44話 見えない相手ほど怖いものはない?

 天体観測を終え、ホテルの部屋に戻ってきた。夜もすっかり10時を迎えた頃だが、僕の目の前にはお菓子やジュースが広げられていた。


「じゃじゃーん! お泊りの定番、トランプを持ってきたよ!」


 美柑がトランプを自慢げに掲げてみせる。


「お、用意いいね! やろうやろう!」


 真希波が乗り、美柑はさっそくトランプを配りはじめた。


 今、僕と美柑の部屋にはましろと真希波、綾子が集まっている。誰もまだ寝るつもりはないようで、むしろこれからが本番だとでもいわんばかりだ。


 これは、深夜コースかな。僕は若干呆れつつも、笑みが浮かんでしまう。こういう風に仲の良い友達で集まって夜まで遊び尽くすっていうのは、やっぱり楽しいものだ。それに、明日も自由行動なんだから何も問題ないだろう。


 それにしても、こういう風に遊ぶのはいつ以来だったかな。大学の時は、教師になるための勉強ばかりしていたから、友達と呼べる人は限られてたし、その友達もあまり頻繁に会うような仲でもなかった。


 記憶に残っているのは、高校3年生の時の修学旅行が最後……いや、卒業前の卒業旅行が最後かもしれない。そこでちょうど、僕は懐かしい高校の時の友達たちのことを思い出した。


(皆、元気かな)


 卒業旅行以降、皆それぞれ違う大学に行き、就職をしたやつもいた。そのため、時々連絡は取ることはあっても、直接会うことはなくなってしまった。友人とも呼べる仲の良さだったから、正直会わなくなってしまったのは寂しいと僕は感じている。


「ほら、蓮の番よ」


 昔を思い出していると、不意にましろから声をかけられた。見れば、ましろは自分の手札を僕に向けている。僕はババ抜きの最中であったことを思い出した。


「ご、ごめん。じゃあ、これにしようかな」


 一番右端のを引く。引いたのは、ババであるジョーカーだった。


「フフ。蓮、ババ抜きではポーカーフェイスが大事よ」


 どうやら顔に出てしまったようで、ましろにしかめっ面を指摘されてしまった。


「うええ⁉ ババは今レンレンの手札にあるの⁉」


 次に僕から引く美柑が大げさに驚いてみせる。そして、慎重に僕の手札からババを見抜こうと視線を巡らせている。僕はわざと一枚だけ目立たせてみたりして美柑を翻弄させながら、さっき考えていた友達のことを考えていた。


 そもそも、僕はもうその友達たちと会うこともできないんだよな。皆、僕の葬式にいたんだから、皆の中で僕はもういない存在になっている。そう考えると、ふと悲しく感じてしまうことに、今更ながらに気づいてしまうのだった。



 トランプを一通り楽しんでも、時間はまだ11時になったばかりだった。


 美柑たちが次に何やろうと話していると、僕のスマホにメールの着信音が鳴った。こんな時間に誰だろうと、そんなことを思いながら何気なくスマホを見た瞬間、僕は凍りついてしまった。



『ヒマワリ』 新着メール一件。



 油断している中での完全な不意打ちだった。最初に送られてきて以降、目立ったことや害があることもなかったため、すっかり忘れてしまっていたメール。それが今になって、再度送られてきてしまった。


 ただの迷惑メールじゃないのか……⁉ 僕は微かに震える指でメールを開いた。



『真倉美柑のことが好き?』 



「……っ⁉」


 思わずスマホを落としそうになる。それほどまでに動揺してしまった。


「? どうしたの、蓮ちゃん?」


 綾子が僕に気づき、疑問符を浮かべた顔を向けてくる。つられて、美柑たちも僕のことを見てきた。僕は慌てて手を振って見せる。


「な、何でもないよ⁉ ただ、妹から意地の悪いメールが送られてきただけだから!」


 何でもないというように笑ってみせるものの、内心では冷や汗が止まらなかった。綾子たちは疑うこともなく笑いながら、「妹ちゃん、蓮お姉ちゃんのこと好きなんだね」と言い、次のゲームの準備に戻っていった。僕は再びスマホに目を向ける。


 何でまた美柑の名前が? それが真っ先に感じた疑問だった。最初にこの『ヒマワリ』から送られてきたメールの内容は、『私はあなただけを見つめる』といった、一見何を意味するのかわからない内容だった。それが次は、美柑の名前を出してきた。まったくもって、前回のメールと繋がりがわからない。


 それに、美柑個人が出てきたことから、ただの迷惑メールではなくなってしまったことが確定してしまった。送り主は僕と美柑のことを確実に知っている人物になる。


 ここまで考えて、僕は一つの帰結に思い当たる。この『ヒマワリ』と、もう一つのメールの送り主、『unknown』は同一人物なんじゃないか?


『unknown』の最初のメールは、僕の秘密を盾に美柑と仲良くしないでといったものだった。これは、送り主が美柑に好意があるように取れる。今回のメールも、見方を変えれば美柑への好意ゆえによる嫌がらせとも見える。つまり、最初の『あなただけを見つめる』というのは、『あなたを監視している』という意味ともとれるはず。


 けど、何でわざわざアドレスを変える必要があるんだ? 僕を混乱させるため、あるいは、身バレを防ぐためか。どっちにしろ、気味が悪いことに変わりない。何せ、以前寧に頼んでも、アドレスから相手人物を掴むことができなかったんだから。


 ……どう対処すればいい? 僕は目の前で笑っている美柑を見て焦る思いだった。迷惑メールだと思い、今まで油断していた自分が悔やまれる。僕一人に対する嫌がらせならいいけど、美柑まで巻き込んでしまうのは避けたい。


 送り主を探したくても、このメール以外に手掛かりはない。そのメールも、今は寧が探してくれているものの難航中だ。


 かなり効率の悪い方法だけど、水鏡高校の生徒から、美柑に気がありそうな人物を探すという手がある。今の段階だと、これ以外にとれる手段がなかった。


 僕は這い寄る不透明な相手に、いいようのない不安を募らせてしまう。



 深夜1時。てっきりもっと遅くまで遊び倒すものだと思っていたけど、朝から遊んでいたために眠気がくるのも早かったようで、ましろたちはそれぞれの部屋に戻っていった。そして、今は消灯した部屋の中には僕と美柑の二人しかいない。


 美柑も相当疲れてしまっていたためか、もう眠ってしまった。おかげで、ドキドキして眠れなくなるようなことはなくなったけど、眠れないことには変わりなかった。原因は、数時間前に送られてきた『ヒマワリ』からのメールだ。


 二回目ということもあるのか、一度不安になってしまうと中々頭から離れない。試しにメールに返信してみたけど、送信専用のアドレスなのか返信することはできなかった。


 頭を悩ませつつ、暗闇の中スマホと睨めっこしていると、それは不意に起こった。


 ……ガタッ。


「……⁉」


 部屋の外から何か物音が聞こえてきた。音はそれっきりだったが、謎なメールが送られてきたことも相まってか、不安に駆られるには十分すぎた。


 だ、誰かが廊下を通った? こんな夜中に? 徐々に心臓の鼓動が速くなるのを感じる。スマホの明かりを頼りに、ベッドから起き上がってドアに近づこうとした。その時、スマホにメールの着信を知らせるランプが点灯した。


「……っ⁉」


 今度こそ本当に声を出しそうになってしまった。もし、マナーモードにせず音が鳴っていたら、悲鳴を上げていた自信がある。


 このタイミングで、こんな時間にメール。もう嫌な予感しかしなかったけど、見ないわけにもいかなかった。覚悟を決め、スマホを見ると、そこには予想外の人物からのメールが届いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る