43話 星々の世界に浸ろう
藤原先生から許可をもらって、僕たちはホテル外にある丘にやってきた。
11月の夜は少し寒く、すっかり辺りは暗くなっている。その暗がりを照らすように、夜空には星々が煌めいていた。
そんな夜空の下、丘の中央に小柄な(というか小学生くらいの身長の)女の子が望遠鏡とともに立っていた。なぜか、白衣を着ている。おまけに、その白衣もサイズ感が全くあっていない。
「美羽、お待たせー!」
真希波が手を振る。こちらに気づいた新島美羽は手を、というかダボダボな白衣の袖を振り返してくれた。
「おお、来たのだ。遅いのだよ。すっかり準備は整っているのだよ!」
待ってましたと言わんばかりに、ぴょんぴょんと小さな体を跳ねさせる。その度に、ツインテールの水色の髪がこれまたぴょこぴょこと跳ねる。
僕は改めて新島美羽という女の子を見て、何とか記憶の中から彼女を思い出せた。彼女は確か1年D組の生徒で、一度だけ授業中に見たことがある。その時も確か、白衣を着ていた記憶がある。
「む? そっちの二人は初めてなのだ。ボクは新島美羽。よろしくなのだ!」
歓迎でもするように袖を広げ、新島は自己紹介をしてきた。
「は、初めまして。僕は水城蓮。水鏡高校にはついこの前転校してきました」
「私は笹倉ましろよ。よろしくね、新島ちゃん」
僕とましろも自己紹介を済ませる。新島はさっそく望遠鏡に近寄り、何やらいじり始めた。
「新島さんは、何で白衣を着ているの?」
いじっている時に聞くことでもないと思ったけど、どうしても気になってしまったため聞いてしまった。
「同学年なんだから、呼び捨てでいいのだ。あと、ボクのことは美羽でいいのだ。白衣を着ているのは、ボクの趣味なのだ」
目線は望遠鏡から離さず、そう返してきた。趣味で普段から白衣を着ているってなかなか見ないよ。まあ、白衣は確かにかっこいいから、着てみたいって気持ちはわかるけどね。
「バッチリなのだ! 後はレンズを覗くだけで、誰でも光り輝く星たちを堪能することができるのだよ!」
最後にレンズを覗いた後、「さあ、早く見るのだ」とでも言わんばかりに、美羽は僕たちに進めてくる。その様子だけでも、星を見ることが好きなのがうかがえてくる。
「じゃあ私から見るね!」
美柑が一番に名乗りを上げ、レンズを覗き込んだ。
「…………」
てっきり感動の声を上げるのかと思ったら、美柑はレンズを覗いたきり無言になってしまった。
「む? もしかして見れないのだ?」
美羽は見れると言い切った後のためか、不安そうな顔をする。けど、その不安は杞憂に終わった。
「……すごい綺麗……! 私、星がこんなに綺麗だなんて思わなかったよ」
どうやら、美柑はただ星の綺麗さに見とれていただけだったようである。美柑は感嘆の息を吐き出す。
「そんなにすごいの⁉ 私も見たい!」
「じゃあその次私ね!」
美柑の様子に触発されたのか、真希波と綾子も続いてレンズを覗いていく。
(実際に星を近くで見ると、感動するよね)
僕は美柑たちの様子を見つつ、初めて天体観測をした時の感動を思い出していた。そんな僕に、美羽が近寄ってきた。
「蓮は、天体観測をしたことあるのだ?」
美羽は袖を上げながら僕を見上げてくる。僕は美羽に頷く。
「うん、昔に一度ね。その時のことは今でも覚えてて、すごく感動したものだよ。まるで、星々の世界に浸るようだった」
僕がそう言うと、美羽は目を輝かせた。そのまま協調するようにその場でまたぴょこぴょこ跳ねだした。
「星々の世界に浸る⁉ いい表現なのだ! 蓮、センスがいいのだ⁉」
嬉しそうにする美羽に、僕は若干恥ずかしく苦笑する。別に凝った表現をしたつもりではないんだけどな。でも、僕にとっては浸るといっても過言ではないんだ。
天体観測を初めてした時、僕は最初、わざわざ望遠鏡を使って星を見る意義が全くわからなかった。それでも、実際にやって見てみたら、その認識はぐるりと変わった。
何がいいのか、上手くは言葉に表すことはできない。けど、あの時は確かに、星を見たことで僕は救われたんだ。
…………救われた?
自分で思ったことなのに、疑問を覚えてしまった。僕は何から救われたんだ? いや、そもそもあの時っていつだ? 天体観測をしたという記憶はあるのに、なぜかその前後というか、中身が思い出せない。
「レンレン! 次いいよ!」
美柑の言葉にハッとする。どうやら、僕の順番が回ってきたようだ。僕が疑問に思ったことが何なのか気になるけど、星を見た瞬間に、その疑問はこの時だけは忘れた。
(やっぱり、いつ見ても綺麗だ……)
夜空に無数に輝く星々。そうだ、これを見ると、嫌なことも悪いことも、この時だけは全部忘れられるんだ。この星々の世界を見る、浸ることで安心感に包まれる。
美柑たちがこの世界を見ることができて良かった。美柑たちが抱えてしまった苦しみや辛い思いも、星々が癒してくれるだろう。それに、この先に辛いことなんかがあっても、きっと、例え少しばかりでも、支えになってくれるはずだ。
僕はそんな思いとともに、もう少しだけ星々の世界に浸っていた。
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