45話 血の繋がった兄妹だよね⁉
夜中の廊下を歩き、目的地に辿り着く。部屋で聞こえた物音のこともあったため、ここまで来るのに勇気が必要だったけど、行かなければひどいことになるのは明白だったため、何とか勇気を振り絞った。
僕は服を脱ぎ、棚に置いてあった栄養ドリンクまがいのものを飲み干した後、温泉の戸を開いた。僕たちは今回、夜中の出入りは禁止されているけど、ここの温泉は24時間営業なため、いつでも入りにくることができるのだ。僕がこうしてここに来てるのは本来ならまずいけど、まあ校長先生の命令なんだから仕方ないだろう。
外の空気を感じる露天風呂。湯けむりの向こう側、奥に温泉に浸かる人影が一つある。僕は不安な面持ちで温泉に入り、胸元を手で隠しながらその人影に近づいた。やがて、長い黒髪を後ろにまとめた寧の姿がハッキリと映った。そう、裸の寧の姿が。僕はつい視線を逸らしてしまう。
「いらっしゃい、お兄様。ふふ、お兄様ったら、寧の裸に照れてるわね」
寧が嬉しそうに赤らめた頬に手を当てる。何とか湯けむりで隠れているものの、寧の鎖骨やら胸元がチラチラと見えてしまう。
「て、照れてないよ。というか、兄妹なんだから照れるわけないじゃないか」
僕はぶっきらぼうに言うものの、内心では少しドキドキしてしまっていた。寧の裸を見たのなんて、お互いに小さい時以来だ。さすがに、今となってはその小さい体もだいぶ大人びて見え、妹なのに女性としての美しさのようなものを感じずにはいられない。
「嘘ぶっちゃって、ふふ、可愛いわね。もっと寧のこと見ていいわよ、お・兄・様」
まるで見せびらかすように、寧がお湯の中で足を組み妖艶さを醸し出してくる。僕はますます視線を明後日の方向に向けてしまう。
「と、ところで、寧もこのホテルに来てたんだね!」
わざとらしく話を変えさせてもらう。これ以上寧に付き合っていじられるのはまずい。
「話を変えても、お兄様が照れてるのはバレバレなんだから誤魔化さなくてもいいわよ。ふふ、もしお兄様が今も男のままだったら、照れるどころか興奮してるってことが体でわかるのだけれどね」
寧が僕の体の下に目線を向けてくる。僕は寧が何を言わんとしているのか理解してしまい、吹き出してしまう。
「へ、変なこと言わないでよ⁉」
僕は顔を赤くして言い放つ。何平然と下ネタをぶっこんでくるんだ、この妹は⁉
「そもそも、僕がこんな体じゃなかったら、寧と温泉はおろかお風呂にだって入ってないからね⁉」
この体でも妹と一緒に温泉に入っている時点で普通ではないけどさ! 僕の言葉を聞いた寧は、その顔になぜか悔しさをにじませた。
「そうなのよね。できれば、お兄様が男の体であるうちに一度、一緒にお風呂に入りたかったのよね。そこでお兄様を誘惑していれば、今頃既成事実を作れていたのに……」
寧がさも悲しそうにとんでもない事実を口に出す。既成事実って、どこまで本気なんだよ⁉ 僕たち血のつながった兄妹だよね⁉
「まあ、過ぎたこと、叶わないことを願ってもしょうがないわ。それに、例えお兄様が女の子だろうと、愛し合うことはできるのだから」
そう言って寧は僕に近づいてくる。身の危険を肌で感じ取った僕は慌てて距離を取った。
「ま、待って⁉ まだ僕の質問に答えてもらってないよ⁉ 何で寧はここにいるの⁉」
僕はとりあえず口をつき、寧を落ち着かせる。寧は不服そうな顔をしながらも止まってくれた。
「せっかくの機会だもの、こうしてお兄様と温泉に入りたかったからよ。後はまあ、お兄様が他の女の子、特に美柑に浮気しないか監視するためね」
前半だけ聞けば可愛いものだけど、後半で台無しだよ。どれだけ僕疑われてるの。
「う、浮気って。てか、寧は僕が浮気をするとでも思っているの? いや、浮気ではないけど、その、他の女の子に告白するとかでも思っているの?」
「お兄様のことは信じているわよ。けど、100%じゃない。そうね、半々といったところかしら。半分は信じていて、もう半分は信じていないわ」
まじですか。僕、妹から半分も信じてもらえていなかったのか。僕のことを愛しているというのに半分しか信じていないことが少し意外だった。
「僕、信用なかったんだね……」
勝手がすぎると自覚しつつも、ヤンデレな妹とはいえ、妹から信用をあまり得られてなかった事実に、少なからずショックを受けてしまう。
落ち込む僕に、いつの間にか寧が目の前まで近づき、デコピンを食らわせてきた。
「いたっ」
「バカね、お兄様。愛さえあれば無条件に相手のことを信じられるとでも思っていたの? なら、それは間違いよ。例え相手のことを愛していても、無条件に相手のことを信じるのは愛とは言わないわ。それはただの依存でしかない。相手のことを本気で愛しているのであれば、時には疑うことも大事よ」
寧がいつになく真面目に話し、僕はその言葉に聞き入っていた。そっか。相手を100%信じるということは、相手のしたことや考えに一切責任を持たないってことだ。そんなの、寧の言う通り依存でしかない。信じていないのと変わらない。
「だから、寧はお兄様を愛するために、今この場でお兄様を疑っているわ」
唐突に告げられたその言葉に、僕は思わず声を漏らした。
「え? 今?」
「ええ。……ねえ、この旅行前にお兄様に渡したコンタクトレンズあるでしょ? あれ、起動させれば女の子たちの体が変換されるようになっているのだけれど、何でお兄様はさっき、寧の体を見て普通に照れる反応を取ったのかしら?」
寧がすっごいにこやかな笑顔で聞いてくる。その瞬間、僕は血の気が引いた。そうだ、すっかり忘れてたけど、あのコンタクトレンズがあれば今頃寧の裸を見ずに済んだはずだ。けど、寧はコンタクトレンズが壊れたことを知らない。そして僕も、壊れたことを寧には言っていない。つまり、
(壊した、もしくは外したって疑われてる⁉)
「ま、待って⁉ その、あれ使うと寧が男に見えちゃうから、それなら寧のままのほうがいいかなって思って⁉ それで……⁉」
今この場でコンタクトレンズが壊れたことを伝えるのは言い訳にも捉えられそうなため、まずいと思い誤魔化す。しかし、寧は呆れた表情を浮かべるだけだった。
「本当に寧の体を見たいと思ってくれていたのならよかったのだけど、そんなに慌てていると嘘がバレバレよ、お兄様」
「ぐっ……」
さすがに無理があった。僕は早々に降参とばかりに事実を告白した。
「今日、というか昨日、温泉に入っている時、突然壊れちゃったんだよ。いっとくけど、僕は何もしてないからね⁉」
事実を言っているはずなのに、言い訳に聞こえてしまうの本当に不思議だね。
「それで、お兄様は見たのかしら? 皆の裸を」
寧がさながら裁判官のように僕を問い詰めてくる。僕は苦し紛れにこれまた事実を告白した。
「み、見ました。けど! 湯気で隠れていたからほとんど見えていないよ⁉ それに、僕その後気を失っちゃっ……あっ⁉」
自分で墓穴を掘ってしまったことに気づいてしまった。
「気を失っちゃった、ね。何で、お兄様は気を失っちゃったのかしら?」
寧がにこやかに詰め寄ってくる。
「な、何でだろうね? は、はは」
僕は空笑いする。気を失った原因は転倒によるものだけど、それを引き起こしたのは、あの時入ってきたお姉さんたちだ。つまり、見てしまったからだ。
「やっぱり、疑ってよかったわ。お兄様には、きっちり罰を与えないとね」
寧の言葉に、僕はぎゅぅと瞼を閉じた。鞭はさすがにこの場にないだろうけど、じゃあ一体何の罰がくるのか。予想がつかず、僕はただその時を来るのを怯えて待った。
「んっ」
不意に、唇に柔らかいものがそっと押し付けられた。何かと思い瞼を開けると、目と鼻の先に寧の顔があった。
「…………え?」
一瞬思考が停止するものの、すぐに回り始める。今僕の口に当てられたものって、まさか⁉ 急に顔全体が熱くなってしまう僕に、寧は僕の頭を両手で触れつつ言った。
「他の女の子に目移りしちゃだめよ。だってお兄様は、寧の愛するただ一人のお兄様なんだから」
いつもと雰囲気の違う寧からの告白に、僕は不覚にも、寧が妹だということも忘れドキドキしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます