそれはまずいよ! だって、僕は男で、美柑だって僕が男だってことは知って――、


「何がまずいんだ? うちのお風呂大きくはないけど、お前たちが入る分には全然大丈夫だ。だから、風邪ひく前に二人いっぺんに入りな!」


 そう言って、美柑母は半ば強引に僕と美柑を脱衣所に押し込んだ。ぴしゃりとドアを閉められ、僕と美柑だけが残された。


(し、しまった……⁉)


 僕は自分の体を見て絶句した。美柑母から見たら、僕はただの女の子としか映らない。そんなただ女の子でしかない僕と美柑がお風呂に一緒に入ることは、美柑母にとっては何らおかしなことには見えない⁉


 思わぬ失態に頭を抱えそうになるけど、さすがにこんな流れになることは予想できないよ。てか、これ本当にどうすればいいの?


「っくし!」


 思わずくしゃみが出てしまった。顔は依然として赤いけど、体が冷えてきたようで、さすがに寒くなってきた。


「…………入ろっか」


「……え?」


 美柑が僕をうかがうように見つめてくる。入ろっか、つまり、美柑とお風呂に入るってこと⁉


「い、いや⁉ 美柑先に入りなよ⁉ 僕はその後でいいから!」


 状況が状況でも、さすがに一緒に入るのだけはまずい⁉ 美柑に無理させて恥ずかしい思いをさせるくらいなら、少しくらい僕が待つ。


 けど、美柑は首を横に振り、意を決したような面持ちをした。


「それはダメ! そんなことしたらレンレンが風邪ひいちゃうよ。それにそんなことさせるくらいなら、私が後に入るよ」


「そ、それこそダメだよ! それじゃ美柑が風邪をひいちゃう!」


 僕がそう反論すると、美柑はふっと笑みを見せた。


「ね? レンレンだって逆の立場だったら同じこと思うよね」


「……うっ」


 それを言われてしまうともう何も言えない。けど、それでも一緒に入るのはやっぱりまずいと思うんだけど。


「レンレン、私なら大丈夫だよ! さすがに何もないままってのは無理だけど、これなら大丈夫!」


 美柑はそう言って、近くにあった真っ白なバスタオルを手に取った。体をある程度は覆えそうなほどの大きさはあるため、それで隠すつもりだろう。


「わ、わかったよ」


 若干の葛藤を残しながら僕は頷く。もうバスタオルを妥協点とするしかないか。それに、このまま押し問答を続けていたら二人して風邪をひきかねない。


 僕は意を決して、美柑とともにお風呂に入ることにした。……僕の心臓、持ちますように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る